守谷結衣の日記
4月○日
ある日、異世界から三兄弟が来て「俺たちの中から次代の王を選べ、お前が」 とかのたまった。
しかし実質出来レース。血筋も正しく性格以外はパーフェクトな長男ルイ。向こうの世界では母の身分が足りない次男シュリー。本人も卑屈気味ときた。王の言質があり、母親が寵愛されてる小学生な三男レオ。母親は娼婦……なんだろうか。性格は奔放というか自己中気味というか、こっちも難ありときた。
長男以外選べるの? これ。
どうしても選ぶんだったら消去法で長男しかないと正直思ってます。しかしだ。
向こうのルールで選ぶのが長期戦でも可。とにかく私の許可をとれという訳で、兄弟たちが来た時に凄いお金貰ってるんですよ。自慢だけどうち貧乏ですから。その自分が一生かかっても稼げるかどうかの宝石だの金塊だの見せられて、耳元で悪魔が囁いた。
「就職のメドが立つまで結論先延ばしにして滞在費貰っちゃえ!」
貧乏人に夢を見せたのが悪い。
でもまあ、そうされるのも計算のうちみたいなことをシュリーが言ってたから、これはこれでいいのかな。いいという事にする。
以上が現状に対する私の結論である。しばらくは私とお母さん、三兄弟と暮らしていくのだろう。
4月○日
三男のレオに襲われた。「好きです襲わせてください」 寝言は寝て言え小学生。私が通報される。
酷い事にこの件で長男と次男は三男の味方だった。「お前がたぶらかしたんだろう」 みたいな事まで言われた。
つまりなんだ。好きに襲わせろよということかふざけるな。お母さんは心配で仕方ないけど、この家にいたら身の安全が保障できない。親友の桜川春花ちゃんの家に逃げ込んだ。
春花ちゃんちは色んな事業に成功した資産家だし、友達がいなかったから初めて出来た私にとにかく甘い女の子。断らないと分かってました。でも汚いと分かってても、ここを頼らなかったら野宿しかない。しばらく厄介になろう。
ありがとうね。
4月×日
家に帰れない。でもお邪魔になっている家に早く帰るのは気が引ける……。余った放課後の時間は図書委員の仕事を覚えることにした。部活? 運動系でも文化系でも、バッシュだの画材だのなんだのってお金かかるじゃん。いらいらをぶつけるように仕事を覚えた。
その過程で生徒会の資料集めによく利用されている先輩――北浜功治さん――と知り合った。去年この委員だったらしく、何かと私に教えてくれて、私は司書の人に半月でベテランっぽいとまで言われるようになった。ちょっと自慢。
5月△日
ルイが襲われた。正直いつかはそうなるだろうと思ってた。これで自分が憎まれることもあるって覚えればいいよ。
でも結局助けてしまった。北浜先輩が必死に頼み込んでくるから……。あんなヤツでも、顔以外で誰かに好かれてるもんなんだ。
5月○日
家に戻った。中に入った途端、すごい異臭……。こいつら全員家事できないのかよ。お母さんごめん。片付けを終えてようやくいつもの日常に戻った。三人多いけど。
春花ちゃんに調べてもらって聞いたけど、レオくんはともかくルイとシュリー。こいつらお昼はパンか学食。贅沢野朗どもが。仮にも一緒に住んでるし、何かでそれがばれた時は私が色々言われそうだし……。お母さんのお弁当だって作ってるんだもの、二人分も四人分も変わらない。しばらく行ってなかったあのスーパーにも顔を見せなくちゃ。
そうそう、家に戻った時、すぐに連絡できるようにって五人(私、お母さん、三兄弟) お揃いの携帯電話を購入した。普通の女子高生みたいでちょっと感動。
5月○日
数日三兄弟と過ごしたけど、向こうにも色々ありそう。何だっけ、シュリーは実質ルイ側で、レオくんは味方がいない……のかな? それで私に固執してたのかも。
でもさすがは身内。共通の敵には厳しいんだね。レオくんにちょっときついこと言った春花ちゃんに総攻撃。……言っとくけど、私の友人だからね!
6月○日
春花ちゃんVS三兄弟+向こうのお偉方
魔法に頼ってばかりだから……。
6月○日
ルイのファンクラブが結成された。会長は三年の先輩。私この人好き! いやそういう意味じゃなくて、人間として普通に。春花ちゃんやシュリーがさりげなくルイのファンの嫌がらせから守ってくれたのは知ってる。一緒に住んでるし、いとこってことになってるし、占いの重要人物っていうのを履き違えて婚約者とか紹介されたし、まあ恨まれる理由はある。
けど通りすがりに舌打ちされたり、聞こえよがしに「あれで累様の身内とか」 って言われるの地味に堪える。で、そういう集団の親玉っていうからさ、段違いに酷い嫌がらせしてくるんじゃないかと思ってたけど、「わたくしどものメンバーがすみません」 って謝られたんだよ。そんで正式に就任すると嫌がらせもピタッって止んだの。
先輩ルイが好きなの? じゃあくっつけばいいじゃん! 私が許す!
思い上がりも甚だしかったな。結局、ルイに全くその気がなかったから、私がお節介したことでかえって二人の仲はこじれた。
古河梓先輩は、それからもファンクラブ会長業務を淡々とこなしている。
6月○日
失恋記念日。
自分が選ばれた存在だと思っていた。
誰も三兄弟と私の間に入ることはないと思っていた。
兄弟が誰を選ぶかなんて自由なのに。
シンデレラのお姉さんみたいなことしちゃってさ、余計みじめ。本当に……
7月○日
通報された \(^0^)/ 何この泣きっ面に蜂。
レオくんが好きな女の子が私を恋敵と認定して嫌がらせしていたらしい。あーうん。まあ好き好き言われてますが。
でも女の子責められなかったよ。つい最近の自分を見ているようでね……。
7月○日
犬も歩けば棒にあたる。三兄弟が歩けば事件が起きる。それくらい波乱な日々を送っていた最近だけど、ようやく落ち着いてきた気がする。何かと目立つ三人だけど、美人は三日で慣れるって言葉もあるし、ねえ。
ここで三人の整理でもしようかな。最新バージョンの。
長男ルイ。地球での偽名は神栖累。傲慢なお坊っちゃん。性格以外はパーフェクト。カリスマがあるせいか、同性の友人も多い。しかし一番仲がいいのは北浜先輩。
そういえば今日のお昼に、北浜先輩に前あげたお弁当箱返された時に聞いたけど、業務の息抜きでクラスの悪友と一緒にアニメショップに行ったらしい。その際に手違いで自分の荷物がうちに来るようになったから、届いた時はよろしくって。ルイは何も買わなかったのかな。北浜先輩がアニメ好き……まあ、人に迷惑かけなければ別にどんな趣味でも……。
次男シュリー。偽名は石岡朱里。中立の監視役。
のくせに彼女なんか作っちゃって。私の初恋。でも、今思うと実らなくてよかったのかな。後継者争いってデリケートな問題に、恋心なんて迷惑なだけだよ、きっと……。
三男レオ。偽名は結城礼緒。マイペースで強引な性格……かと思われたが、それは周りが敵だらけでその上見知らぬ世界という環境だったから。最近は子供子供してる。
最初のほうが大人っぽかったなと思わせられた事件を書こう。
うちでは果物は切って出す。長男と三男に剥かせたら実がなくなる。次男は……最近気まずいし。まあそれで皿に乗せられた状態で出すのだが、レオくんは林檎が大好物。
ある日、林檎と梨を一緒のお皿で出した。レオくんは完食した。数日それが続いたので、私は何の疑問もなく「レオくんは林檎も梨も好きなんだね」 と言った。
レオくんは泣いた。大泣き。
何か騙されてたらしい。剥いた状態だから林檎と梨の区別がつかなくて同じものだと思って梨をマズイと思いながら食べてたとか。林檎好きと公言したのに、味が変わったから嫌とか言うのもおかしいと思って食べてた、結衣お姉ちゃんに気がころころ変わる奴と思われたくなかっただって。ちょっと可愛いな。
これは気づくだろうと思って言わなかった私が悪い。そもそも異世界人なのに。
そんなことがあってから梨を親の仇のように思ったのか、冷蔵庫に梨があるのを見て「ぴぎゃ――!!」 ってしばらくなったレオくん……。現時点では三兄弟で一番好きだよ、可愛いよレオくん! でも梨美味しいじゃん!
結衣は一人部屋で微笑みを浮かべていた。やがて日記帳を閉じて布団に潜る。眠る前にぼんやりと思う。
――そういえば、彼らが来る前って、どんな生活してたんだっけ――
目を閉じて回想する。家では母を支えながら慎ましい生活。学校では春花と二人で狭く浅い付き合いの日々が思い出された。
――ちょっとだけ、三人に感謝しちゃうな――




