次男の慕い方
かれ果てむ 後をば知らで 夏草の 深くも人の おもほゆるかな
夜の道、朱里に送られながら葵は考えていた。
もし、結衣さんのほうが先に朱里くんに告白していたら、どうなっていたんだろう。以前結衣さんが私に嫌味めいたことを言ってきたのは、間違いなく嫉妬だったんだろう。でも私は朱里くんと付き合ってる。
「失恋、してたんですか?」
朱里くんの部屋に案内されて、甘い時間を過ごし、送っていくよ言われてと玄関のドアを開けたら、結衣さんが見知らぬ人に告白されていた。
結衣さんは断った。失恋して気持ちの整理がついていないからって。それを、私も朱里くんも聞いてしまった。
私の家までの道のりは重かった。足も、空気も。朱里くんは無言で何か考えていた。やっぱり彼にとって大切なのは結衣さんなんじゃ……。
「……ん? どうしました葵、何だか表情が強張っているような」
最悪の未来を想定していたら、朱里くんにつっこまれる。
「……乱れそめにし我ならなくに」
――私の心は乱れていますが、それは誰のせいでしょうか。あなたゆえであって、私のせいではありませんのに――
という和歌の下の句である。葵は古文や和歌萌え少女だった。
「……!」
朱里は一瞬で察する。
「昔は物を思はざりけり……。貴女と会ってからですよ、こんなに心乱されるのは。貴女のことを考えていただけなのに心外です」
「……私のこと?」
間髪を入れずに同じく小倉百人一首から答える朱里。もっとも、彼の場合は魔法の効果である。言語関連が彼の得意分野だ。
「結衣がいつの間にか失恋していたとか男に告白されてるとか考えていても、そんな場面を貴女に見られたのが何とも決まり悪いと摩り替わっている」
「どうして決まり悪いの?」
「それは……結衣はいとこで身内ですから。それに、自分も……下駄箱で告白とか、女性が好むようなシチュエーションとは程遠い場所でした。比べられたら失望されるのではと」
「心外です!」
葵は思わず声を荒げた。
「場所とかムードなんてどうでもいい。初めて好きになった人が、こうして側にいてくれる以上のことなんてない」
「葵……」
そのまま二人は押し黙る。葵は照れくささから。朱里は……。
――自分はこの世界の人間ではない。もし今、ルーカス様に帰れと命令されたなら――
結衣の失恋や告白などどうでもいい。いや、居候の身として少しは心配するが、それだけ。あれを見て自分が思ったのは。
――失恋? 今までの様子ならルイでもレオでもないようだが……なんにせよ、現地人に告白されるならレオの時と違い無問題。自分と違って差し障りのあるようなことでも……――
そうだ、自分は異世界の人間なのだ。ここに来てから貴族達の目が気にならなくなって忘れていた。本来なら恋愛にうつつをぬかしているなんて許されない。何故ならいつかは帰るのだから。
『ほら、脇腹の子よ』
『亡き正妃様も安堵したでしょうね。資格を剥奪して自分の息子の小間使いですもの』
『正妃様がいないからってつけあがる事のないように、我々が監視しなくては』
『よそで別の分家など創られても面倒ですしね』
うまくやるから、ちゃんとするから、もう放っておいてくれ。
期待されなくていいから、一般人でいいから、普通に扱ってくれ。
庶民でもない、皇太子でもない。だがこの気持ちは否定させない。
「朱里くん?」
ハッとして我に返ると、葵が心配そうに朱里を見上げていた。
「恋人にするなら、少し頼りないくらいがいい……」
朱里はぼんやりとつぶやいた。
「え? それ私が頼りないって言いたいの? ぶー」
「守りたいって思えるような人が好きなんです。そうじゃないと男の立場がないでしょう」
「……そう。でも、私も、私も朱里くんを守るから。きっと力になるから。そうじゃないと女が廃るでしょう?」
夜の帰り道で二人は顔を見合わせ、くすくすと笑う。
――離れてしまう将来のことなど考えず、今はただ、あの人を深く恋い慕うことだ――




