第十話 帰宅? アクシデント?2
CDやらDVDのレンタル店を兼ねた近所の電気屋は、そこそこに込み合っているのだろう。店の前には、いつものように多くの自転車が無造作に停められている。
レンタル店を兼ねているこの店は、夜遅くまで開いているのだ。私の記憶が確かなら、9時に家に帰って蛍光灯が切れてたとしても、十分に買い物ができたはず。
夜遅くまで開いてくれている電気屋さんのおかげで、明日の私の朝食(炊きたてがっつり!プロジェクト)が叶えられるのだけれど……。
盗難防止のセンサーが設置されている狭い入り口をくぐる。蒸し暑い外の空気と入れ替わって、冷房で冷やされた心地良い空気が私の体にまとわりついた。
入り口を入って直ぐの通路の両側には、左に携帯電話の売場、右にはTVゲームソフトの売場がある。
私は、意識的にTVゲームのコーナーに目をやりながらずんずんと店の奥へと歩を進めた。
(昼間も携帯を持った猿どもの相手をさせられているのだ。プライベートでまで、携帯に群がる猿を見るなんて、まっぴらごめんだ!)
そんな私の気持ちとは裏腹に、私の耳は携帯のコーナーに群がる猿たちと、その相手をしている店員のお姉さんの声を捕らえていた。
どうやら、携帯に貼り付けると受信感度が上がるシールを無料で配っているらしいことが、彼らの賑わいから聴いて取れた。
そんな風に賑わう狭い通路を通っている私も、店員のお姉さんからすれば、無料配布の携帯シール目当てだと思われているらしかった。
「いかがですか?」
って、呼び止められてしまったのだけれど、聞こえないふり、っと言うか、無視を決めこんで素通りする。
いくらただでくれる物だとしても、携帯関係のグッズは欲しくはなかった。「携帯を持った猿アレルギー」の今の私には、ダイエット食品のサンプルだとか、化粧品のサンプルの方が、遙かに魅力的に思える。
「「心と心が繋がる!携帯シール」だってよぉ!マジかよっ!?」
とか、
「ちげえよっ!んなわけあるかよっ!」
とか、
「脳波を感知して……どうのこうのって書いてあっぜ!」
とか言いながら、携帯をパカパカやってる猿の奇声が、とにかく耳障りだ。
(こんなエリアは、とっとと離脱するにかぎる!)
私はTVゲーム売り場の方に身を寄せつつ、なおも、ズンズンと店の奥へと向かった、
店の一番奥の方に、私の目指す家電売場がある。
やっとのことで家電売り場にたどり着いた私は、品定めを始めてはみたものの、手頃な値段の炊飯器は、どうやら売り切れらしかった。
予定を大幅にオーバーしてしまったけれど、49800円の炊飯器を買うことに決めた、
IH調理でふっくらしたご飯が炊きあがるし、しかも
「ご飯が炊きあがりました」
とかって、おしゃべりもしてくれるらしい。
これだけの機能で、この値段なら納得できそうな気がした。
私の財布の中には、炊飯器代の半分くらいのお金しか入っていなかったから、支払いはカードで済ませた。
大きな炊飯器の箱をぶら下げて通路を引き返す私の右手にビニールに包まれた薄っぺらい何かが押しつけられた。
人混みを抜け出して、店外に出てから、手の中にある物を改めて確認する。
それはさっき携帯売場で無料配布されていたシールだった。
私にとって、それはいらない物だったけれど、大きな炊飯器を抱えて、わざわざ返しに戻るのも面倒に思えて、バッグのポケットに無造作につっこむ。包みのビニール越しに米粒のような堅くて小さな感触があった。
モワっとした夏独特の空気が、歩きだした私の体に絡みつく。 私は、昼間の熱気が微妙に残るアスファルトの上をだらだらと歩いた。
電気屋から出る時には
「へっ!これ軽いじゃん」って思っていた炊飯器の箱だったけれど、歩みを進めるうちにその重たさが増しているような気がした。プラスチック製の持ち手がグイグイと指に食い込む。 大通りから、私が住むマンションのある方へと入るその曲がり角に、ゴミ捨て場がある。
私の目は自然に、行きがけに捨てた炊飯器を捕らえていた。
誰かが捨てたであろう、さび付いたパイプ椅子の上に佇んでいる彼は、なんだか寂しげに見えた。
誰からも見向きもされないようなゴミ捨て場で寂しげに佇んでいる彼も、今朝までは元気にお米を炊いてくれていた。
6年間私と一緒に過ごしてくれた、愛着のある彼の寿命。
平凡な毎日、ご飯を炊き続けるだけのそんな毎日……、食を支える重要な役割にして、地味すぎる、彼の人生。
地味で目立たない働きと言う点で見れば、閉ざされた箱の中で電話線に翻弄されている私たち電話交換手の存在と、ただただご飯を炊き続けて寿命を終えた彼の人生とは、なんだか似ているような気さえする。
家電製品の寿命について、軽い哲学モードで思いを巡らせるなんて……。真美ちゃんに話したら、きっと笑われてしまうだろう。
「私はねぇ、そうね、……、こんな小さな部屋で誰からも注目されずに……、虐げられて長いこと過ごしてきたから……、最後くらいは誰かに注目されるような……、一花咲かせるようなのが良いかしらねぇ!」
「寿命」と言うキーワードを弄んでいた私の脳裏に、昼休みに帯刀さんが言った言葉が思い出された。