第十二話 仕事について悶々と
Mailチェックを済ませると私は、いつもの習慣でネットサーフィンをしてしまっていた。
「インターネットは情報のゴミ箱」
誰かがそんな風に言っていたけれど、本当にその通りだと思う。大量のゴミの山の中から、自分に役立つ一品を見つけだす、そんな力を養うことは大切だと思うし、雑多な情報の山の中から自分に必要な物を拾い上げることは、宝探しみたいで楽しいとも思う。
GOOGLEの検索欄に
「電話交換 悩み OR 愚痴」
ってキーワードを打ち込んで、エンターキーをパチンと叩く。
このキーワードで検索をかければ、私と同じ仕事に就いてる人たちが日頃の愚痴や悩みを吐き出すために集っている掲示板に行き着くはずだ。
この掲示板(電話交換のお悩み交換掲示板)は、以前私が暇に任せてネットをさまよっていた時に、偶然見つけたサイトだ。
サイト内に並ぶ書き込みは、そのどれもこれもが、
「うんうん!分かる分かる!」
って頷いてしまえる物だった。
思わず私も、日頃の愚痴めいた書き込みをしてしまっていたのだけれど、その後のスレッドの流れを見ないままに、数ヶ月ほったらかしにしていたのだった。
「お気に入り」にちゃんと登録しておいたら、ググって探さなくても良かったのだけど、その日に急な来客があったせいで、ブックマークにまで気が回らなかった。
やがて、検索結果が表示された。私の記憶に間違いがなければ、トップ100件の中に、私の探すサイトがあるはずだった。
画面をスクロールさせてみるけれど、どうやら私の記憶は曖昧だったらしく、お目当てのリンクは見つからなかった。
4ページ目、5ページ目、……、次々とページをめくってみたけれど、やはりお目当てのサイトに行きつくことはできなかった。
私が書き込みまでしたのだから、その時点ではサイトはちゃんと運営されていたはず。私が数ヶ月アクセスしないでいた間に、管理人がサイトを閉鎖してしまったのだろう。
(けっこう過激な書き込みもあったもんねぇ)
自分勝手にサイトの閉鎖理由を考えて納得しようとしていた私の目に、「全国百貨店電話交換手対決」のリンクが飛び込んできた。
(これだよっ!これっぽい!きっとページの名前を変えて運営してるんだわ!)
私はそのリンクをクリックして、新たな画面が現れるのを待った。
ところが、私の予想に反して、そのサイトはサイト管理人が無作為に選び出した百貨店に電話をかけまくって、同じ質問を各百貨店の電話交換手にぶつけてみて、その反応から
「この百貨店の電話交換手は●だ!」
とか、
「あそこの対応は無愛想だった!」
とかって、批評する内容のサイトだった。
本当に用件があって、百貨店に電話して、……、って言うのなら、そのやり取りの中で、様々な気持ちになって、云々されたとしても仕方がないだろうけれど、電話交換手の腕試しをしているこのサイトの管理人には腹が立った。
私たち電話交換手の仕事は、迅速丁寧が基本なのだ。できるだけ短時間で、お客様の用件をお聞きして、適切な場所に電話を取り次ぐ、それが私たちの仕事。
短時間でさばかなければ、次々と掛かってくる新たな電話を取ってさばくことができなくなってしまう。
例えば、ファーストフード店でオーダーを取る仕事なら、目の前のカウンターに並んでいるお客様の人数が視認できる。お客様が多ければ、多いなりの仕事の組み立て方ができるだろう。
でも、私たちの目の前にはお客様の姿はない。何人のお客様が、今この時間に私たちの所へ電話をしているか?なんて、超能力者じゃないんだから、分かろうはずもない。
そんな雲を掴むような状況で、それでも最善を尽くして仕事をしている。
「そっちまでの行き方を聞きたい」
例えば、こんな電話が掛かって来るとする。私たちはお客様がどこに居るのかを、そこから徒歩なのか?車で来るのか?はたまた電車で来ていただけるのか?、それらを聞き、適切なルートを案内する。
正確な時間を計ったことはないけれど、この説明をし終えるだけで、スムーズに終えることができたとしても、2〜3分は掛かるだろう。その間にも何本もの電話が、ピリピリと掛かって来ているのだ。
「フランス料理のお店に繋いでよ」
とか、
「そっちに泊まってる鈴木さんの部屋に繋いでよ」
なんて、私たちが道順案内を終えた後で言われることは、珍しいケースではない。
(っじゃ、「レストランに繋いでよ」って先に言ってくれれば、そっちで道順も尋ねてくれれば……」
とか、
(泊まってる鈴木さんとゆっくり話ししながら、道順も聞いてくれたら助かるのに……)
って、私たち電話交換手がそんな風に思ってしまうのは、わがままとか、仕事への手抜きには入らないはず。
電話線を介した音声だけでのやり取りには、私たちなりに苦労やジレンマがあるのだ。
(時間が許されるなら、ゆっくりお話をお聞きして……)
(でも、ゆっくりと最後まで話しをお聞きしたあげくに、私たちの手元でさばけない用件だった場合は、お客様の電話を保留にして、必要な係に、今お客様からお聞きした内容を全部伝えて、……、それから、返された返事をお客様にお伝えして……)
(そんなことをしていては時間のロスになってしまう)
言葉だけでのやり取りは、本当にじれったい!それこそ、超能力者だったなら、一瞬でお客様の意図を理解して、それに応じた対応もできるのだろうけれど……。
そんな私たちの仕事の状態なんか関係ないみたいに
「ここの電話交換手は無愛想だった」
とか、誰もが見られるネット上で言われているなんて……。情けない気持ちになってしまう。
だけど、どんなに情けない気持ちを抱えたとしても、私はそんなじれったい言葉でのやり取りを大切にしたいと思う。
言葉は、人を傷つけたり疲弊させたりもするけれど、その逆に、ひとの心を勇気づけたり元気にしてくれたりもするのだから……。
どんなに回りくどくても、じれったいやり取りが続くとしても、人の意思や心を伝える手段は言葉以外にあり得ないのだから……
携帯を持った馬鹿な猿どもに翻弄されている今の私の仕事は、地味な仕事かも知れないけれど、それでも、人だけが紡ぎだせる「言葉」を扱うからには、言葉に失望してしまってはいけないように思う。
言葉を音符に乗せれば、人を感動させる素敵な歌が紡げる。
言葉を筆の先から紙に写せば、素敵な詩や小説が紡げる。
確かに、言葉の誤用や乱用があちこちに溢れているけれど、どんなに人のモラルが崩壊してしまったとしても、それを再生させるのも言葉の力でしかなし得ないのだろうと思う。
私は、「言葉」について、つれづれに考えを巡らせながら、IEを閉じた。