第十二話 小休止
「昨日はいろいろ聞けて楽しかった。今日も頑張れよ」
魔法陣の真ん中に立ち、四人は見送りに来たマルクに笑顔で応じる。今日は鍵を開いて新たな部屋へと踏み出すのだ。大きな期待で四人の体は勝手に震える。カインはマイルストーンを取り出した。その様子を眺めていたマルクが、思い出したようにそれを指差した。
「ああ。マイルストーンだがな、帰りは『帰りたい』と願うだけで十分だが、行きは現れる場所を指定しなければならん」
「どうするの?」
マルクはシャープを指差した。
「地図があるだろう? それを取り出してくれ」
「は、はい」
シャープは言われるがままにする。ゆっくりと歩いて行くと、地図を覗き込みながらマルクは四人に説明する。
「この地図を見て、入りたい部屋を指で触れながら『迷宮に行きたい』と願うのだ。そうすれば、次の瞬間にはその部屋に立っている」
「ありがとうじいちゃん。今日は一日取り掛かれるから、今日でおじいちゃんが行ったところまで到達してやるぜ!」
「待っててね、おじいちゃん」
カインとリリーの挑戦的な笑みに、マルクは年甲斐もなく同じ表情で応じた。指を伸ばしてカインが身につけているマイルストーンを小突きながら、歯を見せながらカインを見下ろす。
「そうか? そう甘いものではないぞ……ハッハッハ」
マルクはいつものようにからからと笑いながら魔法陣を離れた。カインは不敵な笑みでその背中を追いかけると、マイルストーンを首から取り上げた。マイルストーンを握りしめた右手に、シャープ、リリー、ロナンが次々に手を重ねる。カインは目を閉じると、『迷宮に行くぞ』と心の中で叫んだ。魔法陣が緑色に光りだし、四人の体を包んでいく。光が消えるとまた、四人もソノ村からは居なくなっていた。マルクは空を見上げる。
「さて、わしも楽しみにしているとするかなぁ!」
ふと、彼の脳裏に自分の人生を動かした二人の旅人が浮かぶ。カイン達のように元気に日々を疾走するような雰囲気ではなかったが、旅にかける思いは彼らに勝るとも劣らなかった。旅人としてのマルクは全て彼らによって培われたようなものだ。
彼らは今、どこで何をしているだろう。そもそも、生きているだろうか。叶わないこととはいえ、もう一度出会いたいものだ。
中央の燭台には、相変わらず小さな火が揺らめいている。カイン達は南側、つまり迷宮の入口側に立っていた。ロナンは深呼吸をすると、向かいの扉を強い眼差しで見つめながら拳を鳴らした。
「よし、今日も頑張りますか!」
リリーは小さな拳を突き上げた。
「おーッ!」
四人は高揚する気分のままに、走って向かいの扉に殺到する。カインは鍵を取り出すと、扉を封鎖する鎖を固定している錠前に差し込もうとする。しかし、自分自身が舞い上がってしまっているのと、全員気持ちがはやって自分を左右に押してくるせいで鍵と錠前がかみ合わない。大声を上げながら、カインは三人を押しのけた。
「だぁ! お前らのせいで鍵が差せないだろ!」
苦笑いしつつ、シャープは手を胸の前に持ってくる。
「ご、ごめん」
「鍵を差すくらい待ってくれよ……」
ため息混じりに、カインは鍵を捻った。錠前が外れる音がした途端に、銀の鍵は砂になって散らばる。錠前は地面に落ちた。カインはひざまずき、砂になった鍵を拾い、砂時計のように砂を地面へと落とす。
「鍵は再利用できない、ってことか」
リリーは子犬のようにうなりながら、小さく足踏みした。
「むぅう! 早く行こうよ!」
「分かったって。じゃあ、行くぞ!」
カインは扉を押し開いた。そして、拍子抜けした。今度の謎はどんなだと期待しながら開けたのに、目の前の部屋には何もない。強いて言うなら右手に解放された通路、ついで隅っこにごくごく小さな宝箱があるだけだった。
「何だよ、盛り下がるなあ」
カインは口を尖らせ、いかにも退屈ぶった様子で部屋の中心まで歩いていく。
「もっと謎解きが難しくなってくると思ってたのになぁ」
「ならないならならないでいいだろ? あんまり難しくなったら、ずっとシャープだよりになんじゃん」
気の抜けた口調で言いつつ、ロナンは宝箱を蹴り開けた。駆け寄って中身を見たシャープは不満な顔だ。既視感のある革の袋を箱から取り出すと、シャープはカインに放ってよこした。リリーはカインが開いた袋の中身を覗く。
「何これ? パチンコの玉?」
「そうみたいだな。……まあ、かなり減ってたから、必要っちゃ必要だけど」
悪い方向から意表を突かれ、完全にやる気を削がれているカインに、リリーはげんこつを入れた。
「カイン! 先行こうよ! 先に行けば気分が乗るような展開なんていっぱいだよ!」
カインは頷く。リリーの言うことはもっともだ。長い息を吐き出すと、ぶらぶらと石畳を歩き回っている二人を呼び寄せた。
「シャープ! ロナン! リリー様のありがたいお言葉だ! 心して聞け!」
おどけたカインに、シャープ達も合わせてひざまずいた。
「リリー様、いかがいたしましたか」
「うむ。皆のども、気を取り直して行こう!」
「はっ!」
先頭を切って走り出したリリーを、追いかけ、少年三人も新たな部屋へと駆け入った。