亀裂
夏休みも終わりすっかり秋の空な九月。今朝も今朝とて元気にお弁当作り。暑さで食欲が減退する夏も終わって、秋はご飯が美味い! 涼しくなって食材も傷みにくくなったから、るんるん気分で詰めていく。完璧なお弁当を作るのは実に楽しい作業。
「はいルイ。あ、これ北浜先輩に」
「またか? まあいいけどな」
たまにやらかしてしまう。私とルイとお母さんの三人分のお弁当を作る際、食材を余らせてしまう。シュリーの時の癖が抜けないのだ。
弁当女子歴たかだか一ヶ月くらいの葵さん。寝坊して忘れたり、盛大に失敗したりする時もあるだろう。その時は私がこれを渡して……なんて初期は用意してたものだ。でも、そんなものは必要なかった。彼女はいい恋人だったから。お昼はいつも同じおかずのお弁当を仲良く中庭で食べる二人。
それなのに、いまだに四人分の食材を買ってしまう自分。例えようのない惨めさ。
でも以前、北浜先輩にあげたら弁当は初めてだったらしく、とても喜んでくれた。このルイがお世話になってるんだし、喜んでくれるならぜひ貰ってほしいと思う。
「……文化祭にかかる各出し物の経費についてだが、前年度の資料を見せてくれ、功治」
「それは今先生の手元にあるらしいんだ。午後には貸してもらえるらしいから、もうお昼にしない?」
「ん? ああそんな時間か」
お昼休みの生徒会室。自習だった前の時間を含め彼らは文化祭の準備に追われている。生徒会長の神栖累と副会長の北浜功治。ツーカーとも相棒とも呼ばれる二人は熱心に資料作成に務めていた。現在生徒会室にはこの二人しかいない。
「そうだ、結衣からお前に弁当だとよ」
「えっ守谷さんが……ありがとう」
ルイの手から神聖なもののように受け取る功治。
「なんだなんだ、前から聞きたかったんだが、そんなに弁当って大事か?」
「……作ってもらえる人がいるうちは分からないかもね。俺、母親いないから。遠足だってずっとパンだったよ」
重い話を交えて話す功治。それに見え隠れする真意にルイは気づけない。
「自分で作ればいいじゃないか。結衣のやつはやってるぞ。四人分。お前は一人だろ?」
「なら、君だってたまには自分で作ったら? 結衣さんすごく負担になってるんじゃない?」
「……経費は渡してる」
「……」
ここまで来て重い雰囲気になんとなく気づいた累。視線を弁当へと移す。
「何だ、今日は肉が少ないな……」
「野菜が多くて健康的じゃないか。旬のものばかりだし、気が利いてるよ」
「もっと俺に気を使えば最高なんだがな」
「……お茶がないね。持ってくる?」
と、不意に立ち上がって備え付けのお湯ポットに向かう功治。
「おお悪いな」
「なあ、累って、守谷さんの婚約者なんだよな」
お茶をグラスに注ぎながら、背中を向けて問いかける功治。
「ああ。不本意だがな」
「……そうなの?」
「そうだろ。周りが後継者決めに重要って言うからはるばる異世界――いや、いとこが不遇なのを放っておくのはよろしくないというからはるばる日本に来たんだ」
口を滑らせた累だが、咄嗟に魔法で取り繕う。異世界の言葉に振り向きかけた功治だが、一瞬ぼうっとしたのち、もとのようにお茶を注ぐ。自分と累の分だ。
「いとこ、ああいとこ……うん。それにしても、守谷さんと累は全然違うよね」
「それは、どういう意味だ?」
全然血の繋がりを感じないという意味でなら、魔法の補強をする必要がある。
「結衣さんは、いかにも普通の女の子って感じだけど、累はさ、なんか、生まれながらの王者みたいだから」
その言葉に気をよくしたルイ。そうだ、後継者なんぞ俺で決まりなんだ。父上にも聞かせてやりたい。異世界人までが俺を王者の風格と認めるのだと。
「まあ、そうだろう。俺はお前らとは生まれた世界が違うからな」
『え、どういう事?』 『お前はよく尽くすから教えてやろう、俺は異世界ユージェル王家の正統後継者だ』 『なんだって――!? でも納得!』
と、なるんだと思ってた。
気がついたら、俺は功治にお茶をぶっかけられていた。あいつの手に持つグラスからポタポタと雫が落ちるのを他人事のように遠く感じていた。やけに現実感のない光景だった。
「分かってた。知ってた。お前はそういうやつだ。それでも尊敬していた。けど、今だけは聞きたくなかった。お前が俺を見下してる台詞なんて」
誤解だと言えなかった。この俺が気圧されて。
「おい、功治……」
「悪い。今日はもう、帰らせてくれ。お前の顔見て会話できない」
何が、起こったんだ? 俺はしばらく呆けた老人のようになっていた。実際、理解できなかった。あいつ、前に俺を助けてくれたのに。疲れてるのを真っ先に見抜いて気晴らしに連れてってくれたり。
何で?
「あれ? 北浜先輩?」
学校からの帰り道、自宅前で結衣は北浜功治と遭遇した。夕日のせいだろうか、心なしか功治の顔色が悪いような気がした。
「守谷さん! あ、あの、お弁当箱を」
「あれ? いつものように累に渡さなかったんですか?」
「あ、いや、その……」
挙動不審な功治の様子にピンときた結衣。喧嘩でもしたんだろうか。原因はルイの無神経だろう。帰ってきたら話とかなきゃ。
「別にいいか! そうだ北浜先輩、お話しません?」
とりあえず喧嘩の原因を探ろう。万が一北浜先輩に非がある事もあるかもだし。
「俺も、話したい事がある」
「何でしょう? 先にどうぞ」
「君が好きだ」
キミガスキダが結衣の頭の中で千回ほどリピートされる。それほど理解するのに困難を極める言葉だった。ゲシュタルト崩壊したところで思わず聞き返す。
「はい?」
「君が好きだ。多分、初めて会ったときから」
「え、えっと……」
「会長は、累は出来た人間だ。完璧に近い男だ。でも、あいつと付き合ってもきっと君は傷つけられる」
「ああ、そうかもしれませんね」
初日の暴言。二次元への傾倒。先日の行方奏への暴言。そりゃ傷つくだろうなと思う。
「だったら!」
「すみませんごめんなさい。気持ちはとても嬉しいです。でも今は考えられないんです。私、失恋したばかりで気持ちの整理がついてないんです。だから今は……」
「失恋、してたんですか?」
あらぬ方向から声がした。家の中。玄関で話し声がするから出てきたのか、彼女を送っていく途中なのか、葵とシュリーがドアを開けて出てきた。
「失恋って……お前誰に……」
今度は道路のほうから。ルイだ。
どうしてこうなった。




