第二五話 森の賢者に紛れて
狭い通路に、四人の足音が響く。目の前に広がる光景は、振り出しに返ったか、それとも前進したのか。カインは緊張して喉を鳴らす。ロナンはカインの隣に抜き足で忍び寄る。
「どうした? 不安か」
「そんな事ないよ。シャープが間違いなんてしないさ」
目の前の視界が開ける。彼らの視線は、すぐに首から上が後ろを向いたフクロウの像に注がれた。安堵の表情を浮かべたカインは、横目でロナンと目を合わせる。
「ほら。大丈夫だった」
シャープも安堵の溜め息を洩らすと、フクロウに向かって歩きながら三人に話しかける。
「じゃあ、三人とも――」
「わかってるって。数えたらいいんだろ」
カイン達はフクロウの列を巡り、数え間違えたりしないよう慎重に数え上げる。最後の一体を数え、カインは列の前で待っているシャープに向かって左手のひらと右の人差し指を突き出す。
「六体!」カインだ。
「六体だ!」ロナン。
「六体だよ!」リリーだ。
「嘘だぁ!」
カエルもびっくりの輪唱に、天を仰いだシャープはがっくり膝をついてしまった。そのまま頭を抱え、シャープは床に丸まってしまう。目を丸くしたり、開いた口が塞がらなくなったりしながら、三人はシャープのそばに駆け寄った。
「ねえ、お兄ちゃん!」
リリーは両腕でシャープを仰向けにひっくり返した。リリーが覗き込むと、その目はうつろになっている。大の字にのびたシャープは、暗い顔でぶつぶつ呟いていた。
「前や左右が六体だったら、後ろも六体……ああ。今度こそ駄目だ。まさに『迷宮入り』だ……」
シャープは混乱の極みに達してしまった。このままでは精神状態が危ないと本能が判断したのか、シャープはいきなり眼を閉じてしまう。深い眠りに落ちてしまったようで、悩みから解放されたその表情は爽やかだ。慌ててカインは肩を揺すぶる。
「おい! なんで寝るんだよ! この部屋の答えが出せないと帰れないだろ!」
ロナンが目を点にしてしまっている横で、リリーはしゃがみ込んで溜め息をついた。時折見せる頼りない部分がついに表出してしまった。おそらく五分の間は、戦士の手袋付きのロナンがビンタをしても目覚めないだろう。することもなく、無意識のうちにリリーは天井の隅を見つめていた。そうしていると、何故だか彼女には不自然に見えてきた。穴が開くほど見つめると、ようやくその違和感にリリーは気がついた。シャープほどに頭は良くないものの、それでも彼女は必死に頭を捻る。
……お兄ちゃんが言っていたことに当てはめたら……
リリーに一筋の光明がさしてきた。立ち上がると壁際まで行き、そのまま寄りかかって座り込んだ。
「カイン、ロナン。お兄ちゃんはしばらくほっとこう。暇つぶしになぞなぞでもしない?」
「そうだな。俺達はちょっとシャープを頑張らせすぎたのかもしんない」
カインとロナンはリリーを間に挟むようにして座り込む。
「じゃあ、私から問題ね。逆立ちが出来る鳥ってなーんだ?」
「え~」
カインが腕組みをして考え込む横で、ロナンが人差し指を立てた。
「俺、わかったぞ。キツツキだろ」
リリーは笑顔を咲かせた。
「せいかぁい!」
「おいロナン、早いだろ!」
「わかったもんは仕方ないだろ。じゃあ、次は俺だな……」
脱力しきった三人のやり取りは、この後十分ほど続いた。
「ほら、起きろ!」
腰をおろし、カインはシャープの顔の前で拍手する。顔を一瞬しかめたかと思うと、シャープはいきなり飛び起きた。
「ああ! なんで起こすんだよ!」
「起きて欲しいからに決まってるだろ! お前が寝てる間にリリーが答えを見つけたって言ってるんだよ!」
シャープは慌てたせいで上手く立ち上がることが出来ず、膝立ちのままでシャープは妹の顔を見上げる。
「何だって? それは本当かい?」
リリーはにやにやと笑いながらひざまずくと、シャープの額を指で弾いた。
「今日は私の勝ちだね。お兄ちゃん」
再び立ち上がると、リリーは元来た入り口と向かい合う、天井の隅を指差した。
「私ね、あそこにいつもの『目』があることに気がついてたんだ。まあ、大した問題にはならないかな、と思ってたからさっきまで言わなかったんだけどね。この部屋には無かったし。でも、前後左右どの入口にも決められない、ついでに、あそこの『目』が消えていることを合わせて考えたら、もう私の中では答えが一つになったの」
もったい付けて結論を伸ばしているリリーだが、シャープは待ちきれずに言葉を継いでしまった。
「つまり、元来た入口に入れって言いたいんでしょ?」
リリーはしかめっ面で頷く。一番大きな手柄だから、もっと格好付けていたかったのだ。シャープの隣に座り込んでいたカインは、手を打って立ち上がる。
「よし、じゃあさっさと行こうぜ! それが正解だ!」
リリーは真っ先に入口の前に立ち、三人を手招きした。
「よぉし! みんな、行こーう!」
「オー!」
一気に気分が弾んできた四人は、元来た通路を駆け抜けた。