第一話 地下室のお掃除
三方を草木の生い茂る山に囲まれた山里、ソノ村。いざこざとは無縁の平和な村であり、村の住人全てが仲間である。嵐があれば皆で作物を守り、病気の人がいれば、皆で心配する。そんな村だった。
これは、ソノ村のとある秋に起きた出来事である。
「カイン、地下室の掃除を手伝って!」
木組みの家の軒先に立ったカインの姉が、畑のあぜ道を歩くカインに呼びかけた。しかし、カインは嫌な顔だ。背中に重いカゴを背負っているからである。
「ちょっと待ってよ。俺は収穫の手伝いをしてるじゃんか」
カインがその丸みを帯びた瞳を細めて文句をこぼす。姉――リーフはカインの所まで大股に歩いて行くと、カインの背負っている、小麦がたくさん詰まったカゴを無理やり引っ張り家まで引きずって行く。
「文句を言わない。今年は豊作だから、地下の物置の整理をしないと作物がしまいきれないんだって、言わなかった?」
「そんな事言ってたっけ?」
とぼけて首を傾げるカインに、リーフは顔をしかめる。
「言いましたぁ。だからそのカゴ、どっかに置いて手伝って」
「へぇい」
カインは間のびした返事をしながら、口をへの字に曲げてカゴを軒先に降ろす。十二歳のカインは、地下室があまり好きではなかった。怖いとは思っていないが、暗いし、めったに足を踏み入れないせいでホコリがひどく、クモの巣までいくつも張っている。そんなところの掃除は、おそらく小麦やじゃがいもの収穫より大変だ。姉にも聞こえるようにわざとらしくため息を付いてから、カインは姉が入口で待っている庭の地下室へと急いだ。
「ほら、早く支度して」
リーフは、カインにエプロンとバンダナを突き出す。エプロンなんて女らしいものをカインは付けたくなかったが、服がホコリまみれになるよりマシだとしぶしぶ身につける。そして、ホコリを吸ってしまわないようにバンダナで口元を覆った。その姿を姉に見せつけるように立つと、姉は地下室を指差した。
「はい。今度は中の荷物を全部出す」
「ぜんぶぅ? 俺と姉ちゃんだけで?」
「決まってんでしょ。荷物を出さなきゃ掃除はできないじゃない」
カインは再び露骨にため息を付いてみせたが、リーフは知らん顔で地下室に入っていった。カインは肩を落とすと、姉の背中に従う。思ったとおり、地下室の階段には足音が消えるほどホコリが積もっている。吸い込んだわけでもないのに咳き込みそうになった。壺を抱えた姉とすれ違いながら、カインは残りの三段を飛び降りた。ホコリが舞い上がり、ただでさえ暗い視界が白くなる。首を振り振り、カインは手近に置かれていた箱を取り上げる。綿でも詰まっているかのような軽さだった。文句を言うのは諦めると、さっさと仕事を終わらせてしまおうと階段を駆け上った。
カインが思った通り、地下室の荷物を全て出すだけでも並大抵の仕事ではなかった。なにせ全てを整理するのは祖父の代から四十年経った今に初めて行われるのだ。木箱が湿気で腐ってしまい、手に持つことさえ難しい物まであった。日の光が橙色になる頃になって、ようやくカインは姉と最後の金属製の箱を四苦八苦しながら取り出した。
「何で最後にこんな重たい物が待ち受けてるかなぁ」
リーフは地べたに座り込んで文句をこぼしている。しかし、カインは違った。箱が奥にあるものであればあるほど、中に入っているものが気になって仕方がなくなっていたのだ。最後の最後に待っていた金属製の箱を見ていると、開けたい気持ちが抑えられなくなってきた。カインは姉に尋ねる。
「姉ちゃん。これ開けてみてもいいかなぁ?」
「開けちゃえ開けちゃえ。その錠前を開けられるんならさぁ」
リーフはもう疲れ果てたようでへらへら力なく笑っており、後は野となれ山となれとでも言いたげだ。だが、彼女の言った通りである。その四角い箱には厳重に南京錠がかけられていた。カインは唸りながらしゃがみ込み、その南京錠を見つめる。ひどく錆びついており、鍵を見つけても穴にはもう入りそうにない。だが、鍵を見つける必要さえ無いようにカインには見えた。おもむろに立ち上がると、カインはその南京錠を蹴りつける。四十年の時を超え、腐りきっていたその錠前は呆気無く砕けて地面に落ちる。そのままもう一度箱を蹴り開けようとすると、なんと蝶番が壊れて上箱が外れてしまった。
「あ。やっちゃった」
「いいっていいって。気にしちゃだめ」
やる気を無くしてしまった姉を横目に、カインは箱の中から巻かれた羊皮紙を取り出した。箱自体は腐ってしまったが、中身は無事だったようだ。羊皮紙をしばっている細い草の紐を引きちぎると、恐る恐る羊皮紙を開いてみた。隅々まで眺め回し、カインは目を丸くする。
「なんだろう? どこの地図だ……?」