第十八話 真実は力なり
東の部屋に足を踏み入れた途端、リリーの首元で『真実の鈴』が鳴った。リリーは慌てて鈴を外す。
「これが鳴ったってことは、ここに何かが隠されているってことだよね?」
首を傾げた妹を見ながら、シャープは頷いた。リリーは鈴を掲げると、四人の先頭に立ち、正方形の部屋をあちこち歩き回ろうとする。だが、前に二、三歩踏み出した時点で鈴は割れそうなほどに激しく鳴り始めた。リリーは三人の戸惑ったような顔を一瞥し、鈴を目の前に突き出す。するとどうだろう。目の前の空間全てが歪み、次々とブロックが現れ始めたのだ。複雑に配置されたそのブロック群は、さしずめ迷路のようだ。
「あ、あれって宝箱じゃないか?」
カインがそう言いながら指差した先には、確かに大きな宝箱が見える。ブロックの高さはせいぜい胸元辺りまでしかなく、上を乗り越えれば早そうに思える。だが、上には剣山のように大きなトゲが連なっていて、到底出来そうにはない。ロナンはトゲを軽く撫でながらため息をついてしまった。
「どうしてもウェルフェア様のお弟子さんはブロックを押させたいんだな」
カインは愛想のよい笑顔で、背後からロナンの肩を叩く。
「最高の活躍の場所じゃないか。な?」
力仕事の苦労を理解しない言い方に、ロナンは文句の一つや二つ言ってやろうと向き直る。だが、今の笑顔はまさにのれんだ。どんな風を吹かせようが全くへこたれそうにない。ため息をつくと、ブロックに向き直る。
「わかったよ。ここが俺の見せ場だもんな」
「今度はこっちだ! それを押してくれ!」
シャープが入り口から声を張り上げながらブロックを指差す。ロナンは返事も適当に、ただ目の前にある黒いブロックを押すことに集中した。もう十個は押し続けている。肩も凝るし、腕や腿も張ってくる。だが、カインも(一応)手伝ってくれているために、手を抜くわけにはいかなかった。
「フレー! フレー! ロナン! 頑張れ頑張れカ、イ、ン!」
ロナンとカインが旅装として首に巻いているスカーフを両手に持ちながら、リリーは入り口周辺でうさぎか何かのように跳び回って応援していた。カインはブロックを押す手を止めると、顔を持ち上げてリリーに引きつった笑顔を見せる。
「応援もいいけど、出来たら手伝って欲しいな!」
「女の子にそんな力仕事は無理だもーん!」
リリーは相も変わらず輝く笑顔で手を振ってみせる。もう一段階強く迫ろうと思ったが、天真爛漫な振る舞いを見ているうちにそんな気持ちは失せてしまった。カインは肩を竦めると、ため息混じりに再びブロックを押し始めた。その姿を、ロナンはうらやましそうに見つめる。
「さっきと今とじゃ真剣味が違うよな……まあ、当たり前か」
西の部屋でのリリーは真剣そのもので、心からカインの無事を祈っていたが、今のリリーは自分たちを応援して“楽しんで”いるようにしか見えなかった。ロナンは晴れない気分だったが、仕方なくブロックを押し続けた。
「ロナン! それが最後だ!」
「わかったぁっ!」
左隣のブロックを、シャープが真っ直ぐに指差す。今の不満も込めて、ロナンは大声を上げながらブロックを押しのけた。ロナンは汗を拭きながら立ち上がると、首を回し、肩を上下させながら宝箱と向かい合った。この部屋の功労者は自分だ。自分が相談なしにこの宝箱を開けたからって、誰が文句を言うだろう? ロナンはそう決めつけ、いきなり屈み込むと宝箱の上蓋を持ち上げた。三人が駆け寄ってくる足音を背後で聞きながら、ロナンは中にある宝物を眺める。
「ん? 何だろうこれは?」
中にあったのは手袋だった。白塗りの革で出来ているらしく、持ち上げてみるとわずかに重い。手の甲の部分には、闇を閉じ込めたように黒く、丸い石が埋めこまれ、それを中心にして黒い幾何学模様が手首のあたりから指の先まで刻み込まれている。
「これも冒険に役立つ道具なのか?」
手袋をぶら下げ、ロナンやカインが取り囲んで眺めている間に、シャープは道具の説明を青い箱の裏に見つけた。
「それは『戦士の手袋』と言って、身につけると力がみなぎってくるらしいよ」
カインは何かを思いついた表情で、ロナンのことを指差した。
「お。それならロナンにぴったりじゃんか! 付けてみろよ!」
ロナンは手袋を強い眼差しで見つめる。そして、何かに導かれるままにその手袋を身に付けた。
「何だ……?」
手袋から熱が体全体に伝わってきた。その熱は、重しのようにのしかかっていた体の疲れを取り去っていく。深呼吸一度、ロナンはすっくと立ち上がる。体全体の力が有り余り、座ってはいられないのだ。体全身の力を中心に集めるようにすると、天井に向かって右の拳を突き上げた。
戦士の手袋を手に入れた! 元気百倍、身につけただけで疲れも吹っ飛ぶぞ!