第三十話 玄武と天球
翌朝、カイン達は台座の部屋を訪れていた。
「よおし! 正面から入ろうよ!」
リリーは早速入り口の方にかけていく。三人にも否定する理由はないし、リリーの後についていった。四人で横一列に並ぶと、リリーが腕を突きだし、扉を押し開けた。
「あ」
四人は目の前に豪華な宝箱が置かれているのを見つけ、間の抜けた声を上げた。前なら飛び上がって喜んだだろうが、今では素直にいかない。とぼとぼ歩き、吹き抜けから差し込む光を受け、青い光沢を放つ宝箱の前まで四人はたどり着いた。
「きっとこのままじゃ開きっこないな」
カインはそんなことを呟きながら宝箱の蓋を覗き込んだ。案の定、宝箱には南京錠がかかっている。あんぐりと、カインは間抜けに口を開けてしまった。金色の南京錠に、金色の鍵が通されていたのだ。
「なんだこれ。南京錠の鍵も一緒にされてるじゃないか」
リリーも隣にしゃがみ込み、南京錠を軽く持ち上げた。鍵がだらんとぶら下がる。
「どういう事? これじゃこの鍵開けられないじゃん」
シャープは宝箱を見下ろし、そして前の鍵も掛かっていない扉を見つめた。時には諦めも肝心に違いない。シャープは扉を見つめたまま、手を二、三回叩いた。三人はシャープの顔を見上げる。
「よし。とりあえず先へ行ってみよう。たまには後回しにするのも悪いことじゃないよ」
カインは上目遣いで宙を見上げる。目の前の鍵の開け方を考えようとしたのだが、思いつかず頭の中が空っぽになってしまった。小さく気合を入れると、カインはすっくと立ち上がった。
「そうだな。先に行こうか」
宝箱をひとまず放っておき、四人は次の部屋へと足を踏み入れた。
「うお。すげえな」
ロナンは思わず感嘆の声を上げる。半球型の部屋の中心にあったのは、巨大な亀の石像だった。甲羅は岩山のようにたくましく、尾は九匹の大蛇となり、カイン達を凶暴な外見の亀の顔と共に威嚇していた。リリーが何かに気がついたようで、小さな声を上げて亀の足元に駆け寄った。
「ねえ、こんなものが落ちてたよ」
彼女は亀の足元から白い箱を持ってきた。小さな鍵穴が空いており、開く様子はない。振ってみると軽い音がする。
「なんかとっても小さいものが入ってるみたいだね」
リリーはカインの顔をのぞき込んだが、彼は上の空で聞く耳を持たず、そろそろと亀の口元に向かって歩いて行ってしまう。リリーは追いかけながら箱を振った。
「ちょっと! どうしたの?」
「箱は後だよ。今重要なのは……これだ」
カインは亀の目の辺りにはまったヒスイの玉に触れた。とっかかりが無く、そのままで取れる気配はない。カインが小首を傾げていると、亀の後ろからシャープの声が聞こえてきた。
「この通りにすれば、きっと亀の瞳は取れるよ」
日暮れの太陽、満ちる月、サソリの心臓、真北の星を順に射抜け
カイン達は思わず壁を凝視した。天井に空いた僅かな穴から漏れる光に照らし出された壁には、いくつもの穴が空いていた。西のほうを見ると、確かに夕暮れを思わせる太陽の壁画がある。東には満月が描かれていた。
「え、じゃあこれって、夜空の絵なの?」
リリーが驚いて尋ねると、シャープは三人の方を見ながら頷いた。
「ああ。そういう事になるね。カイン。パチンコでとりあえず太陽と月を順番に撃ってよ」
「よし」
カインはパチンコを取り出すと、それぞれ太陽と月に駆け寄って一発ずつ撃ち込んだ。一瞬で太陽は橙色に燃え上がり、月は金色に輝きを放ち始めた。三発目を手のひらで転がしながら、カインはシャープを横目で窺う。
「サソリの心臓は?」
シャープは壁際を歩きながら星の刻印を調べていた。シャープは入口側――南側で足を止めると、一つの大きな刻印を指差した。
「これだ。的が小さいけど、大丈夫かい?」
「バカにするなよ」
シャープが口元に笑みを浮かべると、カインは勝気な表情を浮かべてパチンコを引き絞った。確かにシャープが指差した星はアリほどの大きさにしか見えなかった。笑みを消してしまったカインは、抜き足差し足でシャープの方へと近づいていく。ロナンがぼそりと呟いた。
「ずるいな」
「わかったよ! やるって!」
カインはシャープに離れているようあごで促すと、一気にパチンコの緊張を解き放った。その弾丸は、見事にそら豆ほどの大きさしかないその的を射抜いた。途端に星は赤々と輝き、その周りにサソリの壁画を夕陽のような橙色で刻み込む。
「きれい……」
リリーは心を奪われ、恍惚の吐息を漏らしてしまった。カインはその表情を見て目を瞬かせる。普段も『女の子』らしい可愛げのある表情を見せてくれるが、今は何だか『少女』らしいきれいな表情を浮かべていた。
「なんだかロマンチックな表情してるね」
「だって、きれいじゃない」
ふうんと適当に相槌を打つと、再びカインは玉を一つ取り出した。
「さあ、次は北の星だな」