ナンパ男?
突然見知らぬ男性から話しかけられたことに、結衣は戸惑っていた。するとその様子を察したのか、男性は苦笑して言った。
「ごめんね。あんまり本の趣味が合うものだから、つい話しかけてしまった」
「こういうの、ですか?」
結衣はふと手に持った本の山の背表紙を見る。
よいこのおとぎばなし。世界名作シリーズ~朝の読書の時間に~。六歳からの日本の古典。
チラッと目の前の男に視線を移すと、二、三年上と思われる容姿。
馬鹿にされてるんだろうか。
貧乏だから本なんて教科書以外めったに読めないの! 代わりに細かい計算は得意だけど! しょうがないじゃない人には向き不向きがあるんだから! と言ってやりたいが、初対面の相手にさすがにそれはないだろう。けどこれ以上話したくはない。失礼にならない程度に話してさっさと帰ろう。
「そうですか。こういうの可愛いですよね~うふふ。それじゃあ、私本を戻してきますので……」
鞄を肩に引っさげて男の側を離れ、棚から棚を光速で移動して図書館の外に出る。すっかり日も暮れていた。
「やあ」
図書館から出た瞬間、先ほどの男から再び声をかけられる。これ、もしかしなくても。
「……あの、私急いでますので」
小幅に歩いて距離をとりつつ言う。こいつ、絶対ナンパ男だ。
「全然だめなの? 君と少し話しがしたいだけなんだ」
悪びれもせずににこやかに、かつ私を追いかけながら彼は言う。正直、その顔は地雷だ。
「今日の食事当番私なんです。育ち盛りの子もいるので……」
本当は私とシュリーだけど、そんな細かいことまで言わない。早く離れなきゃ。でも彼はつかつかと私のあとを歩いてくる。どうしようこれ。やっぱり、はっきり迷惑だついてくるなと言ったほうが……。
「! 危ない!」
「えっ!?」
急に彼が声を荒げたので、思わず立ち止まってしまった。そして追いつかれる。ええと、特に危険なものは見当たらないんだけど……。
「花を踏むところだった。踏んだら可哀相だから」
暗くて花壇の花でも踏みそうだったのかな? と思って足元を見ると、コンクリートの割れ目から咲いた蒲公英の花。
「花、ねぇ……」
花だけど、ほとんど雑草のような。騙されたよね今のは。もういい加減怒って……。
「結衣様! 奇遇ですね!」
そういえば昔から外で困っていると、必ず彼女は現れた。……メリットのほうが大きいから気にしない! 私は大きな声で離れたところにいる彼女を呼ぶ。
「春花ちゃん! こっち!」
ちょっとずるいけど、春花ちゃんをダシにして乗り切ろう。
春花ちゃんを紹介する → 春花ちゃんは誰もが認める美少女 → ポーッとなったら「ナンパしといてサイテー!」 と帰れる → それでも自分に言い寄ってきたらKY扱いして帰る。完璧だ!
「あの方は、お友達ですか?」
横にいたナンパ男が怪訝そうな顔をして聞いてきた。
「うん自慢のね」
ナンパ男ににっこり笑って言う。これで、私に失礼なことしても春花ちゃんに失礼なことしてもケチつけられるってもんよ。
「相当綺麗な方のようですね。ナンパされてますし」
「え?」
見ると、こっちに来ようとした春花ちゃんが、いかにもチャラそうな男に腕を捕まえられて迷惑そうにしている。私はとっさに心配した、チャラ男を。十数人の男を一人で倒したことのある春花ちゃんにナンパか……勇者だな。
「見過ごせませんね。大切な友人と聞いては」
「はい?」
思わず感心していたら、何を思ったか横のナンパ男が春香ちゃんとチャラ男に向かって歩いていく。え、どうするつもりなんだろう?
「なんだてめえは?」
「彼女を離してもらおうか」
「ああ? 何よ。この子は俺が先に見つけたんだぜ、お前はさっきまで地味なのの側にいただろ? 地味子のところに戻ってやれよ可哀相だろ?」
と、春花ちゃんの肩を抱き寄せて言う。春花ちゃんの顔がピクピクと引きつっている。それでも、そんな表情でも、私よりずっと綺麗だ。……分かっちゃいたけど、自分が地味な容姿くらい。連呼されると傷つくなあ。
「それとも何か? この女の子が綺麗だからこっちがいいってか? ひゃはは! 満開の薔薇のように綺麗だもんなあ。でも遅かったな。彼女は俺の隣で咲いてもらうんだよ」
「野に咲く花は綺麗でも、摘み取るなど無粋なことはしない」
「ああ?」
突然、ナンパ男は威嚇するような声と口調から、穏やかな声色になった。でも言ってることは一体?
「お前が馬鹿にするような素朴でありふれた花でも、ふとした瞬間に心が慰められることもある。お前は一生分からないでいろ」
次の瞬間、チャラ男はナンパ男に投げ飛ばされていた。
「ぐえ!!! 一体、何が……」
目にもとまらぬ早業だった。投げた本人であるナンパ男は、息も乱していない。
「二人の人間に迷惑をかけたにしては軽い代償だろう。それでは」
ナンパ男は近くまで来ると、私と春花ちゃんに囁いた。
「しばらく動けないでいるうちに逃げましょう」
私も春花ちゃんも同意した。スキンシップが無駄に激しく思い込みも激しそうなチャラ男は、正直面倒くさすぎる。
近くの公園までダッシュで逃げて、呼吸が整ったあと、結衣はナンパ男に向き直って言った。
「変な人扱いしてごめんなさい!」
「結衣様!」
それを制しようとするのは春花。結衣の中でどんな考えになったか知らないが、春花はまだナンパ男を信用していない。
「いいよ。こっちも強引だったし」
「そんな訳にはいきません。友達を助けて頂いて……ありがとうございます」
「別に、わたくし一人でも何とかなりましたけど」
春花がすねる。春花にとっては結衣のSPからの連絡でシュリーに雰囲気が似た男と聞いて、気が気がじゃないというのに。
「疑ったりして本当にすみません」
「……いや、あの時信じろっていうほうが無理だから。それに、信じていいの?」
「だって、植物が好きな人に悪い人はいません!」
ナンパ男と春花は思わず黙った。あれは比喩であって、まんま植物のことを言ってるわけではないのだが。
「雑草なんて思った自分が恥ずかしい……そうですよね。お花、綺麗ですものね。そう取る人もいるのに私ったら」
「うん。花は好きだよ」
ナンパ男はにこっと笑って答える。春花は結衣が鈍くて助かったと安堵している。
「今日はもう遅いからできませんけど、また図書館に来ます! その時お話しましょう! それでえっと、お名前は……?」
春花はナンパ男を注視する。これでフラグがたったと思うなよ! と威嚇もしている。
「流華……。」
「るか?」
「鹿嶋流華です。よろしくね、守谷結衣さん」




