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 世界には三種類の「人間的な生物」が居る。

 人間と、神と、悪魔だ。

 もっとも、この命名法は、長らく欧米文化の波及を受けてきた君達に分かり良いよう取って付けたものだ。神や悪魔でなくても影響ない。「人間」「人間を救う存在」「人間を救う存在の敵対者」という三者が存在する構図を理解してくれればいい。

 人間からは神や悪魔を見分けることはできない。しかし、神や悪魔からは、自分達と人間の違いを見分けることができる。

 前に言ったね。アイは悪魔ロボットだ、と。

 ロボットというのは心身の構成の問題に過ぎない。今は省略しよう。分かってほしいのは、悪魔だというところだ。

 悪魔というのは神に敵対する存在だ。神を討つために居る。だから討った。原乃街志穂子君を。彼女は神だった。殺さなければいけなかった。

 

 ――どうやって殺したというんだ?

 

 悪魔には、神を殺すための能力が備わっている。神が人間を救う能力を持っているのと同じように。

 具体的に言うと、君にこのあいだ見せた鎌、あれを使った。

 

 ――あんなものを公然と振り回したら、目立って仕方がない。

 

 分かっている。だからひっそりと深夜に殺してきた。原乃街君の家を始め、敵の情報は事前に調べてきた。君が寝静まった頃、窓から抜け出した。

 

 ――じゃあ、あの時のは……。

 ――いや、なんでもない。

 ――だが、どうしても分からねえな。原乃街が神だと言うが、じゃあ原乃街には人間を救う特殊な力とやらがあるのか? 俺には普通の人間にしか見えない。

 

 すでに言ったように、人間には神を見分けることができない。神の中でも、無自覚な者は他の神に気付かないこともあるくらいだしね。

 原乃街君だけど、彼女はしっかりと神の能力を持っているよ。それに、使っている。

 彼女は周りの人間を異常に魅惑する。魅惑された人間は寝食を忘れて彼女に没頭してしまう。彼女は自分の意志で称賛者シンパサイザーを作ることができるんだよ。

 

 ――俺が原乃街を好きなのは、その能力とやらのせいだというのか?

 

 そうは言っていない。

 

 ――言っているのと同じだろう。

 

 おそらく彼女は自分の能力を自覚している。無差別に力を使えばクラス全員をシンパにできるだろう。だけど、そうはしていない。怪しまれないよう、頭を使っているね。

 彼女の能力が困るのは、あまりにも人間を魅惑してしまうところなんだ。彼女に引っ掛かってしまった人間は……

 

 

 その瞬間、俺の感情を必死に縛っていたワイヤーが音を立てて切れた。俺はアイに乗りかかり、拳を叩き付けた。

 アイの唇から血が流れた。俺は憤りが完全に消えるまでアイを殴ろうと決めていた。

 だが、ハッと気が付いた。俺はアイに激昂し、家畜のように殴りつけている。しかし俺はアイを殴っているこのベッドで、さっきまでアイを襲っていたのだ。俺は、原乃街を襲ったアイと同じ種類の人間であった。

 アイの目が俺を見上げた。感情が一個も含まれない目。しかし俺は、アイの目線が俺の奥底の汚いところだけを凝視している気がした。俺はベッドにうずくまった。いっそ俺も殺してくれと言いたかった。

 アイは黙っていた。やがて、俺の目を閉じさせ、血で湿った唇を俺に押し付けてきた。息が苦しくなるくらい口を塞がれた。アイの吸引力を感じた。アイと長いキスをしたら、俺はすっきりした。不思議なことだが、俺の重苦しい中身がきれいにクリーニングされたような気分だった。

 俺はアイと目を合わせた。機械のようにいつも整っている無表情が、なんとなく愛らしく思えた。

 俺は、アイが原乃街を殺した事情をもう一度聴こうと思った。神とか悪魔という説明は理解を超えていた。だが、理解する必要があるならしなければならない。落ち着いて対話しようと思う。俺にとっては、アイは悪魔だとは思えなかったから。

 ――そういえば、ホクロはどうした?

 その時、突然、俺の頭に疑問が閃いた。一つの疑問。今までキレイに忘れていて、だからこそ妙にソワソワする疑問。

 俺はアイの左肩を見た。シースルーブラウスの灰色の下にホクロは無い。

 アイの左肩にはホクロがあった。昔、小川で溺れたアイを助けた時に発見したことだった。その記憶をいま思い出したのだ。

 だから――。今ここに居るアイは、本物のアイではない……?

「お前……。肩のホクロは無いのか?」

 俺は意外にも落ち着いていた。「本物」だろうと、「偽者」だろうと、このアイが質問に嘘で答えることはない気がした。それは俺の、「アイ」に対する無根拠な思い込みかもしれなかったが、――俺は、それでよかった。

 アイは肩を見た。

「ないようだね」

 と答え、俺の反応を待っていた。

 俺はそれ以上訊かなかった。

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