第五三話 ライノファンティオン
様々な塔の謎を解き、カイン達は最上部近くまで辿りつく。そこには、一つの石版があった。
勇気を以て恐れを打ち砕け
カインは空を仰いだ。青い空はすぐそばまで迫っている。これが本当に最後の試練となるのだろう。泰然自若、何でも来いと決意を固めた瞬間、足元で大きな音が響き始める。カインが恐る恐る塔の下を覗くと、塔の床が、なんとこちらに向かってせりあがっていたのだ。みるみるうちに床は今いる高さと同じ位置まで迫り、ぴたりと静止した。
「な、何だ?」シャープが呟く。
四人が固唾を飲んで見守っていると、急に床の中央に黒い闇が球体を作り始めた。瞬く間に大きくなったその中から、銀色の何かが飛び出した。猛獣の前肢のようで、鎧に覆われていた。そのまま、後肢が飛び出したかと思うと、顔が闇を突き破って飛び出した。いつか絵で見た獅子の骨格に、サイの角、ゾウの牙をくっつけたような外見をしていた。顔も鎧で覆われており、赤い竜の目がこちらを睨みつけていた。リリーがカインの背中にしがみつく。カインは腕を広げ、リリーを庇う仕草をした。獣はこちらを睨み、後肢で地面を引っ掻いている。すぐにも突っ込もうという勢いを含んでいた。
黙ってその様子を眺めていたロナンは、静かに獣と相対する。
「おい! どうするつもりだよ! そんな奴に勝てるわけ――」
「黙って見てろ!」
ロナンは両腕を斜め下に広げる。頭に黒騎士の声が響いた。
――さあ、最後にもう一度だけ力を貸そう……
ロナンの体が闇に包まれる。カイン達三人は思わず息を呑んだ。同時に、獣がこちらに向かって突進を始めた。本当ならば逃げなければいけないのに、竦んだ足はその場から動こうとしなかった。リリーはカインの後ろで恐怖のあまり目を伏せる。次の瞬間を想像して絶望し、父や母に何度も謝った。
……ごめんなさい。お母さん……
しかし、その『次の瞬間』はいつまで待っても訪れなかった。うっすらとリリーは目を開いてみる。そこには、黒い鎧に身を包んだ戦士がいた。片方の象牙と巨大な角を押さえ、獣の突進を受け止めていた。部屋に轟く気合と共に、騎士は獣を投げ飛ばす。リリーは恐る恐る尋ねた。
「ロナンなの?」
その背はロナンのものとは遠くかけ離れていた。リリーとも並びそうな程の背が、今はシャープと競り合うほどの高さになっている。だが、確かにその黒騎士はサムズアップで応えた。漆黒の篭手がはめられた左手を大きく開くと、闇が集まり小さな斧を形作った。床に転がる獣に斧を投げつけるが、その斧は鎧に弾かれてしまう。
「だめか……」
その声色には押し殺したような響きがあり、普段のロナンとは思えなかった。カインはすっかり戸惑った調子で尋ねる。
「おい。一体どうなってるんだ?」
「説明は後だ! パチンコを出して、敵の弱点を探れ!」
ロナンが身構える。再び獣が突進し、ロナンと衝突した。ロナンは渾身の力で受け止める。
「カイン! 俺が押さえてる間に弱点を!」
カインはパチンコを構え、獣の体に素早く目を走らせる。真っ先に、血走った眼が視界に飛び込んで来る。カインは何も考えず、ただ反射的にその眼に向かって玉を撃ち込んだ。
「ギアアッ!」
途端に獣は悲鳴を上げ、頭を振って暴れ始めた。ロナンは四方八方の揺さぶりに耐えきれず、弾き飛ばされてしまった。彼はそのまま壁に叩きつけられる。
「ロナン!」
リリーが悲鳴にも似た叫びでロナンの名前を呼ぶ。無事にロナンは瓦礫を払いながら立ち上がった。
「厄介な奴だな……」