後日譚 十五年後のとある日に
「とまあ、こんな冒険をお父さん達は成し遂げたわけさ」
カインは目の前に体育座りをしている息子や娘に冒険譚を話し終えた。目の端には、炎のパチンコ、そして星屑の剣が飾られている。今でも自分や妻のリリーが誇りにしているものだった。真実の鈴も、(役には立たないが)呼び鈴として飾っている。初めてドラゴンと空を飛び回った瞬間、吹きつける心地の良い風は今でも鮮明に思い出せる。眼を閉じ、すっかり自分自身が思い出に耽っていると、息子のクレインがつまらなそうな声を上げた。
「お父さん達はすごいよ。でもさあ、もうその迷宮はなくなっちゃったんでしょ? 僕達も行きたかったなあ……」
カインは頷きながら微笑む。
「まあ、お父さん達の息子ならそう思うだろうね。でもいいじゃないか。クレインはひいおじいちゃんから魔法を教えてもらってるんだから」
カインの祖父マルクは、七十五という高齢ながら未だに矍鑠としていた。彼の弁によると、魔力を持っている人間は少なからず長生きらしい。
「まあね。お父さんにも出来ないことだよ!」
「威張るなよ」
カインがクレインの頭を小突いたとき、外でブライスの吼え声が聞こえてきた。三人は窓の側に駆け寄り巨竜の様子を窺う。その瞬間、カインは思わず苦笑いをする。
「あはは。またやられてるのか……」
ブライスは俯せに倒れてのびたようにしている。上には三人ほどの子ども達が乗っかり、『参ったか』などと叫んでいた。それに対し、ブライスは『もう悪いことはしません』などと返している。本当に、ブライスはやられたフリが上手くなった。カインは窓から身を乗り出して手を降った。
「ブライス! 今日も戦いごっこか?」
ブライスはいきなり起き上がった。いきなり起き上がったせいで、上に乗っかっていた子ども達が転げ落ちてしまったが、ブライスは(わざと)構わずカインのもとへと歩いて行く。
「ああ。参ったものさ。大工仕事を手伝っていたら、いきなり石を背中に投げつけてくるんだからな。別に痛くはないんだが……ロナンに子どもが邪魔だからあっちで遊んでやれと、厄介払いにされてしまった」
「大変だな。お前も」
ブライスは笑顔で答える。
「まあ、昔に比べればずっと明るい悩みだ。ロナンにも材木が余ったら腹の足しにしていいとお達しも貰ったしな」
「へえ……」
カインは思わず苦笑いしてしまった。迷宮探険を終えて十五年、ドラゴンが雑食だということ以上に驚いたことは無かった。その食べ方も豪快で、たまに当たる家畜の牛は骨ごと、木こりに付いていったかと思えば、間引きする木を幹ごとがりがり食べてしまうのだ。ブライスによると、風に当たっていれば草食でも生きていけるらしい。
「ああ! ブライス、ここにいたのか?」
遠くからロナンの声が聞こえてきた。金槌を手の内に遊ばせつつ、悠然とブライスの脇に歩み寄ってくる。
「どうした?」
「いや。手が空いたならまた手伝って欲しいんだ。今日中にできるだけ進めたいからな」
「あいわかった。今行く。じゃあ、また後でな」
ブライスはこちらに手を振りロナンに付き従っていった。それを見送ると同時に、玄関先からノックの音が聞こえてくる。カインは息子たちを従えて客を迎えた。
「シャープ? どうしたんだよ、わざわざ」
今や若くして村長の身分となったシャープは、父の手を借りながら立派に村を切り盛りしていた。そんな彼は、カインに一枚の紙を手渡す。その顔はどこか浮かない。
「これを見て欲しいんだ」
そこには、メアレスブライスを王都に召喚して、身体検査を行ってみたいという旨の事が書かれていた。気がかりなのはそれが理由らしい。
「なあ、これって行ってもいいのか? まあ、もちろんブライスが許したらだが……ほら、色々、陰謀とか……」
カインは食い入るように書面を見つめた。十五年の間に彼の能力は研ぎ澄まされ、悪意はたとえ書面からでも読み取れるようになっていたのだ。しかし、この文面からは何の感情も感じ取れなかった。カインは思わず声を出して笑ってしまう。
「シャープ、最近悲劇の読み過ぎなんじゃないの?」
「そうか……ならいいんだ。ブライスに会ってくるよ」
あいつも大変になったな。そう一人呟いたとき、目の前にリリーが飛び出してきた。やけににこにこしている。カインもつられて笑顔になった。
「リリー。庭仕事はもういいのか?」
「ええ。それより、これ見てよ」
リリーは手に持った白百合の花を差し出した。
「きれいじゃない?」
カインは頷く。その目はリリーの顔立ちに釘付けだったが。大人になり、すっかり淑やかになったリリーには、やはり白百合の花がよく似合う。カインは微笑み、リリーの髪を撫でた。
「ああ。きれいだよ」