第五一話 最後の試練へ
四人は心の間を抜け、最後の試練と銘打たれた扉が待ち受けている部屋を訪れた。その純白の扉を見ると、四人は気が引き締まってくる思いがした。扉の上あたりを見ると、そこにも金文字が刻み込まれていた。
鳶は遙か天を衝く
「これが最後なのか……」
カインは拳を固く握り、扉の文字を視線でなぞる。シャープは旅嚢に手を突っ込み、自分が持っている『トンビ』を取り出した。両手で無造作に弄びながら、シャープは再び壁の文字を見つめた。
「鳶はこれのことだよな。天を衝くっていうのは一体どういう事だ……?」
ロナンは既に戦士の手袋をはめていた。最後の試練というからには、恐ろしい仕掛けが待っていても不思議ではない。その時は、自分が三人を守らなければならないのだ。手袋を見つめ、ロナンは決意を新たにする。
――そうだ。それでこそ、我が見初めし勇気。
ロナンは手袋に黒騎士の意思が宿っているのを感じた。結局この黒騎士はどういう存在だったのだろう。単にこの迷宮を守る精霊なのか、それとも非業の死を遂げた英雄だったのか。疑問を感じている暇もなく、リリーが大きな音で手を叩き鳴らした。
「さあ、こんなところで考えてたって仕方ないよ! 行こう! 最後なんだから、ぱぱっとやっちゃおうよ!」
「ああ。そうだな! 行こう!」
カインは旅嚢を背負い直した。シャープは小粋にブーメランを回し、ベルトに挟み込んだ。
「どんな謎でもかかってこい!」
ロナンは右の拳を強く突き出す。
「どんな魔物が来ても、俺が倒す!」
四人は最後の扉を突き開けた。
そこは、突き抜けるような高さの円塔だった。吹き抜けになっており、眩しいくらいの光が降り注いでいる。間違いなく出口だろう。その威容に、先程の決意も一瞬忘れて思わず四人は息を呑む。
「すごい」
カインの口は思わずそう動いてしまった。リリーはその肩を叩き、振り返ったのを見計らって拳を突き上げてみせた。
「さあ。ドラゴンのためにもさっさと攻略しちゃおう!」
三人はそれぞれ頷く。この迷宮を抜けるのは、既に四人、ひいてはマルクの自己満足のためだけではなくなっていた。一頭のドラゴンの命運を背負っているのだ。ここで引き下がれはしない。
四人は目の前に視線を戻した。そこには、たくさんの黒いブロックが規則性も何もなく、乱雑に山積みされていた。遠くには、しっかりとした足場が高い位置に見える。シャープが手を打った。
「そうか。この山積みのブロックを整理してあの足場まで向かうんだ」
ロナンはおもむろにブロックが二つ積み上がっているところに手を伸ばした。おおよそ一辺一ヤードの立方体型ブロックは、手で押すだけで難なく動く。背の低いロナンが上に積まれているブロックを奥に押し込めるのは少々無理のある行いだったが、カインやシャープの肩を借りて、何とかやり遂げた。ロナンは一足先にブロックの上に立ち、周辺のブロックを適当な位置に押し出しみんなの足場を作りあげる。
「よし。その調子で頼むよ」
シャープはよじ登りながらロナンを応援する。ロナンは右腕に力こぶを作って答えた。
ブロックは見た目に反して軽く、塔のように積み上がっているブロックも、下から崩すことなく押してしまうことも出来た。そのことに妙な快感を覚えながら、シャープの知恵を借りたロナンはブロックの(登るのがつらい)階段を作り上げていった。ただ、足場まであと少しというところまで来て困ったことが起きてしまう。
「おい! もうブロックが無いぞ!」
足場まで後二、三ヤードというところで、遥か下で、ブロックが積み上がっている土台が切れてしまっていた。いくらでもまとめて押せるブロックだが、ブロックが山積みされている土台の外には運べなかった。つまり、もう足場までの道をブロックで作ることは出来ないのだ。
「もしかして、これを飛び越えろっていうのか?」
カインは恐る恐る下を覗く。落ちたら死にそうなほど高い。カインは冷や汗を垂らして姿勢を戻した。
「無理だ。無理。立ち跳びでこんなところ飛び越える勇気無いよ」
この場にいる四人全員がそうだった。リリーは行き詰まった時の癖で周りを見回す。すると、同じ高さの壁で、獅子を滑稽に書いたような顔の彫像がこちらを睨み付けていた。ブロックの山に気を取られ、今まで気が付けなかったようだ。リリーはカインの肩を引っ張り、不気味な顔と対面させる。
「ねえ。あれに何か仕掛けがあるんじゃない?」
「ああ……そうかも」
カインはパチンコで獅子の両目を射抜いた。すぐさまその口蓋を開いた獅子は、そこから木製の足場を吐き出し始めた。するするのびていき、先端がちょうど四人の目の前で静止した。カインは勢いよく立ち上がる。
「よし! リリーのおかげだよ」
「やったぁ!」
リリーとカインはハイタッチをかわす。
「さ、次に行こう!」
シャープがひょいひょいと足場に上がり、カイン達に向かって手招きする。カイン達は再び気分を弾ませ、シャープの後を追いかけた。