第四一話 鏡なんて
ロナンは頭に鈍い痛みを感じ、頭を押さえながら起き上がろうとした。しかし、固くゴツゴツした感触に阻まれ、頭を押さえることが出来ない。体を起こそうとするが、嫌に体が重たい。それでも何とか体を起こし、手元を見つめたロナンは自分の目を疑ってしまった。
「な、なんだこれ?」
手には戦士の手袋ではなく、黒騎士が付けていた黒い篭手が付けられていた。全身を見回すと、黒装束になっている。慌ててロナンは、近くの鏡を本来の目的に使った。だが、そこには何も映っていない。カイン達が蒼白な表情で鏡を激しく叩いているのが見えるだけだった。何事かを叫んでいるようだが、肝心のロナンには全く聞こえなかった。
――我が見初めし者よ。この試練を乗り越えたくば、目の前の影を打ち倒せ。
ロナンは黒騎士の鎧を身にまとったまま、目の前に現れた存在を見上げた。そこにいたのは、十ヤードはくだらない大きさを持つ影の怪鳥だった。その姿は、まさに以前見た不死鳥の像そのものだ。宙に静止してこちらを睨んでいる。赤い光が目のように輝き、こちらを威嚇している。ロナンは篭手の中で手が汗ばむのを感じていた。
「あの鳥をぶっ倒せばいいのか?」
――その通り。
ロナンは右手を大きく開いた。再び闇が集まり、今度は戦斧の形になった。ロナンは斧を握りしめる。日々の薪割りで鍛えた斧さばきがどれほど通用するかは分からないが、意地でも戦わなければならないのだ。意地でも勝って、三人を安心させてあげなければならない。怪鳥が吠えた。一気に姿勢を整え、こちらに向かってくちばしを開いて襲いかかってくる。ロナンは横っ飛びで怪鳥の突進をかわした。鳥は壁際で静止した。そこに隙を見たロナンは、斧を振り上げ飛びかかる。黒い斧は鳥の翼に命中し、鳥は声にならない悲鳴をあげる。ロナンが再び間合いを取ると共に、鳥は一気にその形を崩し、こちらを向く形で蘇った。
「器用だな。さすがはただの影なことはあるよ」
鳥は無声の雄叫びを上げると、翼から無数の羽根が飛び出す。一斉にロナンの方を向いた羽根は、次々と刃に変わって襲いかかる。ロナンは斧の腹で顔をかばう。わずかに露出している生身の部分が切り裂かれ、小さな切り傷を作っていく。それが収まったかと思えば、またも鳥が低空をさらうように襲いかかってきた。斧で顔をかばったせいでその動きに気づけなかったロナンは、まともに鳥の右翼に腹を打たれてしまった。うっと息を詰め、ロナンはもんどり打って地面にはいつくばる。
――情けない。やはり少年に過ぎないのか。
頭の中に響く声に、若干諦めの色が差した。歯を食いしばったロナンは、低く響く声に反抗した。
「バカにするな。俺は戦う。諦めない」
斧を再び手にしたロナンは、飛んできた黒い刃を地に伏せったままでしのぐと、全身の力で跳ね起き、真っ直ぐ飛んできた怪鳥に向かって斧を振り下ろした。
その刃は左の翼を叩き割り、バランスを失った鳥は床をもみくちゃになって転がる。そこにロナンは勝機を見た。一直線に駆けつけ、斧を一度、二度、三度と叩きつける。その度に影は歪み、鳥の形を留めなくなっていく。止めとばかりに斧を振り上げるロナン。しかし、影はいきなり大きな球と化して弾み、ロナンに向かって飛んできた。体勢が悪かったロナンは、そのまま球体にのしかかられる。
「重てぇなっ!」
ロナンは球を強く突き上げた。球は天井近くで静止し、再び不死鳥の形を取り戻す。ロナンは起き上がりながら溜め息をつく。
「しつこい奴だな……」
性懲りもなく、怪鳥はロナンに向かって急降下の姿勢を取る。しかし、怪鳥も学んだのだ。こちらに突っ込みながら、黒い刃をロナンに向かって飛ばした。ロナンは慌てて身を伏せる。黒い刃が鎧に弾かれた後、怪鳥がロナンの体を鷲掴みにした。みるみるうちに、ロナンは天井あたりまで連れ去られる。
「くそっ! 離せ!」
何とか拘束を逃れた腕で、自分を固定する腕を殴り、引き剥がそうとした。だが、影は粘土のようにへこむだけで、ますます固定が強くなるだけだった。目を閉じたロナンは、二度ある事は三度と信じて右手を開いた。影から小さく闇が引き千切れ、ロナンに短剣を与えた。ロナンは逆手に握り締め、怪鳥の足に突き刺す。
急に苦しんだ鳥は、ロナンを離してしまった。二十ヤードの高さから放り出され、ロナンは頭から真っ逆さまに落ちていく。しかし、ロナンは確信していた。今の自分には闇を物質に具現化出来る力がある。ロナンは手を床に向かって突き出し、床に闇を集めた。そして体勢を整え、ロナンは仰向けになる形で闇に落ち込んだ。柔らかい素材に変えていたお陰で、ロナンは大した怪我もせずに床へと降り立つ。上空を見れば、目をらんらんと輝かせた黒い不死鳥が、一直線に襲いかかってくる所だった。再び斧を取り出したロナンは、不死鳥に向かって大きく振り上げた。
「いい加減、消え去れぇッ!」
脳天を叩き割られた不死鳥は、そのまま鏡に叩きつけられる。一気にひびが入り、鏡は砕け散った。ロナンの姿は光となってその世界から消え去る。彼が本来あるべき世界へと帰るために。