第十五話 暗雲! 不安!
電話交換室の扉を開けると、真美ちゃんが私たちの机に雑巾掛けをしているところだった。
「あれ?帯刀さんは?」
「さっき総務課長さんに呼ばれて行っちゃったよ」
(仕事で何かミスったかしら?)
上からの呼び出しが掛かるってことは、たいていろくなことではない。
呼び出されて仕事上の無理難題を言いつけられることはあっても、褒められたことなんて今までにちっともなかった。
だから、窓外の曇天を見やる私は、ごく自然に嫌な予感に捕らわれてしまっていた。
(昨日は猿たちとはトラブってなかったはずだけど……)
いつものように私と真美ちゃんが電話交換機の回線を開いて仕事をし始めて15分くらいが過ぎた。帯刀さんはまだ戻ってはこない。
仕事は相変わらずだけれど、帯刀さんが上から呼び出されている時間が長すぎることに、私は言いようのない不安を感じていた。
「昨日ね、炊飯器壊れちゃってさあ、もう大変だったんだから……」
電話応対の隙間を縫うようにして、昨日の夜のことを手短に話してみる。
「っでね、近所の電気屋さんに炊飯器買いに行ったんだけどね、……、携帯売り場がすっごく込んでたの」
募る不安に逆らうように、わざと明るい声を作る。
「どうしてだと思う?……それがね……携帯に貼るシールただで配ってたのよ。それで込んでたみたい」
真美ちゃんもおそらくは私と同じように不安を感じているのだろう、私の話に「うん」、「うん」と相づちを返すだけで、口数は少ない。
時計の針が10時を過ぎて、私と真美ちゃんの話しのネタも出尽くした頃、ようやく聞き慣れた帯刀さんの足音が近づいて来るのが聞こえた。
私たち2人の目は、自然と扉に吸い寄せられた。
「これ……、目を通しておくようにって言われたわ。私は小さな文字だめだから、渡辺さん、読んで」
ゆっくりと扉を開いて入ってきた帯刀さんは、それだけ言うと私に厚みのあるファイルを手渡して、自分の席にドッカと座った。
力なく椅子に座って押し黙ったままの帯刀さんの様子から、今日の上からの呼び出しが、いつものそれとは違うことがビリビリと伝わってくる。
いつもなら、こちらが聞くより先に、上から言われた小言を話してくれて、
「こっちだって一生懸命やってるのに、勝手なことばっかり言うんだから……やってられないわよ!」
って胸を張って言い放ってくれるような帯刀さんが、押し黙っているのだから、普通じゃないって言うより、異常事態を察するしかない。
上から呼び出されて何を言われたのか?、いったい何があったのか?……、とうていそんなことを聞けそうな雰囲気ではなさそうに思える。
重苦しい沈黙が流れる。
「あの……」
真美ちゃんが何かを言おうとするのを、電話のベルが押しとどめた。彼女は出しかけた言葉を仕事モードに切り替える。
結局のところ、帯刀さんが呼び出された先で何があったのか?、これから何が起きようとしているのか?、それを知るには、たった今手渡された書類を読むしかなさそうだ。私にはそれしかできそうもなかったし、そうすることが今しなければならないことのようにも思えた。
National control plan by cellular phone
厚紙で作られた表紙をめくった私の目に飛び込んできたのは、そんな文字だった。