第三六話 許さぬ肉
マルクはすぐに見つかった。カインの家、自分の小さな書斎で本を読んでいたのだ。それを姉から聞いたカインは、三人を引き連れ、祖父の書斎に駆け込んだ。
「じいちゃん!」
マルクは一瞬目をつむると、半眼にしてカインの目を見つめた。
「ずいぶんと騒がしいご帰還じゃないか。まだ日暮れにはしばらく掛かると思っていたが」
皮肉の香りを込めた祖父の言葉を無視し、カインは四人と共に書斎の床に座り込む。気分の高揚でごまかしてきた、今までの疲れもまとめて吹き出してきた気分だった。ため息混じりに、カインは何かを放り出してしまうかのような仕草をする。
「しょうがないじゃん。ドラゴンだよ? ドラゴンが地下に潜んでたんだよ!」
今までの不機嫌そうな表情が一変した。マルクは本を閉じ、目を瞬かせながら孫の疲れきった表情を覗き込む。
「ドラゴン? ドラゴンがいた?」
「うん。カインのじいちゃんなら何か知らないかなあ、って思って聞きに来たんです」
リリーがカインの顔をちらちらと横目で窺いながら答えた。うなると、マルクは再びロッキングチェアに腰掛け直した。軋みを上げながら、椅子は前に後ろに揺れる。マルクは腕を組みながら、小鳥が飛び交う空を見つめた。
「そりゃあ、知っているとも。会ったこともある」
「ほんとに?」
四人はマルクの方へと身を乗り出した。咳払いをすると、マルクはロッキングチェアを四人の方に向ける。
「じゃあ、まずはドラゴンとはどんな存在か、というところから話そう」
四人は真剣な顔で何度も頷いた。マルクは頭の中で今までの記憶を反芻しながら口を開いた。
「ドラゴンは、この世の中で最も強いと謳われる生物だ。この辺はよく知っているだろう。その生まれだが、最初のつがいは大賢者のウェルフェア様が創り出したのだ」
「どうして?」リリーが合いの手を入れる。
「はっきりとは分からない。わしの記憶では、何らかの天災を封じるために生み出されたはずだ。だからこそ、ドラゴンは何にも勝る強さが必要だったのだ。だが、きちんとウェルフェア様は未来を見据え、ドラゴンが容易には人に危害を加えられないようにした。初めに生まれたドラゴンは正義の心にあふれていたとしても、子孫がどうであるかはわからんからな……」
「それはどのようなものですか?」シャープは小さな紙を取り出し、既に書き取る用意を済ませていた。
「『許さぬ肉は食えぬ』と、『二言は非ず』という二つの誓いをドラゴンの魂に刻んだのだ」
抽象的な表現に、四人は一斉に首を傾げ、隣と顔を見合わせた。マルクは四人の疑問を汲み取る。
「まあ、これではどういう事かわからんだろう。つまるところ、人が間違っても油断しなければ食べられることはないし、一度人に向かって誓った言葉は、その人の許しがない限り撤回できないということだ」
四人は安堵の溜息を洩らして胸を撫で下ろす。マルクからは、四人の緊張の糸が緩んだのが目に見えた。マルクは唇を噛み、眉間にしわを寄せる。
「油断してはいけないと言ったのに、お前達は……やはりこれ以上は止めさせたほうがいいのか……」
四人は慌てて居住まいを正した。
「そうだ。ドラゴンと対するときは、心に一分の隙も作ってはいけない。歪んだものは、あの手この手で人を油断させようとするからな。主なのは甘言と嘘だ。ドラゴンの誓いに、嘘をついてはならんという条文はないからな。ドラゴンは賢い。長生きだけに、知識もある」
マルクの真に迫る言葉に引きこまれ、四人はのどを鳴らす。
「だが、油断さえしなければ、ドラゴンはお前達に近づくことさえ叶わない。心を許さず、毅然とした態度で臨めばドラゴンにも対抗出来る。カイン。お前は強い想いを汲み取れるのだから、ドラゴンの心の中にも踏み込めるはずだ。ドラゴンも獣。人より感情の揺れが強い分、心を読みやすいかもしれん」
カインは強く頷いた。マルクは沈黙すると、椅子から立ち上がり、本棚の最下部にある引き出しから、杖を一本取り出した。白く塗り込められており、彫刻の施された一端には白い宝玉が埋めこまれていた。カインは突き出されるがままにそれを受け取る。
「これは?」
「わしが昔使っていた杖だ。呪文を唱えてどうにか出来るということはないだろうが、カインが持っている魔力を引き出してくれるだろう。丸腰でいるよりもドラゴンを遠ざけておけるはずだ。そのほうが、万が一に逃げ出しやすくなる」
カインは決意のこもった眼差しで杖を見つめ、強く握りしめた。
……俺がやるんだ。
カインは立ち上がり、親友三人と真っ直ぐに目を合わせた。
「明日、もう一度行こう。俺達でドラゴンに勝つんだ」
「おう」ロナンは拳を握りしめた。
「ああ」シャープは殊勝に微笑む。
「うん!」リリーは大きく頷いた。
深く息を吸い込み、カインは杖を天井に向けて掲げた。
祖父の杖を手に入れた! みんなをこれで守るぞ!