第十六話 巡る言葉
新しい部屋は、今までとは出色の違う外観になっていた。若干東西に長い長方形型になっており、各辺の中央に扉が開いている。何より目を引いたのは、今まではずっと正方形の石畳ばかりだったが、この部屋には南北に長い石畳が中央で東西に列を成している。最初は不思議に思った四人だが、全景を見回していたリリーはとあることに気がついた。
「ねえ。上にも扉があるよ」
リリーが指差す方を見ると、確かに西の扉の五ヤードほど上にもう一つの扉が見える。ぼんやりとその扉を見つめながら、カインは何となく思ったことを口にした。
「階段でも出来るのか?」
「きっとね。でも、こんなとこから見つめてても始まらないから、三つの部屋のどこかに行かないかい?」
シャープが三人を誘うと、ロナンが真正面の扉を指さした。
「まずは正面突破だろ!」
「賛成!」
眩しい笑顔で、リリーも天に向けて手を挙げる。シャープはカインの方を見る。カインは真っ直ぐこちらを見つめて頷いた。急に口元を引き上げると、親指で北側の入り口を指差す。
「さっさと行こうぜ?」
「ああ」
旅装を引き締め、四人は北の部屋に足を運んだ。
北の部屋は正円形だった。大きな文字群が三列、部屋の壁を一周している。そして、部屋の奥には小さな棚のような部分があった。もっと近くで見ようと、カインとロナンは早足で棚のところまで近づく。
「なんだこれ?」
カインは平積みにされていた石版を持ち上げる。様々な動物の絵が彫られていた。蛙、蛇、タカ、ライオン、魚。棚の中心には、石版がぴったりとはまりそうな窪みが三つある。何を思ったか、ロナンはカインが持っていた蛙の石版を真ん中にはめ込んだ。重々しい鐘の音が響き渡ったかと思うと、いきなり蛙がカインの頭上にたくさん降り注いできた。
「うわあ! 気持ちわりい!」
一匹だと可愛気もある蛙だが、いきなり数十匹にまとわりつかれては悪寒がする。カインは蛙を払いのけながらロナンに向かって叫んだ。
「お前何すんだよ!」
ロナンも首筋に蛙が着地し、その感触に震え上がりながら石版を外した。途端に蛙は光にまぎれて消える。カインはロナンの頭をひっぱたいた。
「やめろよ! 蛙が嫌いになるだろ!?」
「ご、ごめん」
「あー、おっかしい!」
リリーは腹を抱えて笑っている。時折苦しそうに息を吸い込む声が聞こえてきた。腹の虫が収まらないカインは、つかつかと彼女のもとに歩み寄り、その首根っこを掴んで棚の近くまで引きずってきた。蛇の石版を取り上げると、リリーの目の前でちらつかせる。
「おい。蛇を頭に降らされたいか。おい」
「すみませんでした。やめてください」
リリーは笑みをしぼませながら目を伏せた。カインはため息をつくと、リリーの襟から手を離す。
そんなやり取りには目もくれず、シャープはただただ三列の文字を注視していた。そんな様子に気がついたカインが、服の中を覗いたりしきりに手を擦ったりしながら近づく。
「この文字が気になるんだな」
「ああ……って、どうしたんだ? 落ち着かないみたいだけど」
シャープは、必死に足の裏を見たり髪の毛を手で乱したりしているカインの様子をてっぺんから爪先まで見つめる。
「蛙がくっついた感触がまだ残っててさ、気持ち悪くて仕方がないんだよ」
同情混じった苦笑を浮かべると、シャープは文字群を見上げた。もう既に大体の見当は付いている。隣までやって来たリリーは壁を見上げ、首を傾げながら読み上げた。
「おぞらをかけるものひだりにはお、かにはほこりたかきけものまんな、いてつなあくまみぎにちをはうれ……なに?」
振り返ったリリーに、シャープは指を振る。
「それは棚の真上から読んだ時だ。考えてごらん。頭とお尻がくっついてるんだから、どこが始まりかなんてパッと見じゃわからないじゃないか」
ロナンは腕組みをして、唸る。
「つまり、どこかから始めれば意味が通るようになるってことか」
「そういうこと」
カインは目を輝かせて手を打った。適当に見当を付けて探していたのだが、ロナンの言うところの場所が三つ見つかったのだ。
「わかった! 『左には大空を駆ける者、真ん中には誇り高き獣、右に地を這う冷徹な悪魔』って書いてあるのか!」
ロナンは目を細めながら、冗談めかして尋ねる。
「本当にそれで大丈夫か?」
笑顔でカインはロナンの背中を叩き、棚の方へと送り出す。
「大丈夫だ、問題ないぜ!」
棚の前に立ち、ロナンは一人呟きながら石板を選び取っていく。
「ええと、大空っていったらタカだけだろ、獣はライオン、地を這うんだから蛇だ」
丁寧にはめ込むと、棚に埋め込まれた石板が光りを放ち始めた。同時に、先程の部屋から轟音が響いてくる。ロナンは三人がいるところへ駆け寄った。四人はしばらくの間視線を交わす。
「行ってみよう」
頷きあった四人は、前の部屋に駆け戻っていった。