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 帰り道、俺は疲れでぼんやりとしていた。いつも以上に周囲への注意力がなかった。

 向こうから人が歩いてくるのに気付いたが、すでにかなり接近していた。俺は体を回して避けようとした。その時、駅の建物が視界を横切った。自分が駅前を歩いていたのが分かった。

 ところで、向こうから来た人物も手前で止まったので、お互いぶつかるのを回避できた。

 その黒い喪服を着た女は、鼻まで隠れるベールつきの帽子を取った。

「うわっ、あんた」

 原乃街の顔が現れた。

「こんにちは。待っていたわ。ここを通ると思って」

 原乃街の大きい瞳は駅前の明かりに濡れて光っている。魅力的な表情。生前と変わらずに。……そうだ、死んだはずではなかったのか。脳が混乱してきた。

「私、お葬式の会場にも居たんだけど。覚えている?」

 言われれば、似たような黒帽子の女が式場に居た記憶はある。しかし、原乃街は……。いや、あえて「目の前のこの女は」と言うが、自分の葬式に自分で出るという、寒気のするユーモアを持っているようだ。

 何のためにそんなことを? というか、どうやって?

「私を狙っている奴が居た。その子の目を欺くための式だった。でも、だめだったみたい」

 原乃街は腰の後ろに手を組み、草原で遊び疲れた子供のように、あどけなく微笑んでいた。首から下の黒々とした喪服が恐ろしく不釣り合いだ。

 何を喋ればいいのだろう。俺は必死で考える。しかし思い付かない。この女が誰なのかが、まず分かっていない。

「告白の返事を保留していたものね。あなたに答えるために、ここで待っていたのよ」

 原乃街は接近する。栗色のふわふわした長髪は、いい匂いがする。優しく、謎めいた雰囲気の目。秘密の遊び場でひっそり咲いている花のような。

 俺の手に指が絡められた。やわらかい。なんとなく、アイの言葉がよぎった。「魅了する神」。夢中になる。取り込まれる。しかし、上っ面を滑っていく言葉は、なんて無力なものなのか。俺は今、何を思っている? 安心しきっている。原乃街はまた現れてくれたのだ。俺を待っていてくれた。気持ちいいじゃないか。取り込まれてもいいじゃないか。

 そうだろう、アイ。

「ねえ、中元太一。あなたの告白を受けようと思います」

 原乃街は俺の胸あたりを伏し目がちに見、穏やかな顔で続けた。

「つまり、あなたが好きということ……だね」

 自分の言葉を確かめるように頷いた。また少し下を向いた。

 そして、探し物をするような目を俺に投げた。弱々しい小動物のような目に、俺は劇的に撃ち抜かれた。

「あなたを頼りたいの。私にはもう、行く所がないから……。一緒にどこかの町で暮らそうよ」

 はい。

「ありがとう。じゃあ、すぐ行こうよ。駅で切符を買おうね。今回は、ぬかっちゃったからなあ。戦略的撤退をしよう」


「そうはいかないよ」


 黒い大鎌。

 アイは背後で息を切らしている。

 ぬうっと現れた鎌は、原乃街の両サイドの髪と細い白い首をまとめて両断できる位置に宛てがわれている。

「……あらあら」

 原乃街はすんなり両手を上げた。楽しげな瞳で、アイの気配をうかがう。

「待ちきれなくて迎えに来たんだ。想定した最悪の事態ではないが、悪い事態ではあるようだね」

「アイ、おまえ――」

 アイは答えず、原乃街への警戒を続ける。走って来たらしく、表情のない皮膚は汗で湿っている。

「ここで刃向かう気はないわよ、悪魔さん。人目があるわ。場所を変えたいんだけど」

「……いいだろう」

 俺が二、三歩ほど離れたのを見てから、アイは大鎌を髪の中に同化させた。



 駅の近くの坂を下りて行くと、小川の遊歩道に出られるようになっていた。電車の鉄橋が頭上を通っている。この遊歩道は、町の真ん中ながら人目を避けられる場所であった。

 アイは俺と原乃街の間を歩いている。おもに原乃街に気を配っている。

 手には既に大鎌が準備されていた。

「殺す前に訊きたいことがある」

「何かしら」

 原乃街は桜並木のさざめきを鑑賞している。穏やかな目だ。

「この前の夜、アイは君を殺した。この『神狩り』用の鎌でね。手応えはあった。君は死んだように見えた」

「じゃあ、驚いた」

「それほど無能ではないよ。君を斬った手応えは若干薄かったからね。死んだかどうかを確かめるため、葬式に行った。君は棺の中に寝ていた。アイは小窓を開けて、君の顔を確かめた。しかし、出棺の時、棺を持ち上げたら、軽くなっていた。アイは確信したんだ。君は生きていた。そして、途中で抜け出したんだとね。棺の中では死んだふりをしていたね?」

「ダメージは負ったわよ。あなたのおっかない鎌で機能停止しちゃったわ。仮死状態まで追い込まれたわよ。死んだふりじゃなくて、回復するまで動けなかったというのが正直なところ。回復した時には、私は棺桶に入れられていた。まわりは葬式や悲しみごっこを手続き通りに進めて、私が死んだ環境を作ってしまっていたわ。失ったものは大きいわよね。ここで私が『生きてます』と出て行ったらどう? そんなマヌケな行動は私の株を下げちゃうわよね。しばらくは町を出るつもりよ」

 原乃街は俺に肩を寄せる。

 俺は、おかしな感じがした。

 強い違和感。その中心にあるものは「計算」だった。俺は原乃街に言ったことがある。「おまえが頼めば男子は委員をやってくれるぞ」と。そのとき原乃街は言った。「そういう計算をするのは嫌いだ」と。

 だが、今の原乃街は別人のようだ。自分がどう見られているかを物凄く意識している。自分という株をどう見せたら高値がつくかを考えている。原乃街はいつもの朗らかさを消し、無表情で語っていた。俺は背筋が凍り付く感じがした。だが、原乃街の意外な姿を見せられ、ゾクリとする魅力を覚えたのも確かだ。

「ハァ。本当にあなたからは人生の損害を受けたわ。でも私には戦闘の力は無いから、あなたを倒す道は無いのよね。やり直しの始まりだわ。人生に空いた穴を埋めて、再スタートするわ。また戻って来るつもりよ。力をつけてね」

 原乃街は散歩を楽しむように景色を眺めていた。

 アイに対しては、たまにしか目に入らない羽虫を見るような無関心さだった。

「力をつける……。やはりね。君の能力に確信が持てたよ。君は、人間を魅了するだけでなく、その人間のエネルギーを吸い取って自分の魅力へと上積みするのだな。クラスの三人が消えているのはそのためだ。君は三人を取り込んでしまった。更に魅力的になるためにね」

「だって、理想の追求には終わりが無いもの」

「詐欺にも程があるね。自分の評判なんか全然興味なさそうな、清楚で純情そうな皮をかぶり、腹の中では自分が持ち上げられることばかり考えている。自分のキレイさを磨くことしか考えないエゴの塊だ」

 原乃街は目を点にした。

「説教されるとは心外ね。残念だけど、私は周りを利用するような計算はしないわ。回りの人達を自分の道具のように見るのは嫌いだよ」

 目は三白眼に変わった。

「――という計算をしているだけ」

 原乃街はクスリと笑った。咲いたばかりの花のように綺麗な顔だった。

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