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手続きを終えていたアイは、数日後、転入してきた。隣のクラスに入ったようだ。見てくれは悪くないし、茨島藍莉というややこしい名前もあり、早くも皆から覚えられているとか。転入生は初めはチヤホヤされるものだ。優しい言葉をかけられまくり、骨抜きにされないかと危惧した。だが、俺以外の人間から優しくされても気持ちよくなかったという。快感は俺からしか感じられないそうだ。『悪魔ロボット』には、最初に優しい対応をした人間にだけ反応するような快感のシステムがあるのではないかと、アイは推測していた。快感を感じすぎると生活に支障をきたしかねず、『悪魔ロボット』が防衛機能を発動させているのかもしれないと言っていた。
原乃街は俺のクラスに戻った。人間として誰からも称賛されたいと思っているのが原乃街の本性だ。亡霊とあだ名されたり噂されたりするのは何よりも避けたいだろう。危険を冒してまでクラスに戻ったのは、言うまでもないだろう。「鉄仮面」こと神座恵を近くで見ていたいからだった。
幸い、クラスは原乃街を受け入れた。むしろ、棺の中で意識を取り戻した奇跡の少女として畏敬すら集まった。以前からの人望のなせる業だろう。もちろん、本性ではない原乃街の人望だが。
夕方、俺はローラーに座って待っている。委員会があったのは本当に久々という気がした。
四つの委員会を回った原乃街が一人で歩いて来た。
「待たせてごめん。帰ろう」
付き合っているのなら、まずは一緒に帰ることろから。基本だ。あいかわらず、世界の全事象を肯定しているような顔である。
俺は訊いた。
「どっちか分からないし、どっちでもいいが、お前はどっちなんだ?」
「実はね、今日の私は本物よ」
「それは珍しいな。もしかして初めてか?」
「ええ」
原乃街はなぜかクスリと笑った。
「最初に帰る時ぐらいはね。言いたいこともあるし」
「言いたいこと?」
「うん、私が町を出ないことにした理由」
「鉄仮面が居るからだろう? ……俺が言うのは本意ではないがな」
「それもあるけど、あなたのことだよね。中元太一君」
原乃街は俺をジッと見た。かわいいなと改めて思う。斜陽によって翳る瞳が愛らしい。
「あなたから離れられるわけないでしょ。私の『本性』を知っている人間を野放しにすることになるからね。『本性を隠してるんじゃないか』と疑われることさえないように振舞っていたのに、あなたは一足飛びで『本性』も知ってしまった。アイさんもね。あなたたちを近くで監視しないと」
アイが俺のクラスに来なくて本当に良かった。いつケンカを始めないとも限らない。
「だけど、監視を抜きにして、中元君と付き合う時間もありかなって思うよ」
そう言って顔を傾ける原乃街は可愛かった。
「恵ちゃんまでの『つなぎ』という意味でね」
そう言われても、可愛かった。
俺は家に帰り、二階へ上がった。姉の部屋のドアは半分ぐらい開いていた。アイの姿が見えた。俺は静かにアイの部屋に飛び込む。
「おい、見付かったらどうするんだよ。ドアは閉めろとあれほど――」
俺は、注意するのをやめた。アイの珍妙な態度が気になった。
アイは貼り付くように窓のそばに立っていた。四十五度ほど上を向き、まばたきすらしない。目を皿のようにのっぺりと開け、停止している。
「ん、君か」
やっと俺に気付いた。まばたきするたびに、瞳に生気が戻った。
「宇宙とでも交信していたのか?」
俺はひねりもない冗談を投げる。
「交信ではないし宇宙でもない。ほんぶからの情報を一方的に受信していた。たまに情報を送ってくる」
「なんだと。本当に電波を受信していたのか?」
アイの言うことだ。半信半疑ぐらいには本気にならざるを得ない。
「いわゆる電波による通信ではない。念波――とも言えないな。あと十年ほど技術が発達すれば汎化される帯域の通信と習っている。悪魔ロボットに向けた、ほんぶの通信だね」
「本部というのは、何の本部なんだ?」
「知るものか。何の本部も何も、ほんぶはほんぶだよ。ずっとほんぶと言われている。それだけだよ」
「お前はそこから何かの命令でも受けているのか?」
「命令は原則として受けない。悪魔ロボットに必要な情報を逐一知らせるだけだよ」
「分かるようで分からない話だな。……今は何の情報をもらったんだ? 言ってみてくれないか」
「うーん、そうだな」
アイは腕組みして考える。なにか、人間型演算機という感じだ。
「わかったよ。ちょうど、たった今、新しい情報を手に入れたので、古い情報と合わせて話すとしよう。まずアイが茨島藍莉に成りすまし、君の家に潜り込んでいる企みについて」
ん? さりげなく変な事を言ったような。
「茨島藍莉が『神様になる』と言って君から離れたのは覚えているね」
俺は無言だった。何も言えなかったのだ。異様なものが姿を現そうとしている空気を感じた。たとえば「リンゴ」だと思っていたものが芯まで皮剥きされ、一本の「棒」ができるような。
「あれは本当で、茨島藍莉は『神様』になることに成功した。原乃街君のような力を持ったんだね。『神様』としての彼女の力は強力だった。だからほんぶは彼女の影響力を悪用しようと考えた。そこで彼女とそっくりな『悪魔ロボット』であるアイを作り、彼女と入れ替える計画を実施した。アイは彼女を殺し、成り代わった」
「な、なんだと……」
信じ難い話だ。九十パーセントウソとしか思えないが、十パーセントのほうが真実であった場合、百パーセントの悲劇を呼びそうな話だ。人間と神と悪魔の三元論。アイが前に言った説と関係しているのか。
「というのはウソで、そういうことにして太一君の家に住ませてもらおうとアイは企んでいたんだ。ほんぶの見解では、茨島藍莉は長い間行方不明となっており、死んだとみなしてよいということだったからね」
俺は混乱した。企みというが、「企んでいる」と公言していいのか。それから、どこまでがウソなんだ? 全部がウソにも思えてしまう。
「一つ大事なことを言うと、君は『神』だ」
アイはさりげなく言った。
「それはどういう意味だ?」
俺は訊いた。俺は原乃街のような奇妙な力を使う覚えは無い。訊くのは当然である。
「君は無自覚タイプの『神』であって、無自覚でも支障が無いタイプだ。というのは、君は低位~中位の『神』を引き寄せるという力を持った『神』だからね。知らない間に『神』を集めてしまうんだ。原乃街君に君は魅かれていたのではない。君が原乃街君を引き寄せていたのさ。原乃街君を好きな思いは君の自発的な欲情に過ぎない。太一君は、『神』という駒を載せるゲーム盤の役目を担っている」
「なんだと」
型通りの言葉しか出ないものなのだな。驚きが激しすぎる時というのは。
「となれば、アイが茨島藍莉に成り済まし、君の家に潜り込んだ理由は分かったね? 『神』を引き寄せる君は、さしずめ、神ホイホイさ。『悪魔ロボット』にしてみれば、黙っていても獲物が寄って来てくれるわけだ。アイは君を利用しない手はない。――と、ここまでが既存の情報だよ。いま送られてきた新しい情報を君に教えよう。どうやら、ほんぶの調べによると、茨島藍莉が北陸地方で生存している情報があるらしい。喜びなさい。君の知っている本物の茨島藍莉だよ」
アイは俺を見上げた。
そして、安心させるように笑った。不自然に引きつっているが、なんとなく原乃街っぽい笑顔だ。こいつ、いつのまにか顔芸を学習していやがる。
「そうか。幼馴染みが生きているとは朗報だな」
その気持ちは偽りではない。アイに……。いや、藍莉に、また会いたいと思った。
俺はアイのほっぺたを挟み、引きつった肉を下に戻してやった。
「藍莉のことも探したいよな。暇な時は手伝ってくれよ」
「構わないけれど、見つけたらアイは本能的に彼女を殺すと思うが」
「その時は、何とかして止めたいものだな」
「太一君が止めたいなら、やってみる価値はあるね」
「ん、まてよ。俺も『神』ということらしいが、お前は俺も殺そうと思っているのか?」
「もちろんだよ」
アイは大きな瞳で俺を見た。
なんて晴ればれとした無表情なんだ。おかしい言い方だが、俺はそう思ってしまった。
「君はアイが最後に殺す『神』さ」
アイを放任すれば、俺が困りそうな問題が起きる予感がした。だが俺は、ややこしいことは後で考えようと思った。アイいわく、最後に俺を殺すそうだから、その間際にでも。それまでは、面倒な問題を先送りすることを考えたいと思った。
俺は、この無表情としばらく顔を突き合わせていたいと、今は思っているからだ。
(終)




