第十九話 恋の話は突然に
「っしゃあ!」
拳を叩いて気合を入れると、ロナンは両手を開いたり閉じたりしながらシャープの顔を窺う。
「向こうで地響きがしないってことは、まだこの部屋に謎が残ってるってことだよな?」
シャープは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で頷く。
「ああ。まあ、そうなるさ。でも、大丈夫なのかい? 少し休んだ方がいい気もするけど……」
「大丈夫だって! この手袋をつけたら疲れなんてぶっ飛んだからな!」
言っている間にも、ロナンはせわしなく体を動かしている。軽く足踏みをしたり、腕を伸ばしたり、肩も回す。とにかく何かをしないと落ち着かない様子である。彼の豹変に戸惑いながら、シャープは周囲を見回した。今いるのは入り口から見て右奥にあたる。ならば、もう一つの仕掛けは対極の空間にありそうだ。そう決め付けると、シャープはその方向を指差した。
「あっちに何かあるかもしれないな」
「よし! 俺はどうすればいいんだ?」
シャープは漠然と部屋中を見回す。そして気がついた。ブロックを“引く”事が出来れば、今いる場所から反対側まではブロックを二つ操作するだけで済む。とっかかりが無いせいで、今までは押すことしか出来なかったのだが、新しい道具を手に入れた今、確かめてみる価値は十分あるに違いない。
「ロナン、今から僕が指差すブロックを引いてみてくれ!」
気分はこれ以上無いというほど高ぶっていたロナンだが、さすがに掴む場所が無いものを引っ張れと言われては戸惑ってしまう。だが、やるだけのことはやってみようと決めて、ロナンはブロックに触れてみた。すると、手袋がブロックに吸い付いたのだ。離そうと思った瞬間、離れる。感心の眼差しを手袋に向けると、ロナンはあらためてブロックに手を付け、引っ張り始めた。
「すげえ!」
ロナンは思わず大声で叫んでしまった。カインやシャープを引きずる感覚とも変わらない。みなぎる力は本物だ。あっという間に一つ、また一つとブロックを引きずり、道を作り上げてしまった。頼もしさに溢れた笑みを浮かべ、ロナンは自分を親指で差した。
「どうだ! やってみせたぞ!」
「きっとお前は今、世界一の力持ちだぜ」
カインはロナンの肩を強く叩いた。ロナンも満更ではなさそうな笑みを浮かべ、鼻をこすった。
「へへ……これから村の力仕事は全部手伝わないとな」
リリーが二人の背後を通り過ぎながら、ロナンにウインクを飛ばした。
「かっこ良かったよ。ロナン!」
その姿を見つめながら、ロナンはカインに耳打ちする。
「ああいう表情を見てると、村一番の美少女って言われるだけのことはあるって思うよな」
そう言うロナンの表情は平然そのものだ。だが、いきなりこんな事を言われては、カインもあらぬ想像をするしかない。にやにやとした笑みを隠さず、カインはロナンに耳打ちを返した。
「なあ、ロナンはリリーが好きなのか?」
尋ねられたロナン、一瞬目を丸くしたものの、すぐに首を傾げながら彼女が鈴を携えて歩き回る姿を見つめる。兄と仲睦まじく話す姿には、リスか何かと通ずる愛らしさはある。だが、恋愛対象かとなると話が別だ。
「いや。俺は……なんていうかさ、もっと胸の大きな女の子のほうがいいな。無い胸を張られても、何だかなあ」
「なるほどねぇ」
顔を赤くしているロナンの好みに合う少女を、カインはあの子がそうじゃないか、やはりこの子かと想像した。そこへ、ロナンがぼそりと尋ねる。
「そういうお前こそ、リリーの事が好きなんじゃないのか」
「え?」
カインの目が揺れた。我が意を得たりと、ロナンはさらに詰め寄ろうとする。だが、
「ねえ! 二人とも早く来てよ!」
リリーの呼ぶ声に遮られてしまった。カインは底抜けに明るい声で返事をすると、せかせかと村長兄妹の方へとかけて行ってしまった。ロナンは鼻でカインの背中を笑った。
「ぜってぇさっきの表情は忘れないからな。覚えとけよな」
シャープとリリーは、既に真実をあらわにされた取っ手を囲んでいた。やはり、この部屋は最後まで力任せらしい。シャープはロナンを手招きする。
「ロナン! この取っ手を引いてくれ。とっても固そうなんだ」
「任しとけって!」
ロナンはまさに水を得た魚だ。床に屈み込むと、埋め込まれた形になっている取っ手をつかみ、渾身の力で引っ張った。硬いものが硬いものの上に落ちる音が部屋を満たしたかと思うと、部屋の外から石と石が擦れるような音が聞こえてくる。最早言葉は要らない。四人は笑顔をかわし、真ん中の部屋を目指して歩き出した。