第二四話 森の賢者の視線
四人は再び二回目の部屋に足を踏み入れた。相変わらずフクロウは手前側の壁に腹を向け、真っすぐ前を見つめる者もいれば、首をひねって右を見つめている者もいた。シャープは腕組みをしながらフクロウの間を練り歩く。
「さて、二方向にフクロウの視線が分かれてる。どっちにいけばいいんだろう?」
シャープがあちこちでフクロウの姿を眺めている三人を見回しながら口を開く。カインはフクロウの背に寄りかかり、腕組みをしてシャープに曰くあり気な笑みを返す。
「本当は分かってるくせに。おれだって閃いたさ。多数決だろ?」
シャープは頷いた。
「まあ、それしか考えられないよね。リリー。リリーのことだから、もう数えたりしてないかい?」
リリーは得意げに胸を張り、サムズアップをしてみせる。たくさん同じものがあると、何だか数えたくなってくるものだ。兄のシャープはそこをよく理解していた。
「もっちろん! 右を向いてるのが十三体、前を向いてるのが十一体だったよ!」
「よし、なら右だ」
シャープは何ら迷うことなく指差した。三人も、異議を唱えずシャープの後についていく。初めは不安を掻き立ててくれた通路の暗闇だが、今では部屋同士の区切り以上の意味を持たなくなっていた。十数歩行くと、目の前に次の部屋が現れる。
「なんだか気持ち悪い奴がいるな」
固く腕組みをして、ロナンは思わず顔をしかめてしまった。その視線の先には一体のフクロウ。その顔は、なんと真後ろを向いていた。
「まあ、フクロウはそういう鳥だからね。さあ、フクロウはあっちこっち見てるし、手分けして数えてよ。カインは前、ロナンは右、リリーは左」
リリーはシャープの鼻先を指差す。
「お兄ちゃんは?」
「三つ数がわかれば、後は計算で出るじゃないか」
「あ、なるほど」
シャープはフクロウの腹が向いている方向に立ち、三人に手を振った。
「じゃあ、みんな頑張って」
「はーい」
のんびりした返事を返しながら、三人はフクロウを指差しつつ散らばった。
もともと総数が二十四体なこともあり、調べ終わるまでにそう時間はかからなかった。カインが真っ先に五本指を突き出した。ほぼ同時に、ロナンがシャープの肩を叩く。
「右向きは六体だ」
リリーはシャープと正反対の場所に立って手をめちゃくちゃに振る。
「左向きは九体だったよ!」
シャープは頷き、左を向くフクロウの視界に立つ。
「よし。それなら左だ! 行こう、みんな!」
「はーい!」
四人が暗がりに飛び込むとともに、部屋はリセットされるのだ。四人は何でもきやがれと、半ば挑戦的な気持ちで通路を抜けた。そうして姿を顕にした第三の部屋もまた、フクロウはそれぞれ適当な入り口を見つめていた。カインはフクロウに駆け寄り、その翼を撫でる。
「また数えるのか?」
シャープは頷いた。リリーやロナンと顔を見合わせると、カインは前を向くフクロウの数を数え始めた。丁寧に指差しながら数えていくと、目の前の八体が前を向いていた。カインはシャープの方を向き、手で示しながら数を教える。
「八体だよ」
「八体だったよ!」
「八体だ」
高低が美しく入り混じる、素晴らしい響きだった。ただ、シャープにとっては最も聞きたくない響きだった。ため息を付いて頭を抱え、壁にもたれながら座り込んでしまう。
「嘘だろ……」
全部同じ数とあっては、どこに進めばいいのかわかったものではない。『多数決予想』は白紙に帰ってしまった。
「勘で行くしかないのか?」
ロナンの呟きに、シャープは頭を抱えたままで首を振る。
「いや。書いてあったじゃないか。『直感に頼るものに道は開けない』って。勘なんかで行くんじゃないんだよ。きっと、ひとつに絞る答えが……」
シャープがうんうん唸っている横で、カインはぼんやりとフクロウの姿を眺めていた。さっきはいたはずの不気味な姿が、今は一体も見当たらない。
「そういえば、後ろ向きのやつはいないんだな」
「え? 何だって?」
カインがぼそりと零した言葉に反応し、シャープは思わず顔を上げる。カインはフクロウの列を指さす。
「ほら、よく見てよ」
シャープははっとなった。シャープは立ち上がると、フクロウが背中を向けている入口の前まで歩いて行く。
「ここが答えだ。間違いない」
「は? だって、どのフクロウも見てないぞ」
ロナンの戸惑ったような言葉尻を捕らえ、シャープは小さく指を振った。
「フクロウが見ているのが正しい道とは限らなかったんだ。答えは、“一つに絞れる”道なんだ。最初は全部のフクロウが一箇所を見つめていた。二番目と三番目は多数決で一箇所を決められる。今は、“どれも見ていない”ことで一つに絞ることが出来るんだよ」
学の少ないロナンは、シャープが早口でまくし立てた説明の半分くらいしか理解できなかった。だが、シャープがその答えに相当の自信を持っていることは窺える。分からないのに否定する気はなかった。論理の謎解きにおいては、シャープと心中するしか無いのだ。それが分かっていた三人は、シャープの言葉に何ら反感を示すこと無く付き従った。