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わが里程標  作者: 影絵企鵝
本編
47/56

第四七話 想いと海

 カインはゆっくりと身を起こした。見渡すと、今まで見たことのない部屋にいた。小さな正方形型の部屋で、扉が二つ。一方には、金色で文字が刻まれている。瞬きを繰り返しながら目を下ろすと、他の三人も目をうっすらと開き始めたところだった。

「なあ。生きてるんだよな。俺達」

 真っ先に体を起こしたリリーにカインは尋ねた。リリーはいつものようにいたずらっぽく笑うと、急に手を伸ばしてカインの頬を引っ張った。急に鋭い痛みがカインの頬を襲い、カインは顔を歪める。

「痛い痛い! やめてくれ!」

 リリーは離した手を口元に持って行き、くすくす笑う。

「夢じゃないってことは、生きてるってこと!」

 カインは顔を輝かせた。思わずリリーを引き寄せてしまう。リリーもカインのことを力いっぱい抱きしめる。

「やった。助かったんだな! 俺達!」

「うん!」

 あくび混じりにシャープが起き上がる。リリーとカインが嬉しそうな様子を見ると、彼も胸をほっと撫で下ろした。ロナンも重苦しくその体を起こしているところだった。二人が体を引き離し、笑顔でこちらを見た瞬間を捉えてシャープは笑いかける。

「仲いいなあ。カインとリリー。この冒険でもっと仲良くなったんじゃないの?」

 カインとリリーは見つめ合う。勢いで固く抱きしめあってしまった二人だが、改めてお互いの姿を見つめていると、何故だか恥ずかしい気分になり、目を合わせていられなくなってきた。二人はふいと顔を逸らし、シャープを見つめることにした。

「ど、どうしてこっちを見るんだい?」

 シャープも二人の行動に戸惑ってしまい、目を白黒させる。二人はほぼ同時に口を開く。

「いや……なんとなく」

 一足先に立ち上がっていたロナンが手を叩く。

「さあ。取り込むのもそこまでにして、先に進もうぜ」

「あ、ああ。そうだな」

 カインは立ち上がり、足早に扉の方へと歩き出す。ぼんやりとその動作を目で追っていたリリーは、突然気がついて立ち上がった。

「あ。待ってよお」

 カインの隣に駆け寄ると、カインの食い入るような視線を追う。そこにあったのは、扉の中央に流麗に刻み込まれた金文字だった。


 願う者はこの海を眺める。夢見る者はこの海を泳ぐ。欲望に動く者はこの海に溺れる。


 意味深長な文字群に、詩心のないロナンは三人が一つの海に集っている光景しか頭に思い浮かべることが出来なかった。腕組みをしながら首を傾げる。

「次の部屋は海があるのか?」

 シャープは苦笑いするしか無かった。

「いや……何が来てもおかしくないのは確かだけど、それは無いと思うよ」

 リリーは人差し指を立てる。

「単に比喩だと思うよ。似ているものだけど、どこかに絶対相容れない壁があって、それを象徴するのが『眺める』『泳ぐ』『溺れる』なんじゃないのかなあ?」

「ふうん……」

 ロナンはあまり納得いかなかったが、芸術が分からないのに口出しは出来ないと諦め、それ以上何か言おうとはしなかった。カインは肩の力を抜いて息を深く吸うと、扉の取っ手に手をかけた。

「まあ、開けてみないと正体は分からないし。さあ、行くよ?」

 カインは鉄製の重い扉を押し開けた。


そこには何もなかった。海はもちろん、仕掛けらしい仕掛けも無い。強いて挙げれば、床に刻まれた精緻(せいち)な模様くらいだった。カインとリリーは不思議そうに目をくりくりさせながら部屋を見渡し、中心へ向けて歩き出した。ロナンとシャープはその背後で、入口に立ったまま部屋を見回している。

「何だか……何かが隠れてるみたい」

 リリーは模様をつぶさに観察しながら呟く。単に丸いだけの部屋なのに、確かにその部屋には何らかの圧力があった。カインも、今となっては何も無い部屋にいる方が不安になった。カインは歩調を緩めながらリリーの肩に手を置く。

「とりあえず、こういう部屋にこそ何かがあると思ったほうがいいよな」

カインとリリーの二人が模様の中心に足を踏み入れる。その時だった。模様がにわかに青白く輝き始め、雷に打たれたような表情をしたカイン達二人は硬直した。一方のシャープとロナンは、カイン達のただならぬ雰囲気を感じて駆け出す。その目の前で、二人は静かにくず折れる。

「カイン! リリー!」

 模様の光が収まった中、シャープとロナンは慌てて二人の元にひざまずき、肩を乱暴に叩いた。しかし、何度呼ぼうが、赤くなるまで肩を叩こうが、二人は目覚める気配を見せない。

「なあ! おい!」

 ロナンは焦ってカインを揺すぶる。シャープは黙ってロナンを制する。

「落ち着け。まずは落ち着いて、二人が無事かどうか確認してみよう」

「無事って! いきなり倒れた二人が無事なわけ――」

「息をして、心臓が動いてさえいればとりあえず何とかなる! 俺達が慌てちゃダメだ! とりあえず様子を見るんだ……ダメなら俺がマイルストーンを使ってみる。全く魔法と関連のない俺が使える確証はないけど……」

 シャープの必死な眼差しにロナンは射すくめられ、おもむろにカインを寝かせた。二人の胸は上下している。とりあえず彼らは気を失っているだけのようだ。気を落ち着かせた二人は、慎重に様子を見守ることにした。


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