第九話 四隅の燭台
次の空間はさらに殺風景だった。右に扉が見える正方形の空間は、一見すると何一つ置かれているものが無いのだ。カインは戸惑い、部屋の真ん中に駆け出した。追いかけてくる三人の方に振り向くと、上ずった声で話しかける。
「何にもないぞ、この部屋!」
シャープはカインの隣に立つと、肩を叩きながら四隅を指差した。
「よく見ろよ。隅に燭台が置いてあるだろ? 今度もあれに火を付けるんだよ」
「あ、本当だ。見てろよ……」
四つの簡素な燭台を確認したカインは、再びパチンコを取り出して燭台に狙いを定め、次々と放っていく。百発百中でならしたカインの腕前は確かで、四つの的は外さなかった。気分が良くなり、玉を引いた右手に格好を付けて息を吹き掛ける。鮮やかな手捌きに、三人がやんやと喝采を上げる。カインはそれを想像していたが、リリー達の顔は、とてもカインに称賛を贈るようなものではなかった。リリーはカインに気を使うような表情で燭台を指差した。
「ねえ。消えてるよ」
「嘘だ!」
カインは慌てて目についた燭台に駆け寄る。だが、いくら覗き込んでも火種さえ見えなかった。深いため息をつくと、カインはその場に倒れ込んだ。
「嘘だあ。疲れた。何だかどっと疲れた」
「仕方ないなあ。ちょっと貸せよ」
恥ずかしいやら悔しいやらでやる気が削がれてしまったカインは、ロナンにパチンコ一式を迷うことなく貸してしまう。ロナンは部屋の中心に立つと、村長兄妹に向かってよけるよう壁側を指差した。
「ちょっと向こう行っててくれ」
「ああ……」
シャープの語尾は濁っていた。リリーには兄がどうして不服そうにしているかわからない。落ち込んでいるカインも、燭台の近くを動こうとはしなかった。ロナンは玉を右手に四つ持つと、一気にパチンコを引き絞った。
「見てろよ! 俺の早打ち!」
ロナンは踵で回転しながら、四つの燭台めがけて一息に連射した。しかし、当たったのは一つだけ、その他は壁に当たって大きく跳ね返る。シャープは青ざめてリリーをかばい、カインに至っては燃えさしが着ている外套に燃え移った。
「うわっ! 何するんだよ!」
カインは慌てて立ち上がり、外套を叩いて火を消し止める。ロナンはばつが悪そうな顔でパチンコを放り投げた。
「ごめん。やっぱり俺には無理だ」
周りの三人は一斉にうなだれる。
「なら最初っからしないでくれ!」と、肩を落としたシャープ。
「危ないでしょ!」と、冷や汗を必死に拭きながらリリーが叫ぶ。
「マントが焦げただろ!」
カインの悲痛な叫びに、ロナンは苦笑いした。肩をすくめ、カインに向かって頭を下げた。
「悪い。勘弁してくれよ、この通りだからさ」
シャープはため息をつくと、パチンコを拾い上げてカインに渡した。同時に、シャープはカインが首から下げているマイルストーンを指差す。彼は何かを思いついたようだった。
「多分ここの扉を開くには、四つの燭台に同時に火を付ける必要があるんだ。どうだろう? 一回ソノ村に戻って木の枝を四本拾ってこないか? 四人で同時に火を付けるんだよ」
カインは手を打ち、説教しているリリーとされているロナンを呼び寄せた。リリーはまだしたりないとつかつか歩き、もうパチンコなんか持たないと、ロナンはとぼとぼ歩いてきた。
「そうか! よし、一回集まってくれ。木の枝を拾ってまたこの部屋に来るぞ」
腰に手を当て仁王立ち、リリーは不服そうな顔をした。
「えー。戻るのは早いよ。どうせカインのじいちゃんに『何だ。もう戻ってきたのか』って言われるのがオチじゃん」
「そんなこと言わな――」
「ならリリー、どうやってここを攻略するんだ?」
首を傾げたカインを差し置き、シャープが妹に詰め寄りながら尋ねた。その瞳は、『わがままを言うな』と言っている。だが、リリーは勝ち気に笑みを浮かべた。
「私、カインが火を付けた時にじっと見てたんだけど、火が長々付いてる燭台もあれば一瞬で消えちゃった燭台もあるの。お兄ちゃんこそ、これがどういう意味かわかるよね?」
シャープは、影が差し始めた西の壁を見つめながらため息をついた。まさか、妹に丸め返されるとは。気恥ずかしそうに頭を掻く。
「わかったよ。火を付ける順番が決まってるって言いたいんだろ」
「その通り! カイン。あの燭台から時計回りに打ってみて」
リリーが指差したのは、入り口から見て右奥だった。頷いたカインはパチンコを引き絞り、矢継ぎ早に撃ち込んだ。火は消えず、四つ全てに灯る。部屋全体がぼんやりした光に包まれる中、鉄格子はゆっくりと持ち上がる。カインは炎が目立ち始めた部屋を見渡した。
「でも、この先の部屋を当たったら一回戻った方がいいかもしれないな。大分日が傾いてきたよ」
リリーは口を尖らせ、カインの足を蹴り付けるような素振りを見せた。カインは軽く足をかわす。
「なんだあ。せっかく調子が良くなってきたところなのに」
カインはリリーの鼻先をつついた。
「母さんに怒られたくないだろ」
「そうだよね。じゃあ、次に行こう!」
ちょっと肩をすくめたかと思ったリリーだが、次の瞬間には拳を突き上げた。シャープはリリーの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「仕切るなよ」
四人は笑い掛け合いながら、次の部屋へと足を踏み出した。