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第五話 「朝っぱらから!」

「予約のことで、ちょっと聞きたいんだけど……」

 電話交換木の回線を開いたとたん、耳障りなノイズと一緒にそんな声が飛び込んで来る。

 私は、思わず出そうになる溜息をぐっと飲み込む。

「恐れ入りますが、お客様……、どう言ったご予約ですか?」

「はぁー?予約って言ったら、部屋の予約に決まってんだろうがっ!」

「失礼しました……」

 モシャモシャした携帯電話独特のノイズの向こう側でいらだっているであろうこの客には、朝っぱらから手こずらされた。

 部屋の予約の用件と知ることができた私は、いつ宿泊される予定なのか?を尋ねた。

「だーかーらー!キャンセルすんだよ!

(そんなこと聞いてねえよっ!キャンセルならキャンセルって初めに言えば良いだろうが……)

 って心の中で言い返しつつも、声の営業スマイルを持続させる。

「担当の者にお繋ぎいたしますので、暫くお待ちください」

 私は、耳障りな携帯のノイズと、電波の向こうに居るであろう男の声を、フロントのお兄さんにパスする。

(きっと女にふられてキャンセルしたのね)

「っも!朝っぱらからキャンセルだって……」

 誰に言うでもなしに、言葉が出てしまう。

「部屋のキャンセルなら、最初からそう言えば良いのに……、「予約のことでお聞きしたい」って言うんですよー。予約って言えば自分の言いたいことが全部分かってもらえるって思ってるのかしら。レストランの予約も、結婚式のことだって……、予約って言えば予約じゃないの!」

 真美ちゃんは私たちの湯飲みを戸棚から取り出しながら、帯刀さんは電話交換機の前に座って新聞を広げながら、「うんうん」と私の話に頷いてくれる。

 ここに居れば、少なからず同じようなパターンの電話応対の経験があるからだ。

「本当ね!どうしてこの頃の連中は自己中心的なものの言い方しかできないのかしら?」

 ぴしゃりと新聞を机に置いて、帯刀さんが私の話を受けてそう応じた。

「このあいだなんか、「田中ですけど、おりますでしょうか?」って言うのよー。田中なんてありふれた名前でしょ?うちのスタッフの田中だけ考えてもけっこう居るでしょ?苦労させられたわよー!

よくよく聞けば603に泊まってる田中さんの家族だったんですけどね……。それならそれで、「そちらに宿泊してる田中の家族の者ですが……」って言えば良いのに……。

まったく!言葉がめちゃくちゃだわっ!」

 帯刀さんが話し続けている間に、真美ちゃんがお茶を入れる。

「こんなことだと、学校の授業に「電話のかけ方」ってのが加わるかもしれませんねぇ」

 そう言いながら真美ちゃんは帯刀さんの机にお茶を置いた。

「まったくその通りよ!!」

 帯刀さんは、やれやれと言った風にお茶を一口啜る。

「ねぇ?そう思うでしょ?貴方も……」

 帯刀さんは机の上の小さな写真立てに語りかける。そこには彼女のお孫さんなのだろうと想像できる、可愛らしいあかちゃんの写真が飾られていた。

 職場では凛とした厳しい表情の彼女が、あかちゃんと戯れる姿を想像すると、なんともほほえましく思える。

 前に真美ちゃんが「お孫さんですか?」って帯刀さんに尋ねたことがあるのだけれど、「人のことを詮索するのは良いから!……仕事、仕事!」って一蹴されて、その話題は打ち切りになってしまった。

 それ以来、帯刀さんの机の上の写真立てのことについては、真美ちゃんも私も触れないようにしている。

 午前中だけでも、珍妙な電話は何度と無く私たちの電話線に飛び込んで来た。

 駅前に居ると言う客が「そこまでの行き方を教えてくれ」って言うから、説明を始めたら……、その説明を聞きながら車で見当違いな方向へ移動していて、電話線のあちら側とこちら側とで話しがちぐはぐになってしまった。そう愚痴ったのは真美ちゃんだ。

 これまた走行中の車の車内からの携帯で、「注文もらってたワイン3時に届ける予定だったけど、少し遅れそうだからそう伝えておいてくれ」って言って一方的に電話を切られてしまった。

「うちには日本料理、中華料理、フランス料理、……、それからラウンジ、いろんなレストラン入ってるから、どこからの注文か聞こうとしたのに!」

 そう言ったのは帯刀さん。

「そっちの番号が着歴に残ってたからかけたんだけど、俺に電話くれた人に替わってくれ」

 って言われて、てんてこ舞いさせられてしまったのは私だ。

 ここに入社した頃に、「電話応対の事例」って言うビデオを観たことがあるけれど、その画面には登場しなかったような電話応対の貴重なサンプルが私たち3人の戦場には飛び交っている。

そのどれもこれもが、ほとんどと言って良いくらいに、携帯を持った猿たちから発せられるものだった。



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