第六話 昼休みはリフレッシュの時間1
猿どもの襲来を受けても無事で居るのは、電話線と電話交換機の端末だけだと思う。
お昼を食べる頃には、猿どもに痛めつけられた私の頭は、決まって軽い頭痛を催す。っまあ、この頭痛も、既に私の日常に溶け込んでしまっているのだけれど……。
昼食の手を止めて、疲れを知らない電話交換機の端末を操作しなければならないことが、仕事であるとは言いながらも、まったく忌々しく思える。
お昼の時間は、猿どもの相手をしながら、それでも思い思いに過ごす。こうすることで、3人共にリフレッシュするのだ。
真美ちゃんはクロスワードパズルに夢中のようだ。
帯刀さんは新聞を読んだり窓を全開にして煙草を吸ったりしている。
私はと言えば、読書だ。ちなみに今読んでいるのは、「新たなる「挑戦」 夢をカタチにする時」って本。字は違うけれど、私と同じ名前の居酒屋の社長さんが書いた本。
彼は、自分の夢に日付を入れてその夢の実現に向けて地道に努力を重ねている実業家だ。
同じ名前でも大違い!着実に夢を叶え続ける彼と、猿どもに翻弄され続けている私……。
(男女の性差だとか、名前の文字の違いだけで、こうも生き様が違ってしまうのかしら)
でも、夢を着実に実現する彼の歩みを本を通して知ることは、私を元気にしてくれるような気がした。
私が今読んでいるページには、彼が学生の頃に諸外国を旅行して、「飲食業を起業しよう!」と決意したことが書かれている。
そのページは、短大の頃に海外旅行に出掛けた過去の記憶を思い起こさせた。
「どっか旅行行かない?」
気の合う友達たちでお昼を食べていた時に、何の気なしに提案された話しは、国内温泉旅行から海外旅行へと、大きくその形を膨らませた。
卒業してしまえば、みんなで一緒に旅行することもないだろう、と言うことでどうせ行くなら海外だ!となったわけだ。
あれこれと行き先について意見が飛び交ったのだけれど、その日のお昼の時間だけでは行き先は決まらなかった。
行き先はともかくとして、海外に出ることだけは決まったのだから、海外旅行が初めてだった私は、パスポートを申請しなければならなかった。
パスポート申請に必要な書類の1つ(戸籍謄本)が、初めての海外旅行に浮き足立っていた私の心に冷水をかけた。
戸籍謄本の中に、養子として私の名前が記されていたからだ。
私が養子であると言うことについては何1つ聞かされてはいなかったし、両親は私を実の子のように愛してくれていたから、その事実を隠されていたことを恨む気持ちはなかったのだけれど、見ては鳴らない物を見てしまったような、知ってはならないことを知ってしまったような、そんな風な言葉にできない気まずさが心に残ったことだけは確かだった。
「養子」の2文字を頭の隅っこに追いやりながら、私は友達とのオーストラリア旅行に出掛けることになった。
旅行中はオーストラリアの空気と言うか、海外旅行初体験の気分で高揚していたのだけれど、帰国して両親と顔を合わせた時には気まずさがジワジワと私の心を彩った。
ゴールドコーストでコアラを抱いて撮った写真を両親に見せながら、表面上は楽しげに土産話をしているのに、心の中では子供の頃に小さな嘘をついてしまった時のような居心地の悪さを感じていた。
どんな経緯で、私が渡辺家の養子になったのか?そんな疑問をぶつけてみたいと思う気持ちと、今更そんなことを訊く必要は無い!私を愛してくれる両親がここに居るそれ以外に何を知る必要があるのか!と言う気持ちが、複雑に混じり合って、心の中に変な模様を描き出す。
そんなモヤモヤした気持ちは、就職して新しい仕事を覚えることに忙しくなるまで、私の心に居たような気がする。