第二七話 前夜祭
カインは祖父に今日の出来事を簡単に話して聞かせた。頷いたり、時折軽い質問を交えながら、マルクはとても興味深そうにしてカインの話を聴き続けた。やがて、カイン達が話の中でもマイルストーンを使ってソノ村に帰ってくると、マルクは樽のような形をしたビアジョッキを見つめる。
「なるほど。迷いの間の先まで辿り着いたか。」マルクは小さくジョッキを傾ける。「これでお前たちに俺は負けたわけだ」
マルクの自分自身に噛んで含めさせるような呟きに、カイン達は顔を輝かせ、ハイタッチを交わし、口々に喜びを表しあう。それを見ていた四角い顔のじいさんが、にやにやしながらマルクに詰め寄る。
「真面目なのも困りもんだな。嘘でもその『めーきゅー』とやらに勝ったんだって言わなかったら、俺達みたいなじいさんの威厳は丸つぶれだぞ」
「おいおい。そんなことを子ども達の前で言ってもいいのか?」
細面で、真っ白い髪のじいさんが突っ込むと、周りはどっと笑い声を上げた。大して面白くもないやり取りに、マルクは苦笑いしながら四人の方を見る。
「そんなことはないだろう?」
カインは頷き、首に下げていたマイルストーンを取り出す。目の前で燃え盛る火を透かしたそれは、草原で見る夕陽のような光景を中に作り出していた。カインは祖父と自分の間に挟んでぶら下げる。
「俺達が今まで頑張れたのも、じいちゃんがこれをくれたからさ。ありがとね」
マルクは驚いたように目を見開くと、鼻頭を掻きながら目を火に向けてしまった。
「いやいや。参ったなあ……」
四角い顔のじいさんが、照れているマルクを横目で見つめる。
「羨ましいなあ。俺なんか全然ありがとうと言ってもらえん」
「それは、お前がありがとうと言われるようなことを全然していないからだろ?」
「その通りだな!」
すっかり取り巻きの老人たちは出来上がってしまっているようで、何か言えばすぐに笑ってしまうらしい。呆気に取られてその様子を眺めていたリリーだったが、いきなり手を叩き、思い出したかのように口を開いた。
「あ。そういえば、ラウリン様がカインのじいちゃんの話をしたよね」
「なんと。俺なんかを憶えていてくださったのか」
マルクはいたく感激した様子で顔をほころばせるものの、カインはやたらとにやにやしながら頷いた。
「結婚式の前日だったから、あんまり長話するなって言ったんでしょ」
一気に赤面した。ジョッキを脇に置くと、両手で顔をぴしゃりと叩く。
「確かにそれは事実だ。母さんは前日くらい一緒に過ごしたいと言っていたんだが、これで冒険は最後にすると決めていたし、俺も意地だったから、今日も日暮れまでには帰ると言って頑張ったんだ。だが……焦ったせいかフクロウの間で躓いてしまった」
リリーとカインは、滅多に見せない祖父の慌てた表情に笑いが隠せない。マルクはくすくす笑う二人を見て肩を落とし、うなだれてしまう。まるで、初恋をからかわれた少年のようだった。シャープは身を大きく乗り出し、マルクの目を見つめる。
「マルクさん、もう少し詳しい話を聞かせてください。とっても興味があります」
「無くていいのになあ。無くて……」
カインは祖父との間合いを詰めた。
「ねえじいちゃん。簡単でいいんだよ」
マルクは長いこと俯いていたが、ようやく顔を持ち上げた。
「じゃあ、簡単に話すぞ。母さんとはとある旅の中で知り合って、一緒に旅をするうちに仲良くなっていたんだ。その旅を終えた時、三年後に結婚する約束を交わし、俺は再び旅に出た。最後に見つけたのが、あの迷宮だった。だが、いかんせん時期がもう逼迫していた。この近くに『門』を作ったのも、ひとえに結婚式の準備があったからだ。日中は謎を解き、夜になると村の人々に挨拶回りをしたり、結婚式のしきたりを村長から確認したり、母さんと結婚した後の生活について話し合ったり……徹夜をした日もあったよ。とにかく大変だった。結婚した後にも挑戦する機会はあったんだろうが、もう俺は魔力を投げ捨てて、普通の人と変わらない生活をすることに決めたんだ。だから、魔力が元に戻らないほど削った。魔法陣なしで大掛かりな治水をしたりして、昔の生活への未練を絶った。まあ、子どもが生まれて以降はどの道そこへ行こうとは思えなかったがな。とまあ、こんなところだ」
カインは笑って祖父の肩を叩く。
「へぇ。やっぱり時間がなかったんだ」
「ああ。気持ちの余裕もなかった。常に焦って探険してたよ。楽しく探険できているカイン達が羨ましい」
「これからも楽しく冒険するよ。な?」
カインはリリー達と視線を交わす。三人は笑顔で頷きあった。そんな時、四人の後ろから声がする。
「みんな、少し時間はあるかな?」
シャープの父だった。四人は素早く立ち上がって向き直る。
「全然大丈夫だよ。でも、一体どうしたの?」
リリーが首を傾げると、村長は悪戯っぽいほほえみを浮かべ、四人を手招きした。
「少し手伝ってほしいことがあるんだ。明日に向けてね」