第十話 地、鳥、竜、人
次の部屋は丸く、とても小さな部屋だった。今まで吹き抜けの部屋が続いていたのだが、この部屋には屋根があるうえ窓はない。頼れる明かりといえば、入り口近くにある二つのかがり火だけだった。
「なんか不気味だね」
リリーはカインの背中に張り付き、その肩に手のひらを置く。本当はシャープの肩に掴まりたかったのだが、既に兄の背丈はそれを許してくれないのだ。そんな気持ちを知ってか知らずか、カインは緊張してしまった。普段から抱きつかれるような羽目にあったことはあるが、ぴったりと張り付かれたのは初めてだった。
「どうしたの? 震えてる?」
「そんなわけないさ!」
カインはリリーから離れた。このままくっつかれていては調子が狂って仕方がない。深呼吸すると、カインは周りを見回した。揺らめく光の中に、斜交いに四つの壁画が見えた。ドラゴン、火山、人、不死鳥。いずれも何かしらの場所に穴が空いている。そして、入り口と対面するように、四行の文言が刻まれていた。
竜の炎、鳥の炎に勝れり
地の炎、鳥の炎を生み出さん
人の炎、鳥の炎を継いで竜に勝らん
旅人よ、強き者を最後に示せ
「つまり、この四つに正しい順番で火を付ければいいってわけだ」
カインは口元に穴の空いた竜の壁画をなでながら三人に話し掛ける。それぞれ思い思いの場所に立ち、この不思議な部屋を探っていた。
「正しい順番か。俺にもある程度はわかるぞ。人は竜の後、鳥は地の後だ」
火口に穴が空いた火山の壁画を眺め、手のひらで触れながら呟く。他の壁画は、鳥には翼、人は持っている杖の先に穴が空いていた。精緻な出来の壁画達を見つめ、この壁画を書き上げるのにどれほど時間がかかっただろうかと、ロナンは邪推してしまう。その一方、シャープは問題の詩を間近で眺め、答えを探っていた。カインはその隣まで静かに近寄り、シャープに尋ねる。
「どう? 答えは見つかりそうか?」
シャープは石のように動かず、口まできかない。カインは目を細めた。
「なあ、無視か――」
よ、とは言い切らせずに、シャープが手を部屋一杯に響くほど高らかに鳴らした。
「取りあえずわかったよ」
「反応遅いって」
毎度のようにパチンコを取り出しながら、カインは真ん中に立つ。腕をいっぱいに開きながら、彼はシャープに尋ねる。
「どうすりゃいいのさ!」
「まず、火口にパチンコを撃ち込む。次に鳥、竜、人の順番だ!」
「オーケイ!」
シャープに言われるがまま、カインは四つの壁画を撃ち抜いた。周りの空間を照らし出し、何事もなく火は壁画に灯ったかに見えた。だが、次の瞬間だ。
「うわあぁ!」
カインの頭上の天井板が開いたかと思うと、思いきり彼に冷水を浴びせた。カインはあまりの寒さに飛び上がり、たまらず入り口のかがり火まで走って暖を取る。棒立ちになっていたシャープの方を振り返って、カインは苛立ち交えて大声を上げた。
「おい! どうなってんだよ!」
「あ、あれ。あはははは……」
シャープは頬を引きつらせながら、裏返った笑い声を上げた。ずぶ濡れになったカインに、ロナンはタオルを差し出す。満面に苦笑を浮かべている。
「まあ、そんなになるのは外れだっていう証拠だな」
そんなことを言われてもなお、シャープは腑に落ちない様子だ。左手はあごをさすったり髪を掻き上げたりし、右手は何度も詩文を往復している。柄にもなく、声まで上ずった。
「だって、これしか考えられないんだ!」
「でも外れたぜ」
「いや、答えはこれ以外に――」
文字通り、シャープは話の途中に腰を折られた。腹部目掛けて石で出来た引き出しが飛び出してきたのだ。くの字に体を折り曲げ、シャープは固い床に尻餅をつく。息を呑んだのはリリーだった。
「ゴメン! 私のせいなの!」
リリーはあわてふためきながら兄に駆け寄ると、その腹をさする。カイン達は何が起きたか一分もわからず立ち尽くしてしまった。
シャープは呆けただらしのない顔で、手を合わせている妹を見つめた。
「なんだ。一体何があったんだ?」
「何にもすることないから、さっきから壁際を歩き回ってたの。そしたらさ、」指差したのはカイン達がいないかがり火だ。「そこら辺の床が出っ張ってて、気になったから踏んでみたの。そしたら……」
リリーは石の引き出しを指差した。呑み込めたシャープは、別に悪くないと諭すかのようにリリーの頭を撫でる。その横をロナンがのそのそと歩いていき、引き出しの中身を引っ張り出した。
「何だ? 松明か」
「松明? 松明ねえ……」
寝っ転がるシャープの頭の中には、とある考えが浮かび上がっていた。