第二三話 森の賢者は見つめる
カインは目の前に広がる壮観に驚きを隠せなかった。カイン達は正方形の頂点からこの部屋に足を踏み入れていた。出入口は各辺に四つ。屋根はあって窓はなく、部屋にある灯りはぐるりと取り囲む松明だ。だが、入り口の多さや、灯りの多さがカイン達を驚かせたわけはない。彼らを戸惑わせたのは、部屋に立ち並ぶフクロウの像だった。翼を閉じて規則正しく並んだ像は、どれもが手前側の壁を一心に見つめている。カインは一体のフクロウの像に駆け寄り、翼の辺りを撫でてみた。
「やっぱり怖いよな。ここまで本物じみてると」
「カイン。まずどの部屋に入る?」
シャープは四方向の入り口を指差す。どの入口も外観が同じで、特にどれから入らなければならないという様子も見えない。カインが迷っていると、リリーがフクロウの見つめる入口の前に立った。
「この入口に入ろうよ! フクロウが見てるんだし」
カインも特に異存はなかった。晩ご飯の話をしている緊張感のないロナンとシャープの耳を軽く引っ張ると、リリーのことを指差した。
「ほら、さっさと次の部屋に行くぞ」
「はーい」
入り口に近かったリリーを先頭に、四人は次なる部屋に足を踏み入れた。灯りのない通路は、一抹の不安を抱かせてくれる。それを振り払いながら入った部屋の光景に、四人はただただ驚くしか無かった。
「あれ。さっきと同じ部屋!?」
リリーが驚いてしまうのも無理はなかった。自分達が入ってきたのは正方形の頂点の入り口。松明が部屋を照らし、手前の壁をフクロウが睨んでいる。違うところといえば、一部のフクロウが右を向いてよそ見をしていることだけだった。ロナンは眉間にしわ寄せ、目を細める。
「一応違う部屋なのか?」
カインはシャープに目配せした。頷きで応えたシャープは旅嚢を下ろし、中から地図を取り出した。シャープは思わず声を上げてしまった。五つも入り口があるという特徴的な部屋が、まだ地図には一つしか描かれていなかったのだ。
「間違いない。おんなじ部屋だ」
「じゃあ、一体どの部屋に入ればいいんだ?」 ロナンはさっぱりという調子の声を上げ、よそ見をしているフクロウの頭をぺしぺしと叩く。しゃがみこみ、カインはフクロウとしばらくにらめっこしていた。見れば見るほど、飛びかかってきそうな外見に見えてくる。ふと、隣でフクロウの頭を撫でているリリーに気がついた。
「剣士像の時は怖がってたけど、フクロウは大丈夫なんだな」
リリーは屈託の無い笑顔で答えた。
「うん。だって可愛いでしょ? フクロウ」
角のように突き出た耳毛に、丁寧に瞳まで彫り込まれている鈴を張った目。言われてみれば、確かに可愛いげのある外見に見えないこともなかった。ぼんやりと二人でフクロウを見つめていると、シャープは二人の背後から控えめな声を上げた。
「フクロウはいいから、そろそろどこかの部屋に入ってみないかい?」
シャープの言葉に、ようやくカインは本来の目標を思い出した。おもむろに立ち上がると、カインはフクロウの背中側にある入り口に立つ。
「みんな、今度はこっちに入ってみよう」
カインを先頭に、四人は北口に足を踏み込む。再び視界が暗がりに包まれる。またも不安が脳裏をよぎるが、カインは振り払って歩みを進めた。そうして頂点の入り口から来たカイン達が目の当たりにしたのは、手前側の壁を真剣に見つめるフクロウ達が立ち並んでいる光景だった。
「今度は前の部屋と全くおんなじじゃん! どうなってるの?」
リリーはその場にしゃがみ込みながら顔を持ち上げる。自分達と向かい合うように、天井の隅から一つの『目』がこちらを睨んでいた。シャープはあごをさすり、うーんと唸りながらフクロウの正面に立った。
「僕さ、このフクロウがこの部屋の謎を解く鍵なんだと思うね」
「何だい? フクロウの見ている方角に進めばいいってこと?」
カインが半信半疑で尋ねてみると、シャープは指を鳴らしながらカインのことを指差した。
「まあ、大体そんなところ。きっと、ここが最大の山場なのかもしれないよ。きっと、この四方向の入口、どこに入っても同じ部屋なんだ。けど、正しい入り口に入り続ければ、きっと道は開ける」
「間違えたらどうなるんだ?」ロナンが尋ねる。
「振り出しに戻るだけさ。今みたいにね」
カインは座り込んでいるリリーに右手を突き出した。リリーはため息をつくとその手を頼りに立ち上がる。
「リリー。休んでる暇なんかないよ。さっさとこんな部屋は攻略しちゃおう」
リリーは肩の力を抜き、上目遣いをした。
「仕方ないか、うん!」
ガッツポーズで気合を込めると、リリーはシャープのもとへと走っていった。