第三話 旅の仲間
村長の家の庭にカインは腰を下ろしていた。
「というわけで、この地図は俺のじいちゃんが踏破できなかった迷宮の地図で、あさって俺はこの迷宮に行ってくるんだ」
昨日の経緯を話して聞かせながら、カインは親友のロナンとシャープに向かって掘り出した地図を芝生の上に広げてみせる。カインに負けず劣らず好奇心の強い二人は、地図を食い入るようにのぞき込んだ。カインの二つ年上、のっぽで細身、そして村長の息子であるシャープが尋ねる。
「確かに面白そうだな。カインはお前のじいちゃん、さらには大賢者様の一番弟子殿に挑戦するわけか」
「その通り! 絶対俺はこの地図の迷宮を制覇してみせるのさ!」
地図を食い入るように見つめながら、背丈は低いががっしりしている丸顔のロナンは顔を輝かせた。
「いいなぁ。俺も行きたいよ」
カインはしっかりと頷いた。そして、大きな音を立てて椅子を蹴り立つ。二人が呆気に取られているうちに、カインは右手で二人を指差した。
「そうさ! 俺は今日それを頼もうと思ってたんだよ! はっきり言って、俺はあんまり頭よくないし、一人じゃ迷宮なんて探険できない。だけど、三人寄ればラウリン様の知恵にだって敵うんじゃないか? 俺はそう思ったのさ!」
シャープは優しげな眉間にしわを寄せた。確かに、行ってみたい気持ちは強い。だが、カインの祖父が到達出来なかった先へと進むのは危険ではないのだろうかと思った。
「危ないと思うんだけどなあ」
カインはシャープのそばまで近寄ると、舌をならしながら指を振る。
「チッチッチ。大丈夫だって! 俺のじいちゃんが安全を保証してくれるんだから」
シャープは顔を輝かせた。カインの祖父は出来ないことを言わない。シャープは胸をなで下ろすと、自分の中の好奇心を抑えないことに決めた。
「なら行くよ。何人護衛を付けるより安心できるじゃないか」
カインは手を鳴らすと、ロナンの方に向き直った。
「ロナンは? 行くよな?」
ロナンは力こぶを作ってみせる。伊達に家畜を引きずってはいなかった。
「俺の力が役に立つかも知れないよな。もちろん行くさ!」
「満場一致で決定! じゃあ、このまま何が必要か考えようぜ」
カインのはしゃいだ声を聞きながら、シャープは指折り数え上げ始めた。
「何だろう。食料だろ、コンパスだろ……」
一方のロナンは目を閉じたまま宙に向けて拳を突き出している。まぶたの裏には、話にしか聞いたことがないような怪物の姿があった。
「武器も必要じゃないか? 何が出てくるかわからないだろ?」
カインは首を振った。彼も同じことをちらりと考えたものだが、祖父によると実態は少し違うようだ。
「いや。じいちゃんが旅したところまでだと、怪物どころかねずみ一匹いなかったってさ」
ロナンのまぶたの裏にいた怪物は雲散してしまった。彼は肩を落とし、椅子に崩れ落ちてしまう。
「何だ……つまらないなぁ」
「どうせ怪物や魔物がいたって戦わないよ。気づかれないうちに逃げる。それに尽きるさ」
「まあ、そうだよな……」
その時、村長の家の陰から一人の少女が現れた。だが、三人の視線は地図に釘付けで全く気がつかない。それをいいことに、彼女はこっそりとシャープの背中に近寄って、いきなり大きな声を上げた。
「お兄ちゃん!」
シャープは『飛び上がらんばかり』とはこういうものだというほどに驚き、地図を自分の敷物にしてしまいながら振り向いた。そこにいたのはシャープの三つ下の妹、リリーだった。つぶらな瞳を陽の下に輝かせ、彼女は兄の鼻先まで顔を近づける。
「面白いこと考えてたでしょ。ぜぇんぶ聞いてたんだから」
冷や汗が額から下りてくるのを感じつつ、シャープは目の前にある十人並み以上だが近すぎる顔から目を逸らした。
「何だよ。こそこそしてないで最初っからいればいいんじゃないか? それに、いきなり大声出されたら驚くじゃないか」
「別にいいじゃん」
リリーは勝気な笑みを浮かべて兄からその華奢な体を離した。そして、薄い胸を張りながらカインを指差す。いきなりの行動についていけず、カインは間の抜けた表情で自分の鼻先を指差すしか無かった。
「私も迷宮探険に加わる!」
シャープは立ち上がり、リリーの肩に優しく手を置いた。
「ちょっと待って。リリーには危険だからやめておきなよ」
「お黙りなさい!」
リリーはシャープのことを突き飛ばすと、頬をふくらませながら文句をたれる。
「全部聞いてたって言ったでしょ? カインのじいちゃんが安全策を考えてくれるって部分だって聞いてたんだから。つまり、私が付いて行ったところで心配はなし! どうせ、私が足手まといになるからって置いてけぼりにするつもりなんでしょ。あんた達三人ったら、いつもそうなんだからね!」
カインは溜め息をついた。これ以上文句を言われるのも面倒だ。
「じゃあ付いて来いよ。ただし、足手まといになったらすぐ戻ってきて置いていくからな」
「やったあ!」
リリーはその場を跳ね回る。可愛い仕草なはずが、三人からは溜め息しか出てこなかった。