第三五話 地下に潜む絶望
四人は再びフクロウが密集する部屋に戻ってきた。脇目もふらず、台座のところまでやって来ると、銘々に四つの宝玉を手に持つ。カインは瑠璃の玉を持ち、三人の顔を見つめる。
「よし、入れるぞ」
四人は頷いた。重たそうに両手で持ち、北側にリリーがヒスイの玉を入れる。割ってしまわないよう慎重に、シャープが南側にメノウの玉を収める。ロナンが東側に鉄球を落とし、鈍い音を響かせる。最後に、じっと睨みつけるようにして、カインが瑠璃の玉を西側に収めた。
台座が震えたかと思うと、ゆっくりと北側に向かって動き始めた。徐々に台座の下にあるものがあらわになっていく。暗闇が落ちる階段だった。カインは鼓動が早くなるのを感じ、深呼吸した。
「何だか、この迷宮も終わりに近付いてる雰囲気だな」
「うん。ちょっと怖いけど、進まないことには始まらないよ!」
リリーは歯を見せて笑った。それを見たカインは、リリーを連れてきて本当に良かったと思った。彼女の屈託の無い笑顔は、どんな時にも励みになる。カインはもう一度深呼吸し、階段を見下ろした。
「そうだな。じゃあ、迷わず進もう!」
カインを先頭に、四人は地下へと続く階段に足を踏み入れた。
階段は螺旋になっており、時折壁にある松明が、小さな光を四人に与えていた。
「これから何があると思う?」
先頭を行きながら、カインが三人に向かって尋ねた。五十段下ってもなお終わりは見えず、恐ろしい何かが待ち受けているのではないかとさえ思えてくる。カインは見ていなかったが、後に続く友人達も深刻な顔をしていた。
「何だか暗いと不安になるね」
シャープは松明の明かりを見つめながら呟いた。リリーは軽くうなってそんな兄の肩を叩く。
「止めて。気持ちは明るく持とうよ」
リリーは口元を優しく引き上げていたが、その目はお世辞にも笑っているとは言えなかった。シャープが静かにリリーの手を握ってあげると、彼女はきつく握り返してくる。シャープは大きく息を吸い込んだ。早くこの雰囲気に慣れるしかない。
「まあ、みんなで何とかしよう」
シャープの言葉にみんなが頷くと、ようやくしっかりとした明かりが目に飛び込んできた。目を輝かせた四人は、残りの十段を駆け降りた。
そこに待っていたのは、何の変哲もない小部屋だった。松明が何本も焚かれ、石造りの地下室を明るく照らしている。
心の扉易く開くは命取り
重苦しい雰囲気を湛えた扉の上には、大きく意味深長な文字が刻まれていた。
「とりあえず、ここで一呼吸置けってことか」
カインは文字を見ながら呟いた。シャープはあごに右手を持っていく。
「なあ、これは単に油断するなってことでいいのかな?」
カインは旅嚢をしっかりと背負い直した。三人もカインに右倣えをする。
「よし、行くぞ」
カインは先頭に立ち、鉄製の扉にゆっくりと力をかけ始めた。蝶番が軋み、一インチ、一インチと扉が開き始める。部屋の中は、夜の帳よりも深い暗闇が占めていた。小さく焚かれている炎が、まるで浮かんでいるようにさえ見える。そこはかとない不安を感じた四人は、身を寄せ合いながら暗闇へ足を踏み入れた。部屋の広ささえ定かではなく、形も、奥行きも分からない。ただ、その部屋の中には轟くような低音が満たされていた。まるで、獣の息遣いだ。リリーは息を飲む。
「カイン。何だか、あそこが盛り上がってない……?」
暗闇に慣れ始めた目で、カインはリリーが指さした方に目を凝らす。確かに、目の前の暗闇は歪み、岩山のような存在が鎮座しているように見えた。眉間にしわを寄せ、さらに強く凝視した瞬間、いきなり暗闇の中から白いものが二つ浮かび上がった。混乱した四人でも、その白いものが目であることを知るまでにそう時間は掛からなかった。徐々に、その目は上へ上へと立ち昇っていく。さらに白いものが浮かび上がった。今度は、見たこともないほど鋭い牙だった。
「……何かと思えば、小僧どもか……こんな所に何の用だ……」
一瞬、焚かれている火が大きく燃え上がり、声の主の正体を顕わにする。四人ははっと息を呑み、目がこぼれ落ちそうなほどに見開いた。
「……ドラゴン」
茫然自失とした声で、シャープは呟いた。体を伸び上がらせたドラゴンは、部屋全体を響かせながら迫り寄ってきた。カインはもたつきながら、マイルストーンを首から外した。三人を引き寄せると、カインはマイルストーンを握りつぶさんばかりに強く握りしめた。
――俺達を早く帰してくれ!
四人は暗闇から吸い込まれるように消えていった。
次の瞬間には、四人はいつものようにカインの家の庭に座り込んでいた。息は今も弾んだままで、沈む気配がない。カインは首を小刻みに振りながら呟く。
「ドラゴンなんて反則だ」
「どうするんだ? もう、ドラゴンになんか勝てるわけもないんだ。諦めるしか無いんじゃ……」
シャープは今もなお呆然としたまま呟いたが、カインが今度は首を強く振った。
「諦めるのは今じゃない。じいちゃんに会おう。旅の中でドラゴンにあったことくらい、きっとあるよ」
四人は言葉もなく立ち上がり、マルクを探して歩き出した。