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 アイの髪が繁り、大鎌を出現させた。

「残念だが、魅力的な自分を追求する旅は終わりだよ。君はここで死ぬ。今度は完全にね」

 アイは鎌を手にした。

「説教と処刑、かあ。警察みたいな悪魔さんだわ」

「アイは自己満足で君を非難したわけではない」

 アイは俺を見た。それを見た原乃街も、俺を見る。

「太一君が君に告白した話を聞いていた。太一君は君を好きだそうだ。君が自分を好きになった人間を自分の為に使用しているのを知ったら、太一君は残念だろうと思ったまでだ。アイが邪魔をしなかったら、君は太一君を町の外へ連れ出して吸い取ってしまうつもりだったのだろう?」

「そうだね。今もそのつもりだけど」

「させると思うかい?」

 アイは照準機のような視線を向ける。原乃街は無視し、微笑して目を閉じている。二人の気迫が静かにぶつかっている。

「二人とも、話し合っているところ済まんが、ちょっと待ってくれ」

 俺はアイの肩を押し、原乃街から離す。

「アイ、もういいんだ。抑えてくれ」

「どうしてだ」

「それは、その……。俺は残念に思っているわけじゃないからな」

 俺はもう一人に近付いた。

「えーと、原乃街、いま言った通りだ。俺は裏切られたとか幻滅したとか思ったわけではない。むしろ意外な一面というやつがあっていいと思っている。さすがに殺されるのは困るが……」

「ありがとう。怖がられないことは嬉しいわ。だけどね、中元太一。『これ』も私の本当の姿じゃなかったら、どう思う? あなたは本当の私を見ても耐えられるかなあ?」

「え?」


「私はここだよ」


 俺は、体ごと振り返った。スピーカーの音が右から左に変わったように、別の所から原乃街の声がした。

 小川の向こう岸に少女の影があった。

 制服を着た、原乃街の姿だった。

 小川を挟み、二人の原乃街が存在した。どういうことなのだ一体。

「シホコ、どうぞ」

 こっち側の原乃街が帽子を投げた。帽子はクルクル回り小川をまたぐ。向こうの原乃街は帽子を被った。綺麗な目はひさしの下になった。

「そうか。アイは少し間違っていた。これが種明かしだね」

 アイは何かに気付いたらしい。

「アイ、どうなっているんだ?」

「アイは最初に原乃街君を殺せなかったことが疑問だった。アイの鎌で仕留められなかった神は今まで居なかった。でも、神の本体でなかったとしたら、殺し切れなかった説明がつく。原乃街君は、身代わりを立てる神だったんだ。本体はずっと隠れていた。そしていま現れた」

 アイは鎌を突き出した。向こう岸には届かない。制服と帽子の原乃街は答えた。

「ほぼ正解。だけど、一つ違うよ。あなた達の隣に居る私は、私の『身代わり』じゃないわ。身代わり以上のもの。『理想の原乃街志穂子』なの。私は理想の自分の背中を追うことで自分を高めてきた。理想を追い続けて、いつか素晴らしい自分になれるように。そこに居る私は、私の人生の最高の教材というわけ」

「つまり、理想ロボットとでもいう存在かい。そして、君の能力は、理想ロボットを創り出し、アップグレードしていくものなんだね。ロボットをアップグレードさせるためには、人間を魅了し、吸い取ることを必要とする」

「お見事。そして、挨拶がまだだったね。はじめまして」

 原乃街の「本体」は帽子を取った。また被り直した。俺の抱くイメージのままの原乃街が向こうに居た。こちら側の原乃街より劣っているようには見えなかった。

 あれ。ちょっと待ってくれ。

「はじめ、まして……? どうしてだ?」

 思わず疑問が出た。

 しかし、まさか。もしかすると。

 原乃街は、帽子の下、口角を上げた。俺の戸惑いを裏付けた。

「そう。ずうっと私は引き籠もっているわ。学校に行っているのは、いつもそっち。私は、彼女が持ち帰ってくるものを受け取り、彼女に同期するの。理想の自分に追従するプロセスね。私は基本的に人前には出ないの。時間が勿体ないし、疲れるでしょ。私は自分をより魅力的にすることしか考えていない。『理想の私』からのお土産を受け取るだけが仕事。そして、そこの『私』の活動を管理するのが役目」

「要は、太一君を吸い取ろうとしたのは君の意思ということだね?

「中元太一君には悪いけどそうね。尊い犠牲になってほしいの。私は誰からも持ち上げられる魅力的な女になりたい。周りの全員の目を引く女になりたい。ベタベタに俗な人間が私の本性です」

 対岸の原乃街は独白した。

 原乃街と俺達は、小川の幅以上に遠く離れている気がした。俺は薄ら寒い感じがした。何かが違う。ひどいねじれを感じた。

「待て、それはおかしいぞ。いつも人前に出ているのは、こっちの奴だろう。褒められたり、男の目を引いたり、告白されたりするのは、こっちだけだよな? どのくらい魅力的になろうと、ベタベタに俗な本性だろうと、お前は人前には出ない。家に籠もっているだけだ。自分を披露する機会が無い。それで満足しているのか?」

「満足してなんか、いないよ」

 悲しげな声だった。すごく女の子らしい所作に見えた。

「でも、今は満足は要らない。もうすこし我慢する。誰もが振り向いてくれる人間になるまで。そしたらきっと『あの人』も私を振り向くから。人前に出るのはその時でいい」

「……」

 俺は胸を切られるような沈黙を味わった。

「あの人」、と言った。原乃街には好きな人間が居るのだ。だが、ここまできたら訊くしかあるまい。

「『あの人』というのは誰だ? 俺が知っている奴か?」

 数秒の沈黙の後、原乃街は言った。

神座かぐらけいちゃん」

 背中から不意打ちされたようなショックだった。女なのか? しかも、神座……? まさかの「鉄仮面」なのか?

「シニアで野球をやっていた時、私はキャッチャー、恵ちゃんはピッチャーだった。もっとやっていたかったんだけど、恵ちゃんが野球をやめたから、私もやめた。恵ちゃんにもう一回私を見て欲しい」

 俺は絶望した。女かよ。勝ち目がないと痛感したね。とはいえ原乃街が可愛いという事実が変わることはないため、この状況は生き地獄である。そして可愛い原乃街が二人居るわけだが、俺はどちらが好きなのだろうか?

「ごめんねー、中元太一君」向こう岸の原乃街は謝る。「私と恵ちゃんのために殺されて。頼むわね、『私』」

 こちらの原乃街への命令。アイが身構えた。しかし、こちらの原乃街は動かなかった。

「シホコ。意見を言ってもいい?」

「どうしたの?」

「本当にこの男を吸い取ってもいいのかな」

「なぜそんな質問を?」

「シホコの目的が恵ちゃんだということは理解してる。それは何よりも優先する。でも、今までの男のときは家に居たシホコが、今回は中元太一の前に現れた。その行動が少し気になったわ」

「……深い意味はないわよ。無用な気遣いだわ」

 原乃街は帽子を取り、同じ瞳を持つ相手を見た。

「ならいいわ。もう言わない。それと、最後に私見を述べたいのだけど」

「なに? 言って」

 喪服の原乃街は俺を見た。なじみ深い柔和な顔が安堵感を呼ぶ。

「中元太一。あなたとやった野球は、結構楽しかった」

 原乃街は対岸で虚を突かれたように立っていた。

 うろたえている表情は珍しかった。赤面しているのは更にレアだった。

「ひょっとして、君がここに来たのは、寂しかったからじゃないのか」

 アイが向こう岸に言った。

「ひとりで家に居るのを、無意識に嫌がっていたんじゃないのかい? 理屈の上では、好きな子にだけ関心を持ってもらえればいい。でも現実には君の体は人間と接することを望んでいた。いま、接することをね。だから君は太一君のところに――」

 原乃街が膝をつく音が、アイの分析を遮った。原乃街は頭を押さえ、縮こまっていた。自分を恥じているかのようだった。

「うるさいねぇ。悪魔のくせに講釈? 大概にしなさいよ」

 原乃街は顔を上げた。栗色の髪を炎のように振り上げた。

「そいつから黙らせて! 『私』!」

「やってみるわ。シホコ」

 喪服の原乃街はアイに正対した。

「お怒りのようだがね」

 というアイの声は、敵の背後から響いていた。あっというまに喪服の原乃街を大鎌は突き刺していた。細い胴体からは黒い三角形が突き出ていた。

「アイにとっても講釈などはどうでもいい流儀でね。アイは神を殺すために作られた悪魔ロボットだからね。神を殺せれば、それでいい」

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