第十四話 見える壁
ブロックに守られた仕掛けは、何の変哲もない床のスイッチだった。格別固かったり、上から降りると戻ってしまうこともなく、本当に単なるスイッチだった。
新たな部屋に足を踏み入れた四人は、再び何もない小さな部屋に驚いてしまった。しかも、今回は宝箱も、新たな部屋に繋がる通路もない。左側の壁に、碑文が刻まれているだけだった。リリーが一足先に碑文の前に飛び出し、大きな声で読み上げ始めた。
「真実を知りたくば、時にぶつかる勇気を持て? 何これ?」
三人も碑文を間近で見ようと、扉のそばから離れる。その瞬間、金属音を響かせ、鉄格子が扉を塞いでしまった。カインは慌てて扉まで駆け戻る。辺りを探るが、鉄格子を戻せるような仕掛けはない。舌打ちすると、カインは鉄格子を蹴りつけた。
「くそっ! 閉じ込められた!」
ロナンは特に心配もしていない様子で、頭の後ろに手を組みながら空を見上げた。
「気にしなくてもいいだろ。いざとなったらマイルストーンで外に出ればいいんだからさ」
そうかと言って、カインは首のマイルストーンを手に取る。だが、明らかに勝手が違っていた。マイルストーンは黒く濁り、いつもの輝きが失われている。息を飲んだカインは、ひっくり返った声をあげてしまった。
「ダメだ! マイルストーンの様子がおかしいんだよ!」
「何だって!?」
シャープがカインの悲痛な叫びに反応し、彼が立っている部屋の入口まで駆け寄った。マイルストーンを奪って眺め、シャープも思わず目をこすってしまった。普段は透き通り、見ているだけで希望が溢れてくるような緑色の光を放っている。しかし、今は禍々しい毒が中でうごめいているような有様になっている。到底使い物になりそうにない。シャープは閉じ込められた部屋を見回した。
「この部屋のせいだ。何かの魔力が、マイルストーンの力を抑え込んでいるんだよ」
「あくまで俺たちを閉じ込めようってわけか! くそっ!」
ロナンは地面を蹴る。リリーは泣き出しそうな目でシャープの胸元に飛びついた。
「お兄ちゃん、私たち、このまま……」
「大丈夫だ。ここの謎さえ解けば帰れる。とにかく、あの碑文のところまで行こうか」
シャープはリリーを抱え上げると、そのまま碑文の前まで歩く。リリーは涙を堪えながら、頼りのシャープにしがみつくだけだった。シャープは目を細めながら、碑文を一文字一文字詳しく見つめる。
「しんじつをしりたくば、ときにぶつかるゆうきをもて。何にぶつかれって言うんだ?」
「ね、もういいよ」
リリーはシャープから離れると、ぶらぶらと辺りを歩き回り始めた。ロナンはカインと話し込んでいる。シャープはいつものようにあごをさすりながら考え込んでいた。何も思いつかないリリーに出来ることといえば、炎の部屋の時のように、床に隠されたスイッチを探して歩きまわることくらいだった。壁に手を付き、一つ一つを丁寧に踏みながら歩いて行く。何にも起こらないまま、リリーは部屋の入口の真向かいを通りすぎようとした時だった。壁をなぞっていたはずの手が、急に空を切ったのだ。小さな悲鳴を上げながら、リリーはふらつき壁の中に体を突っ込んだ。
「うわあ! リリーが壁に埋まってる!」
カインはこの世の終わりを見たかのような叫びを上げ、リリーを壁から引きずりだした。息を荒らげながら、リリーの頭、肩、腕に触れていく。五体満足なのを確かめると、カインはほっと溜め息をついた。
「良かった。無事かぁ」
駆け寄ってきた三人の安堵した顔を見て、リリーは戸惑ってしまった。確かに壁の中へと入ってしまったが、埋まったのとは少し違った。『壁が幻』なのだ。リリーは返事も曖昧に、三人が止めるのも無視して、もう一度真正面から壁の中に突っ込んだ。中の光景に、リリーは目を丸くする。
「へぇ……すごいや」
中はごく小さな小部屋になっており、奥には床のスイッチがあった。リリーは大きく飛び上がると、全体重でスイッチを押し込んだ。
途端に、入り口の鉄格子が開く。三人の感嘆が聞こえてきた。リリーは顔をほころばせると、部屋の中でガッツポーズをしてみせた。