第五話 たぬきと宝箱
マルクが迷宮と繋いだ門は、東の山の頂上に位置していた。標高自体は百数十ヤードに過ぎないが、傾斜がきついせいでその場についた頃には四人とも息が上がってしまっていた。それでもカインは周囲の三人のように座り込んで休憩しようとしたりはしなかった。早朝ここへ来た祖父には負けたくなかったのだ。
カインは静かに門と正対する。一人が通れるくらいの大きさで、骨組みから門扉、至る所に幾何学模様が刻まれている。静かにその門を見つめていると、カインは不思議な圧力を感じた。この扉の向こうには、確かに巨大な迷宮が存在しているのだ。
「おい、座ってんなって。さっさと合言葉が刻まれた木を探そうぜ」
カインは両手を腰に当ててロナン達を見下ろした。シャープは顔を上げると、カインに向かって溜め息をつく。一気に山を登り詰めたせいで、足が棒になって立ち上がれない。肺にも息が入ってこない。しかめっ面で立ち尽くしているカインが信じられなかった。
「お前、おかしいだろ。どうしてまだ立ってられるんだよ」
「意地さ」
カインは溜め息をつきながら周辺の木を見つめて歩きまわる。右に左に歩き、五本目の木の肌に、それは刻みつけられていた。うれしさに顔が緩んでくるのを感じながら、カインは木を指差しながら三人を手招きした。
「あ! あった!」
「何だって!?」
へたっていた三人はいきなり立ち上がる。疲れなんかどこかへ吹っ飛んでいた。急いで駆け寄ると、三人はカインと身を寄せ合いながら文字の刻まれた木を見つめる。まだ若木で幹が細く、字も小さい。カインは目を凝らして刻まれている文字を読み取った。
「えーと……『ひとたびやたらはあやくたなたからとびたらん』? 何?」
全くピンと来ないカインが首を傾げる。隣でロナンはぼそっと呟いた。
「一度やたら、早く棚田から飛びたらん?」
二人の頭脳は似たり寄ったり、暗号に関してはさっぱりのようだ。シャープはため息を付いて額に右手をあてがう。
「そのまま読むわけないじゃないか」
「そうよ! この暗号はカインのじいちゃんが言った『たぬきひとりなやんどる』と合わせて考えるの! わかる?」
リリーが二人を交互に指差しながら詰め寄った。高飛車な物言いに二人はむっとしてしまったが、馬鹿なのは自分でも分かりきっていたことだ。言い返すことが出来ない。
「へぇい」
シャープはあごをなでながら木の幹の暗号を見つめる。愉快な家庭教師のお陰でユーモラスな雑学のあったシャープは、『たぬき』と聞いた時点で、とあるなぞなぞが頭に浮かび上がっていた。
『ひとり』も『たぬき』と同じだ。『なやんどる』も、単純に老人らしい語尾というわけじゃないな。普段カインのじいちゃんはそんな語尾の話し方をしていないし。だとしたら……
「わかった」
おもむろに呟くと、シャープはナイフを取り出して暗号の文字をいくつか潰していく。あまりに唐突な動作だったせいで、シャープが血迷ったと思ったカインは、慌ててシャープが動かすナイフの峰を掴む。シャープは当然顔をしかめるが、カインは目を見開いて大声を上げる。
「待ってくれよ! どうしていきなり文字を消しだすんだよ!」
「決まってるじゃないか。もうわかったんだよ。この暗号の答えがね」
「何だって!?」
ロナンが素っ頓狂な声を上げたのを聞き、勝ち誇った笑みを浮かべたシャープはその黒い髪を掻き上げ、ナイフを樹の幹に書いてある『た』の文字に突き刺す。
「たぬきの絵が書いてある宝箱がある。中身は何だ?」
カインとロナンは顔を見合わせ、肩をすくめてしまったが、リリーは即座に答えてみせた。
「わかった! 空でしょ。だって、『た抜き』で、宝箱から『た』を抜いたら空箱だもん!」
シャープは頷いてリリーを指差した。
「さすが俺の妹だ」
シャープに頭を撫でられ照れたリリーが頬を染め、鼻頭を掻きながら嬉しそうにしているのを見つめながら、カインはようやく暗号の意味が分かり始めた。彼はおお、と手を打つ。
「そうか。『た』抜きに『ひ』取り、『な、や、ん』取るんだな?」
シャープは指を鳴らしながらカインを指差した。カインはナイフを抜き取ると、シャープの作業の続きを始める。だんだん合言葉が浮かび上がってくる。た、た、ん。と削り終えると、カインは静かに幹から一歩離れる。出来上がった合言葉を見つめ、四人は満足して笑いあった。そのまま門の前に立つと、四人はせーのと声を合わせて叫ぶ。
「扉は開くから扉!」
途端、両開きである門の真ん中に光がきざした。ホコリを落とし、軋みを上げながら門は徐々に開いていく。四人は、カインを先頭にその門の光り輝く向こうへと、おそるおそる歩き出していった。