表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/35

生徒会長はもえている

 異世界から結衣の金づる……お客様が来てからというもの、結衣の生活は一変した。


 食べるものが増えた。私服が増えた。冷蔵庫がいつ見てもいっぱい。タンスの中が埋まっている。週に一度は通帳を見てニヤニヤする日々である。

 そしてついにこのたび、守谷家でテレビが見られることとなった。地デジ化以降、この家でテレビは見られなかった。しかし余りにも寂しいので置物と化したテレビを飾っていたが、先日それを粗大ゴミに出し、前のよりも大きいのに薄いという感涙ものの品を購入した。


「すごーい、世界中が映るんだね」

「……葵が言っていた番組は……これか」

「大きい……映像が綺麗……久しぶりのテレビ!」


 結衣の家の狭い広間、テーブルを挟んで三兄弟と結衣は三時のおやつを食べながらまったりしていた。


「……」


 しかし長男のルイはどこか落ち着かない様子で見ている。


「ニュース番組、ばかりだな」

「? うん。これが一番日本語覚えやすいかなって。魔法使わないで喋れたらかなり楽なんでしょ? レオくんから聞いたけど」

「ああ、そうだが……」


 やはりどこか浮かない顔のルイ。


「シュリー、彼女のおススメの番組とは?」

「え? ああ、料理番組ですけれど。それが何か?」


 不意に尋ねられて、手元の新聞を読みながら兄の質問に答えるシュリー。


「いや別に。レオは? 何かないのか? お前の歳なら、アニメとかか?」

「ちょっと、子供扱いしないでよ! そんなの見ないよ! アニメなんて見てる暇あったら教育番組で日本語とこの国の風俗の勉強するから!」

「あ、ああ、そうか……」


 結衣の前で大人ぶりたいレオに、デリカシーのなさをなじられるルイ。


「アニメかあ……。でも確かに暗いニュースばっかりでおやつが美味しくないよね。ちょっとチャンネル変えるよ」

「!!」



『どうして姉だからって貴方を愛しちゃいけないの!? 貴方を世界で、いいえ宇宙で一番愛しているのはこの私よ!!!』


 無言でチャンネルを変える結衣。後ろでルイががっくりしているのには気づかない。変えた先は昼ドラだった。


『お前が好きだ――――!!!』

『か、彼ったら屋上で告白なんて……人が見てるじゃないもう!』


 これに食いついたのはレオだった。


「結衣お姉ちゃんは、ああいう告白って憧れる?」


 結衣の脳裏に図書室で婚約者宣言されてからのイジメ寸前な日々がよぎる。


「……隠れてやれよと思う」

「その通りだ!」


 これに同意したのがルイだった。


「あんな告白シーン、まとな恋愛経験した人間ならありえん。告白がデリケートなものだというのが全然分かってない。モテない人間の理想であって中身が無いのが丸分かりだな。大体男はこんな断りにくい状況下で告白して無神経だ。この女も思わぬ主人公状態で舞い上がっているが、しばらく見知らぬ人間に四方八方から冷やかされてみろ、自分の浅はかさが分かるだろう」


「……」

「……」

「……熱弁どうも。でもお前が言うな」


 夢見がちなレオはルイの思わぬ熱弁にドン引き。シュリーは付き合いたてなので斜めに構える兄の態度が鬱陶しい。結衣は……言わずもがな。


「うーんやっぱりニュースかな。ドラマもアニメもあれだし」

「アニメはいいだろ。ああいうのは有りえないことを楽しむものだ」

「それならドラマだって同じでしょ」

「全然違う。絵と生だぞ?」

「……さっきから何なの?」


 歯に衣着せたルイの態度がどうも引っかかる。もしかしなくても見たい本命はアニメか? 以前北浜先輩からそういうオタクショップ行ったと聞いたが、ルイはアニメにはまったのだろうか。

 と、そこまで考えて結衣が不意に席を立つ。


「お花摘みにいってくる☆」


 結衣が席を外した瞬間、即座にアニメに切り替えた長男に冷ややかな目線を送る次男と三男だった。その『俺に血の繋がらない姉をくれ!』 というアニメは確かに最近マニアの間で話題だが……。その時玄関の呼び鈴が鳴る。


「シュリー、行って来い」

「はい」

「ボクが行く!」


 と、シュリーが腰を上げるより先にレオが立ち上がって玄関に向かう。一人で応対できたと後で結衣に自慢したいのだろうと考え、そのまま任せることにするシュリー。それにしても隣のルイは食い入るようにテレビに夢中だ。……ユージェルに帰ったあとに出来が悪くなったと言われたらどうしたものかと悩むシュリー。




「ではお願いします。ありがとうございました!」

「はーい、ゴクロウサマデス」


 何やら大きな郵便物を受け取り、広間へ持っていこうとするレオ。と、そこへタイミング悪く結衣が開けたトイレのドアとぶつかってしまう。


「わっ!」

「あ、ごめんレオく……!?」


 結衣はレオのほうを見て硬直した。そして咄嗟にトイレのマットを持ち、落ちた郵便物をくるんでレオに見えないように持つ。


「これ郵便物ね! ありがとう! ところでルイに用があるから呼んできてくれないかな?」

「え? うん、わかった」


 結衣が不自然な態度を取った理由は勿論、郵便物の中身である。転んだ拍子に包みが破けて見えたその中身は……。


マウスパッド――女性胸部タイプ――


「確か北浜先輩が間違って届くからって前……。うん趣味なんて人それぞれだよ。ああでもどうしよう、盛大に落として中身傷つけちゃったっぽい。ルイもついて行ったらしいし、お店の名前聞いて弁償……」

「おいオレに用事って何だ?」


 後ろからCMで出てきたルイがやってきた。


「あ、ルイ、これなんだけどね」


 北浜先輩のでしょ? 壊しちゃったみたいだから買ったお店教えて、と言う前にルイが叫んだ。


「俺の嫁に傷が!!!!」




 その日の夕食後、守谷家で三男と千加子を除いたメンバーで家族会議が開かれた。


「要するに、北浜先輩をダシにしたのね?」

「……」

「ルイ様……兄上……どこに行っても女性に不自由しない貴方がどうしてこのような商品を……」


 結衣は怒りを堪えきれない様子で、シュリーは身内の失態を嘆くような面持ちで。


「……こないだ、パソコン買っただろ。自宅でも生徒会の仕事をする。これがあると肘が楽なんだよ」

「そういうの、このデザインじゃなきゃいけなかったの?」

「俺はこれがいいんだ。悪いか」

「悪いよ! なに北浜先輩に恥ずかしい頼みごとしてるのよ!」

「あいつ、仕方ないねって言って了承したぞ」

「哀れんでんでしょそれ!」


 怒りでヒートアップしがちな結衣の隣で、今度はシュリーがルイに尋ねる。


「冗談抜きでルイ様がこういう商品をお求めになる理由が分かりません。その、何かお辛いことでも……?」


 責めてかかる結衣と違って優しい物腰のシュリーに、さすがのルイもむくれた態度を改め真面目な表情になる。


「俺、もてるだろ」


 そうだね、そのせいで被害にあったよ、主に私とか私とか古河さんとか。と罵りたくなる結衣をシュリーが抑える。シュリーは猛獣を諌める調教師のようだ。


「それがつらい。全然嬉しくない」


 それからシュリーが結衣を宥めつつ聞いた話によると。


 最初にあの高校に入って二日目に告白された。「この子、本当に累くんが好きなんだって!」 友人つきで。


「悪いが断る。俺にその気はない」

「は? 何でよ、理由教えて。この子には聞く権利があるはずよ」

「……その気はないと言った」

「付き合ってる人でもいるわけ?」

「いないが、だから何だ」

「じゃあ付き合ったっていいじゃん、この子ね、超イイコなんだから!」

「……グスッ、もういいよ……。累くんに迷惑だから……」

「あたしが納得できない! 何よ、恋人もいないのに振るって!」

「じゃあ何だ。女が付き合えといったら無条件で付き合えとお前は言いたいのか? ならゲームでもやってればいいんじゃないか?」

「…………うわーん!!」

「待って! ……あんた超サイテー!!!」



 美貌のドS様というあだ名がついた。その後に生徒会長になったものだからさらにもてた。最初のがマシだと思えるくらいに。


「……この教室、今、男子が着替え中なんだが……」

「あたしは気にしませんよ?」

「(俺が気にするんだよ馬鹿か!)」



「わあ、奇遇ですね! 累様!」

「……ここ、男子トイレのすぐ前だよな」

「? はいそうですね」

ヒソヒソ「(……自分のファンくらい躾けろよ)」

ヒソヒソ「(入りづらいし出にくいんだよボケ)」



「累様、好きです――――!!」

「廊下でよくそんな事が言えるな」

「だって、わたし累様を愛しちゃってるんですもの!」

「羞恥心のない女は好かん」

「……! うわ―――――ん!!!」

ヒソヒソ「(何あいつ、見せびらかしてるわけ?)」

ヒソヒソ「(向こうから告白してるんです、でも俺は興味ないから断るんです、平凡な毎日がいいんです! ってか? くそうぜえわ)」



 数日後、ファンクラブが古河梓によって設立され、これを通さないでの神栖累との接触は厳禁となった。自己中気味な性格のルイも、これには感謝して自ら先輩の教室に赴き礼を述べた。ここからラブロマンスが始まってもよさそうなものだったが、度重なる告白責めに女自体にうんざりしていた所に、「誠意だけではなく、実は自分も……」 と匂わせてきたので結局そうはならなかった。気分は「ブルータス、お前もか」


 そんな時、見かねた友人の北浜功治が気晴らしにとアニメショップに誘った。やつがアニメを好きなのは事実。そして入ったショップで運命の出会いをした。『俺に血の繋がらない姉をくれ!』 のメインヒロイン潮来(いたこ)くるみ。もてない主人公が神に祈ると願いが聞き届けられる。が、実はくるみはメリットよりデメリットがはるかに大きい存在だった。話のオチは必ず「こんなことなら祈らなければよかった」 これほど今の自分に共感する話があるだろうか。そしてそんなことを言われるくるみだが、実は宇宙人で地球の常識に疎いだけというのがまた……。


 結局その日はくるみグッズと、薄くて高い本買いで散財してしまった。



「この国ではモテるのは罪深いことなのだろう?そして俺が癒されるのはくるみだけだ。くるみマジ神。だから……こうしてお布施(公式グッズ買い)をして免罪符(薄くて高い本)を買ってるんだ……」

「しねばいいのに……」

「……」

「しねばいいのに」

「二度も言うな!」


 元来ケチな結衣にこの話は反感をもたせるだけだった。


「それでルイ様、北浜殿の名前を使ったのは……」

「恥ずかしいじゃないか」

「まあそうですけれど」



 そして事情を洗いざらい吐かせた後の結論。


 教育に悪い物は全部廃棄処分。この家狭いんだから。魔法が使えるから大丈夫っていう問題でもない。ルイはわんわん泣いたけど知るか。アニメやそのファンのことはよく知らないが、持ってて危険なんじゃ……と思われるものは捨てる。ビニール紐で縛り上げる。

 そこでタイミングよく家を訪ねてきた春香ちゃん。

「ついでにルイの財布の紐を握ってしまえば? それでお小遣い帳をつけさせて、目に余るようなら減額とか。ああそれと、免罪符がお布施額を超えるようならさらに減額とか。製作に携わってる会社の娘として一言申し上げますわ」

 採択。


 このことがあってから、三兄弟の出費にすら結衣が手出し口出しするようになりましたとさ。


 しばらく泣き声がうるさかったルイだが、結衣がこっそり俺姉のくるみ・絵コンテ集をプレゼントして少しだけ機嫌を直したとか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ