第三三話 白虎となんかの玉
北、南とくれば西に行こう。そう決めた四人は、意気揚々と扉を押し開ける。途端、四人は目をこすってしまった。西の部屋は濃霧に埋め尽くされ、一ヤード先を見通すのがやっとだった。カインは手をむちゃくちゃに振るが、そんな事で霧が払えるわけがない。
「面倒な部屋だなあ……」
そう呟きながら霧の中に足を踏み入れると、後ろにいる仲間の顔さえ見難くなる。左右を何とか見渡すと、白い壁がそびえている。気持ちが落ち着かなくなったカインは、消え入りそうな声で三人を呼んだ。
「早く来てくれよ。寂しいんだ」
「はいはい。カインったら、お子ちゃまなんだから」
リリーがからかい混じりに霧に入り込むと、首に下げた鈴の音が鳴った。示し合わせたかのようにシャープが目の前に姿を現す。
「この部屋の中に隠された何かがあるってことだね」
「よぉし。みんな、私から離れないでね」
リリー達はお互いの顔が見える距離に身を固く寄せた。歩きにくかったが、誰かが迷子になるよりはいい。そうして十歩ほど行ったころ、目の前に白い壁が現れた。道は二つに分かれている。カイン達は顔を見合わせ、人差し指をそれぞれ持ち上げた。
「せーの!」
カインは左を指差し、他の三人は右を指差した。肩をすくめ、カインは三人の後ろに回る。四人は再び右へ歩き始めた。道は右に折れ、さらに行くと左に折れていた。しばらく行くと、行き止まりにぶつかってしまう。カインは腕組みをしながら呟いた。
「だから左だと思ったのに」
「負けたよ」
今度はカインが先頭になり、先程の分かれ道で取らなかった方の道を行く。カインは後ろにいるシャープに尋ねた。
「なあ、迷路なら、その地図になにか描いてないの?」
シャープは言われた通りに地図を取り出す。彼は思わず目を見開いてしまった。その地図もまた乳白色に染め上げられ、何も分からなくなってしまっていた。シャープは首を振りながら地図を収めた。
「駄目だ。真っ白だよ」
カインは溜め息をついた。
「迷路が地図に描いてあったら、無駄に歩かないで済んだんだけどなあ……」
今度は真っ直ぐ行く道と右へ折れている道に出くわした。今度は四人が同時に右を指差し、またゆっくりとその歩を進め始めた。しばらく歩いた頃、リリーの鈴が小さく鳴り始めた。四人は頷きあうと、リリーを先頭に据え直した。
「何があるの?」
鈴の音を聞き漏らさないよう、リリー達は足音を小さくする。シャープはあごをさすりながら呟いた。
「これ、もしかしたら出口を示してるのかもしれないな」
「あ、あるかも」リリーが振り向く。
「なら、鈴の音にしばらく気をつけてみるか」
ロナンの言葉に頷き合い、四人は分かれ道に来たときに鈴の音が強くなる方向へと歩くことにした。右、左、真っ直ぐ。四人は鈴の音のみを信じて歩き続けた。
「だんだん大きくなってきたんじゃない?」
「ああ、きっともう少しだ」
鈴は大分けたたましい音をさせ始め、独り言を呟いたくらいでは周囲が聞き取れなくなり始めた。軽く耳をふさぎながら、カインが大声で訴える。
「早く抜けだそう! こんな音がずっとしてたら、耳が壊れるよ!」
もう足音の心配など要らない。四人は小走りで迷路を抜け始めた。やがて、鈴は今すぐ割れてしまいそうな音で鳴り始めて足を止める。そこには、虎の彫刻が刻みつけられた壁があった。
「ここだね!」
リリーは鈴を壁に向かって近づける。瞬く間に迷路の霧が吹き飛び、白い壁も光となって消え去った。後に残っていたのは、石灰岩で作られた、地に伏す虎の石像だった。ご丁寧にも目の前に台座が置かれ、銀色の玉が置かれている。四人は慌てて駆け寄った。
「これがここの宝玉だね」
リリーが真っ先に持ち上げようとしたが、目を玉のように見開いて手を離してしまった。
「重い! ロナンが持って。お願い」
「あ、ああ……」
いやにつややかな外見をしていた時から、ロナンは嫌な予感がしていた。石の類が成しうる光沢ではないのだ。ため息を付き、ロナンは宝玉を持ち上げようとした。だが、やはりひょいとは持ち上がらない。ロナンは両手を使い、息を詰めて持ち上げた。
「間違いない。鉄だ」
「はあ?」カインだ。
「価値があるものとは思えないね……」シャープがあごをさすりながら呟く。
「ラウリン様の冗談だったりして」
リリーは口元に笑みを浮かべ、ロナンが持ち上げている鉄球を撫でた。ロナンはため息混じりに呟いた。
「こんな冗談いらないよ」
ロナンはもう一度息を詰め、鉄球を天に向けて突き上げた。
鉄球を手に入れた! ………………重い。