第三八話 真実の衝突
「嘘? 俺がいつ嘘をついた?」
ドラゴンは目を細め、前屈みになって四人に詰め寄る。カインは一歩踏み出し、持っている杖を突き出した。
「協力するなんて嘘だ。自分の生い立ちを話して同情させ、この迷宮の果てを話して自分がこの迷宮に通じているように見せて、この暗さのせいで不安になっている俺達に協力しようとしてみせて、一気に付け込もうとしてたんだろ!」
ドラゴンは見えない力に押され、一歩退き仰け反った。だが、ドラゴンは不敵に歯を剥いたままでいる。
「なるほど。それが真実だとしよう。だが、お前達は本気でこの迷宮を抜けられると思っているのか? 魔法使いですら不安を抱き、足を踏み入れることを拒んだこの先を、本当に抜けるつもりでいるのか?」
リリーはうつむいた。呼吸が浅くなってくる。言われた通りだ。今まで、どんなにか高名な魔法使いがこの中に潜ったか知れない。しかし、誰一人として迷宮を突破出来なかったのは紛う事なき真実なのだ。カインも視線を落とし、ドラゴンの視線をかわした。ドラゴンは再びにじり寄る。
「だから、俺が協力すると言っているだろう? 別に嘘など付くつもりはないぞ……」
リリーは黙ったまま何も言わない。カインは深く息を吐き出すと、リリーを自分の腕の中に引き寄せた。思わず身を預けたリリーははっとなる。今まで自分を占めていた不安だのなんだの、負の感情がどこかへとすっ飛ばされてしまった気がした。
「リリー、大丈夫だから、ドラゴンに揺さぶられちゃダメだ。俺がついてるから」
カインはもう一度息を吸い込み、顔を上げてドラゴンをきっと睨みつけた。
「ずれてる。迷宮を突破できなかったのは、お前達ドラゴンが、この牢屋の刑期を逃れるために必死で魔法使いを追い払い続けたせいだろ。確かにこの先を恐れていたのかもしれない。……でも、分からないものを恐れていたら、俺達はここまで来ちゃいない」
カインもドラゴンに向かって歯を剥き出し、不敵に笑ってみせた。
「お前の腹はわかった。お前もかわいそうな奴だな。常に食い違いを背負って生きてるんだ」
ドラゴンは目を細め、眉根を寄せた。カインのまっすぐな瞳を見つめ、ドラゴンの心の隅に微かな淀みが生まれた。ドラゴンは背を丸め、カインに顔を近づける。
「どういう意味だ」
「お前、本当にもう人を襲うのは限界なんだろ。助けたいと思うのも本当だ。だけど、『二言は非ず』という誓いに縛られて、そんな思いを閉じ込めたまま、隙を見せた人間を食おうとしている」
ドラゴンの目はいっそう細くなり、カインを睨んだ。
「貴様……」
カインは自分の勝利を確信し始めた。マルクの言った通り、ドラゴンは感情の揺れが激しかった。焦っているのか、迫れば迫るほど、ドラゴンは勝手に心の中を晒す。
「……お前を助けるといったら?」
微動だにしないドラゴンは、唸るとも話すともつかない低い声を上げた。
「何だと?」
「お前は助けてほしがっている。この暗闇のなかで、一番不安になって、寂しがっているのはお前だ。この空間に漂う魔力を吸うことで命を永らえてきたけど、食事は全くしていない。空腹なんてものじゃない。本当は腹が潰れそうなぐらい痛いんだろ」
「止めろ」
ドラゴンは自分の心の中を掻き回され、必死に押し隠してきた暗部を白日のもとに晒され始めて焦りが隠しきれなくなった。ドラゴンは今すぐ目の前の生意気な少年を消し去りたかった。心の安定を取り戻したかった。しかし、火を吐くことを封じられ、全く油断を見せない目の前の少年達を消すことは叶わない。
「本当のお前は邪悪なんかじゃないはずだ。本当は人間とも仲良くしたいと思っているはずだ」
ドラゴンは歯を食いしばり、小刻みに震えだす。白旗はすでに上がりかけていた。カインはわずかに微笑み、杖を持っていない方の手を差し出した。
「正直になれよ。通してくれるだけでいいんだ。そうすれば、俺達がお前をたすけてやるよ。友達にもなる。その翼で、自由に空を飛び回ることもできるんだ」
ドラゴンは何も言わない。目を見開き、小刻みに震えたまま立ち尽くしている。カインは静かに続けた。
「この迷宮の外はきれいだよ。空も青いし、芝生が温かいし。いるだけで優しい気持ちになれる。ドラゴン。お前も見てみたいと思わないか……?」
ついにドラゴンは、がっくりとその骨張った膝を地につけた。口もきけず、ドラゴンは石像のように固まっていた。その奥の扉が開き、白い光が暗闇の部屋に差し込んでくる。安堵の溜め息をつき、カイン達は静かに出口に向かった。ドラゴンの横を通ったとき、彼は蚊の鳴くような声で囁いた。
「必ず助けてくれ。さもなくば俺は、死ぬまでこの中なんだ」
カインは振り向き、力強く頷いた。