第四話 わがマイルストーン
明日、カイン達四人はマルクの元を訪れた。彼はというと、早朝どこかへ行っていたかと思えば、帰ってきた途端庭に塩をまいていた。折角手入れしてきた芝が枯れてしまう、とカインの父は不機嫌そうだったが、その一方で長年マルクと連れ添ってきた祖母は神妙な表情だった。
「カイン、シャープ、ロナン。そしてリリー。本来はわし自身でこの夢を叶えたかった。だが、もうこの老体には鞭を打てない。四人には、本当に感謝している。だから、わしも出来ることをして、全力で君達を助けようと思う」
マルクはそれだけ言うと、塩をまいていた辺りに手のひらほどの角張った石を置く。日なたに置かれた石は、うっすら緑色に光った。マルクはカイン達に下がるよう促すと、自分も塩をまいていた辺りから離れて、緑の石と向かい合う。
「魔力を秘めたる石よ。旅人を導く里程標となれ」
突然石の周囲が五芒星となって光りだす。カイン達が言葉を失ってその様子を眺めていると、その光はそのまま石を包み込む。シワだらけの指で、マルクは円を描き、五芒星を切った。瞬間、光は太陽のように眩しく輝いた。カイン達は思わず目を塞いでしまった。
「……終わった」
マルクの優しい口調を聞いて、カイン達はうっすらと目を開いた。そこにあったのは、静かに緑色の光を放つ、小さな角柱だった。カインはおそるおそるそれに近づくと、右手でつまみ取る。人差し指ほどの大きさで、鉄のように重かった。一方には、ネックレスのような鎖が付いている。呪縛されていたかのように動かなかったシャープ達だったが、ようやくカインの周りに駆け寄った。真っ先に声を上げたのはリリーだった。
「何これ! すっごくきれい!」
「きれいなだけじゃない。得体の知れない雰囲気があるね」言ったのはシャープだ。
「これが俺たちを本当に助けてくれるのか?」
ロナンは首を傾げる。リリーが触らせてといって伸ばしてきた手を払いのけながら、カインは祖父の方を振り返った。
「じいちゃん、これって何?」
「これは『マイルストーン』と言ってな、今まで旅していた場所とそれを作り出した場所を一時的に繋ぐ魔法だ。即効性があるから、危険な時に脱出も出来る」
マルクの言っていた『安全策』とはこの事だったのだ。静かにマルクは懐から羊皮紙を取り出した。程よく日に焼けた雰囲気、ざらざらした手触りは以前に見つけた祖父の地図にそっくりだった。ただ一つ違うのは、そこに何も書き込まれていないことだ。シャープは狐につままれたような表情でそれを受け取る。
「何ですか? これは一体」
マルクは自分の地図を広げて四人に見せる。
「わしの地図とシャープに渡した羊皮紙は、特別な魔法を込められたものなのだ。魔力のある迷宮、たとえば今から目指すのがそうだが、入った部屋の間取りが即座に現れるようになっている。マイルストーンを使うときの鍵となるから、決して無くしてはならんぞ」
カインはマイルストーンを見つめると、ゆっくりと首にかける。それを見届けたマルクは、にやりと悪戯っぽく笑ってみせた。
「さあ、門出の祝いにわしから一つ謎かけをしよう。」四人が身構えたのを見て、マルクはからからと笑う。「なあに。そう難しいものではないさ。これくらい解いてもらわなければ、今から行こうという迷宮は攻略できん」
マルクはそれだけ言うと沈黙した。その空気に緊張し、カイン達四人はのどを鳴らす。マルクは四人が緊張しているのを楽しんでいるようで、一向にその謎かけをしようとしない。そよ風さえ吹かず、周囲は草の根一本動かない。耐え切れなくなったリリーが口を尖らせた。
「カインのじいちゃん。早く言ってよ」
長い息を吐き出すと、マルクは口を開く。
「たぬきひとりなやんどる」
カインは一瞬、祖父が独り言を呟いたのかと思ってしまった。目を瞬かせながら、カインは祖父に尋ねた。
「何それ? それが謎かけなの?」
祖父は当たり前のように頷き、東の山を指差した。
「その通り。わしは迷宮との門をこの村の裏山に作ったが、皆が迷い込まないように合言葉を仕掛けてあるのだ。その合言葉を色々といじって門の近くの木に刻んでおいた。それを見て合言葉を考えてみなさい。それがわしの出した謎だ」
カインは身震いした。これから待ち受ける冒険を思うと、込み上げてくる感情をとても抑えきれない。カインは何度も頷くと、シャープ達に向かって輝く顔を見せつける。
「なあ、もう行ってみようぜ! このマイルストーンを使えば、日没までに戻ってこられるんだ! 母さんや父さんにだって心配をかけないですむじゃん!」
「ああ、やっぱり心配はしていたのか」
マルクの呟きをよそに、カイン達四人は既に盛り上がっていた。
「そうだな。行こう!」
こうして、四人の少年少女の迷宮探索は始まった。