第四六話 天国と地獄
『死』という言葉に戸惑い、微かにうろたえを見せた四人。支配者はにやにやといやらしい笑みを崩さず、四人の顔を順番にのぞき込んだ。
「いいねえ。その顔。希望と恐れが入り交じる顔。この顔を見てるのが楽しくて仕方が無いんだよ……」
支配者はリリーの瞳を一際強くのぞき込んだかと思うと、二歩、三歩と四人から距離をおいた。
「僕は挑戦する。今から僕は正直な僕と必ず嘘を付く僕に分かれる。似て非なる格好をしているけれど、見た目にごまかされるのは良くないね。ナンセンスだ。して、その後君達に、一つだけ、どちらか一人に質問する権利を与えよう。僕は必ず答える。その答えを頼りに、君達は天国への道を掴み取るんだ。わかったね?」
支配者の瞳には、有無を言わさぬ強い力があった。シャープは三人の視線が自分に注がれるのを感じる。心臓がひっくり返りそうなほど跳ねる音を耳で聞きながら、シャープは何とか息を整えようとする。自分より二つも年下のカインが、ドラゴンと対峙して、自分達の命を守ったのだ。それを知りながら責任放棄するなど、年長者としてはありえないと思った。シャープは肺の中の空気を強く吐き出し、一歩前に踏み出した。
「やってやりますとも。僕は絶対その挑戦に打ち勝ってみせます」
支配者は眉を持ち上げた。シャープは決意に満ちた眼差しで、支配者の瞳を射抜く。支配者は俯いたかと思うと、初めて声を上げて笑い始めた。
「はははっ。いいよ。いい! 君達は熱意に満ち溢れている。かつてこれほどまでにまっすぐな視線に見つめられたことなどあっただろうか? いや、ないねえ! よし。なら早速その挑戦を始めるとしよう!」
支配者は両腕を再び大きく広げる。瞬間、支配者の体が光って半分に分かれた。四人が目を丸くして眺めているうちに、それぞれが人の形を取り戻していく。十秒も経った頃には、すでに支配者は白装束と黒装束の二人に分かれていた。確かに彼の言う通り、正しく天使の彼と悪魔の彼だった。
「さあ。どっちに、何を尋ねる?」
支配者は笑顔を崩さない。シャープは目を伏せた。みんなの命を預かっているのだ。決して間違うことは出来ない。どちらが正直な支配者なのかが分かれば質問も簡単だが、見た目でどちらが天使か悪魔かを判断してしまうのは彼の言う通り『ナンセンス』だ。
……あるはずだ。単純明快な質問が。正解を確実に得られる質問が。
質問自体は『どちらが天国への道か』に限られる。それ以上もそれ以下もない。問題は尋ねる相手が天使なのか悪魔なのか分からないことだ。それを見誤る事はすなわち死になる。支配者二人は挑発するかのように手招きした。
「どうするんだい? もう僕達は分かれてしまった。後には引けないよ?」
シャープは思索を必死に巡らせる。今まで解いてきた謎の数々を頭に浮かべてみた。本で読んだ物、誰かになぞなぞとして問われた物。ここで解いてきた物。
……一番強烈だったものは何だっただろう。やっぱりフクロウの間だ。最後は答えが一つに絞れなくなって、混乱した……
シャープははっとした。『答えをひとつに絞る』のだ。どちらに聞いても答えが一致する質問をすれば、どちらが天使か悪魔かなど問題ではなくなる。正直者は正直に天国への扉を答えるだろう。嘘つきは嘘をついて地獄への扉を答えるだろう。どうにかしてこの二つの答えを一致させればいい。あごをさすり、唸る。正直と嘘つきについてよくよく考えていると、つい二週間ほど前の出来事が頭によみがえってきた。
少し大きくなり始めた頃に特有な、やたらと天邪鬼な小さい子が、素直な小さい子と一緒にいた。その二人がどんぐり拾いをして遊んでいたのを見つけ、シャープは、君達は何個拾ったのと二人に尋ねた。小さい子は素直に十個と答えた。ところがどうしたことだろう。天邪鬼な方の子どもはどう少なく見積もってもその倍は持っていたのに十個と答えたのだ。
シャープはははあんとなった。イエスはノーと決めているこの子は、『君』を『自分でない誰か』と捉えることにしたのだろう。試しに、シャープは『隣の子はいくつ持ってるの』と尋ねた――
「わかりました」
確信を抱き、シャープは堂々と前に進み出る。支配者は相変わらず美しい微笑みをたたえている。
「では、どちらに、どんな質問をするんだい?」
一呼吸間を取り、仲間達が息を潜める中シャープは白い支配者に尋ねた。
「隣の方は、どちらが天国の扉だと答えますか?」
支配者は頷き、くるりと背を向け右手の光を指差した。
「こっちだよ」
シャープはゆっくり頭を下げると、静かにカイン達の方に振り返った。その表情は、勝利に心が震える様子がうっすらあらわれていた。
「決まったよ。左だ」
カイン達はしばらく黙っていたが、やがて信頼に満ちた笑みを浮かべて頷く。
「いつだって信じてるさ」
四人は支配者のそばをすり抜け、左の光の前に立つ。シャープが恐る恐る指で触れると、一気に眩い光が奔流のように溢れ出した。四人はその中に呑み込まれていく。
後に残された支配者は、ゆっくり一つの体に戻った。その目は、ずっと光のあった場所を注視している。やがて、彼は柔和な笑みを浮かべて呟く。
「知的な少年だ。素晴らしい……」
役目を終えた支配者は、恍惚の表情で闇の中へ消えた。