(中)
十一、
今年も花が咲いた。
マリーゴールド。
花だんに、鮮やかな色のじゅうたん。
「きれいだね」
そうエマに笑いかけた。
エマはじっと僕を見て何も
言わなかった。
花は枯れて、また咲く。
また春になれば、同じ顔を見せる。
僕はいつの間にか、エマの背をぬかした。
僕たちは季節の中で、変わっていく。
十二、
誰かが誰かの物を盗んだとかで、
みんなの前に引き出されていた。
「人の物を盗むのは、この手か!」
園長は怒声をあげて、
木刀でそいつの手を叩いた。
鈍い音がして、そいつは手をおさえて、
うずくまった。
その背中に、園長は木刀を振りおろす。
また鈍い音がした。
「お前は最低の人間だ!」
「お前は人間じゃない!」
「ただのクズだ!」
もう一度振りおろす。
僕たちはそれを、ただ見ている
ことしか、できなかった。
言うことをきかないと、
一日中立たされることもあった。
勉強の時間で、先生と呼ばれる
大人にあてられて、
答えられないと、
みんなの前で「私はバカです」
といわされた。
先生は園長や息子の時もあった。
給食の時間、園長がよくいた。
ニンジンを食べられない奴がいた。
そいつはその日から、
生のニンジンだけになった。
朝も、昼も、夜は何もない。
次の日、そいつは首輪をつけられて、
四つんばいにさせられた。
目の前のトレイに、ペットフードが入れられた。
「お前は人間じゃない」
「だから犬のエサを食え」
「手を使うな」
「人間語をしゃべるな」
僕たちは、自分のを分けようとも、
助けようともしなかった。
十三、
園長の息子は、仕事がないから
ここにいるらしい。
園長の息子が、「あいつとは
口をきくな」と耳打ちすると、
誰もそいつと口をきかなくなる。
破ると、今度は自分がそうなるから。
それならまだいい。
ひどいと一日中立たされる。
逆らうと、殴られる。
十四、
きれいな服を着ている女の子がいた。
その子は顔もきれいで、
園長の息子に気に入られていた。
でもその子が笑っているのを、
見たことがない。
ある日、その子の服が、
泥の中に捨てられているのを、
見つけられた。
園長の息子が、その子を問いつめた。
その子はエマがやったといった。
うらやましくてやったと。
僕は信じられなかった。
エマは何もいわなかった。
「お前みたいな奴は、
服を着ている必要はない!」
園長の息子は、
エマを裸で立たせた。
裸で立たされる。
なめるような視線
誰もが息をのんだ
困惑と、今起きていることの
それは目の前のことにか。
自分の中に生まれる、
得体の知れない感情にか
僕は、戸惑うことしかできない
エマがそんなことをするわけがない。
だけどその日から、
誰もエマと口をきこうと
しなくなった。
もともとエマは、誰とも話さないけど。
「さびしくないの?」
僕は白々しく聞いた。
「私といない方がいいよ。
あなたもイジメられるよ?」
僕は友達と話さないので、
気にならなかった。
その日から僕は、
部屋のすみに追いやられて、
眠るようになった。
十五、
神様の話をする大人がきた。
白い、のっぺらぼう。
神様が七日間かけて、
世界をつくった話をした。
最初の人間の話をした。
誰か偉い人の話をした。
僕たちは罪を背負っているらしい。
僕たちは悪いらしい。
だから神様を信じなければ、
地獄におちるらしい。
僕たちは神様に逆らってはいけない。
苦しくても疑ってはいけない。
試練だから。
大人に逆らってはいけない。
大人は偉いから。
感謝しなければいけない。
僕たちは、生かされているから。
考えてはいけない。
疑ってはいけない。
従わなければいけない。
白いのっぺらぼう。
十六、
押し花、はらりと。
褪せた色、干からびた。
開いた本から、
落ちた。
エマは、しおりがわりに使っていたのか。
それとも、つくって忘れていたのか。
僕はその一輪を、手にとった。
いつからか、
繰り返し見る夢があった。
僕の手を引く手。
大きな、大人の手。
「お母さん」
僕はそう呼ぶ。
ふり返る顔は、無い。
顔をなくした横顔を、
僕は見上げる。
顔のない。
顔がない。
顔をなくしてきたのか。
顔はなかったのか。
夢のあと、僕は鏡を見る。
僕は、
僕の顔は、
これは僕だ。
僕の顔はこんなだったか
こんな?
どんなだったか。
みんなの顔は
僕は起きているのか?
目を合わせない。
みんなの顔は、どんな
押し花、僕は
口づけをした。