第三四話 青龍と瑠璃の玉
お荷物になる鉄球はとりあえず台座の部屋に留守番させ、四人は最後の部屋を訪れた。その正方形型の部屋には、所狭しと黒光りする壺が並べられていた。ロナンは気まぐれに壺を持ち上げようとしたが、びくともしない。
「素手じゃ俺でも持ち上がらないな」
「なら、この部屋はやっぱり戦士の手袋の出番みたいだな」
シャープに言われるがまま、ロナンはベルトに挟んでいた手袋を抜き取り、静かに手を通す。カイン達と頷きあい、ロナンは壺を持ち上げようとした。
「待って!」
だが、リリーはいきなり素っ頓狂な声を上げてロナンを止めた。少年三人がリリーに向かって顔をしかめる。
「どうして止めるんだ?」
リリーは鼻を鳴らして胸をはる。そして、天井に描かれているやけに角張ったドラゴンの絵を指差した。
「良く考えてよ。壺を持ち上げては投げ、持ち上げては投げなんて、今更そんな単純な部屋じゃないよ」
確かにリリーの言う事にも一理ある。だが、この部屋に仕掛けがあるとしても、引っかかる点がシャープには一つあった。向の入り口は単なる通路になっており、奥に小さく石像が見えているのだ。
「別に仕掛けなんか解かなくてもあそこにはたどり着けそうだけど……」
シャープが控えめに言うと、リリーは首を振った。
「解く必要のない仕掛けなんか私はないと思うよ。解いちゃだめじゃないんだから、解こうよ」
シャープ達三人は目配せし、渋々リリーに向かって頷いた。リリーは可愛げのある笑顔で頷いた。
「うん! 頑張ろう!」
「おー……」
どうせ壺を持ち上げるのは俺だけなんだ。ロナンは一人心の中でぼやいた。
四人の話し合いの結果、天井の絵は取り残す壺の位置であり、その他の壺はどうにかして壊そうという結論になった。
「持ち上げたのはいいけど、どうやって割るんだ?」
ロナンが頭上に壺を掲げながら周りに尋ねた。シャープは天井を書き写した図面に目を通しながら、部屋の隅を指差した。
「投げたら割れるさ」
ロナンは壺を一瞥すると、脇に放り投げた。その場にあった三つ四つも巻き込み、壺は跡形もなく粉砕した。
「すげえ。あんなによく割れる壺なんか初めて見たよ」
カインは目を丸くした。ロナンはシャープが指差す壺を片手で同じ方向に放る。そんなロナンの顔は曇りがちだ。
「なあ、本当にこんな暇なことを続けなきゃいけないのか? この前やった大掃除だってもっと楽しかったぞ」
「そうだよねぇ……イタッ!」
リリーは天井を見ながら歩いていたが、うっかり壺を蹴ってしまった。ほんのり頬を赤らめ、恥ずかしいところを見られていないか確かめようとしたが、その光景をロナンは全く見逃していなかった。だが、ロナンは笑わず、静かに自分の手袋を見つめた。
「ロナン、目の前の壺を割ってくれ」
ロナンは腕を目の前に構えると、真っ直ぐ正拳を繰り出した。壺は地面に落とした時と同じように粉々になった。ロナンは満足気に眉を持ち上げる。取っては放るより、その場で割ってしまったほうがずっと楽だ。
「よしシャープ! どんどん来い!」
「わかったわかった。次はそこだ」
ロナンは指差される壺を次々と割っていく。不思議なもので、普段は恐怖の高音であるはずが、今日に限っては小気味の良い楽器の音色のようだった。カインとリリーは並んでロナンの動作を見つめ、苦味の混じった微笑みを浮かべる。リリーはカインの横顔を見つめる。
「普段なら絶対にやれないことだよね」
「ああ。どんな大目玉を食らうか分かんないよ」
カインの呟きを横に、シャープは図面とよくよく照らし合わせ、最後の一つを指差した。
「ロナン! それが最後の一つだ!」
「ようし!」
ロナンは腰をひねり、大振りに正拳を繰り出して壺を割った。同時に、石像が見える部屋から青い光が漏れ出した。四人は駆け集まると、青い光が漏れる入口に向かって再び走った。一歩一歩走るごとに、部屋の中央に見える石像の正体がよく見えるようになってきた。
「あれ、ドラゴンかな?」リリーは兄の顔を見上げる。
「ああ……やけに細長い体してるけどねぇ」シャープはあごを一回さすった。
部屋の入口を潜りぬけ、四人は部屋の中心に鎮座する石像を見つめた。やけに細長い体なものの、世に伝えられるドラゴンの威風に劣らない風格を備えたドラゴンの姿がそこにはあった。目の前には台座が置かれ、海の深みのように青い玉が乗っていた。カインは静かに持ち上げる。
「すごい……なんていうか、宝石には興味ないんだけど、これとヒスイの玉は本当に綺麗だと思うよ……」
「私にも見せて!」
リリーはカインから青い玉を受け取った。彼の言う通りだ。ヒスイのように透き通っているわけではないものの、吹き抜けから降り注ぐ光を浴びて、青色が際立っているように見えた。リリーは両手で包みこむと、空に向かって突き上げた。
瑠璃の玉を手に入れた。その色は海のよう、文句なしに美しい!