表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
L I M I T  作者: 植井 途央
5/17

第005話 消失

翌日は慌ただしかった。

いつもの土曜日の感覚で午前10時くらいまで寝てしまいそうだった航は、同じくいつもの土曜日の感覚で寝ていて、突然今日行われる行事を思い出しててんやわんやしている純一に“叩き”起こされた。

(少しは手加減しろこのクソオヤジ)

食卓に着いて未だに痛むわき腹をさすりながら、航は純一に毒突いていた。

するといきなり

「お前そんな悠長に飯食ってる暇ねーだろ!?」

台所から純一に怒鳴られた。

じゃあどう飯食えばいいんだよと更に毒突く。

「これ食ってけ!」

まるで心を読まれたかのように純一に言われた。

そう言われて台所の方に視線をやる。航の眼が、回転しながらこっちに向かって飛んでくる白い直方体を捕らえた。

「ぅわぁつっ!!」

反射的に捉えて、その熱さに手から取りこぼしそうになる。

「何だよこれ!?」

反射的に台所に向かって叫ぶ。

「見て解んねーのか!食パンだ。それ食ってけ!」

まだ台所で卵の“片手割り”で作る目玉焼き(99%の確率でスクランブルエッグ)を料理していた純一が、至極真っ当な返事を返す。

(これ食ってけ…って、俺はサラリーマンかよ…)

頭の中でぶつぶつ言いながら、それを咥えて家を飛び出す。

響と合流して学校に、いつものパターンだった。


学校も、いつもとは違う慌ただしい空気が漂っていた。

未だに採点ミス発見に尽力し続けている者、諦めて嘆いている者、自棄(やけ)になっている者、余裕な表情の者と、実に様々だ。

航は、諦めてはいたが、嘆く方ではなかった。

純一にテストの点がバレたからである。

昨夜、返ってきた解答用紙を、いきなりふんだくられたのだ。

不可抗力だ。

しかし、怒られると思って影にコソコソと隠れようとした航は、純一の言葉で安心した。というか、させられた。

「何だ、俺が高校生だった頃よりもイイ点取ってんじゃねーか。」

と言ったからだ。

その理屈も当然といえば当然だ。なぜなら彼は高校時代“走り屋”、つまり暴走族であり、それに打ち込み過ぎたせいで全くと言えるほど勉強してないからだ。

(当然だけどな…。)

今だからこそそう思える。しかし純一がもし高校時代に自分より高得点を取っていたのなら、と考え、即座に考えをくしゃくしゃと丸め込みダストシュートに放り込む。

“屈辱”の2文字が頭に浮かぶ。

そうなる事を断固として回避するために、ダストシュートに幾重にも封印を掛け、

次のテストは頑張ろう、という目標を頭で立てる。しかし、当の本人が1日たりとも実行は不可能だと考えていることから、実現にはほど遠い。



しかし、いくらそんな事を考えていても、時間は流れるものだ。

あっという間に、テスト返却が行われる時間となった。

そして、

「次~、忍坂」

「は、はい…」

航の呼び出しの番が来た。

授業参観の前にテストは返却されるのだ。

しかも、三者面談の形で。



「…はい、…はい。これからは、ちゃんと言って聞かせます。…はい。有難うございました」

面談に使用された教室のドアが開き、航と純一が出てくる。

次の親子が、親は怒った様な顔で、子の方はもう泣き出しそうな顔で教室に入っていく。

「お前…」

「!!!」

航の顔を冷や汗が筋になって流れる。

「お前、あんなにボロクソ言われやがって、……」

純一の肩が小刻みに震えている。

「…と…父さん?」

航の顔を汗が玉になって伝う。

「うっせぇ!こっちまで要らん恥をかいたじゃねぇか!」

純一が怒鳴って、隣の教室の次の面談を控える[1-4]女子の方の母娘(おやこ)が、水を打たれた様にこちらを見る。

その母親が、「あんたは大丈夫なんでしょうね!?」と必死に訊いている。

娘の方、但徠巫名は、必死に「大丈夫だって。ホントに!」と何度も繰り返す。



航に怒鳴った父親、純一は、怒りに任せて既に帰ってしまった。

「お~い、どうしたぁ?目が死んでるぞ」

響が航の顔を覗き込み、言う。

「や、何でも…ないんだ。ははははは」

半分以上棒読みで、航が返す。

「相当言われたみたいだな? …立ち直れるか?」

「…もう大丈夫だよ。…ははははは」

軽く返して、笑って見せる。ただ、笑みが響に一瞬で判るほど引き攣っていた。

「じゃ、行こうぜ」

響が航を気遣ってか、少々優しげに声を掛ける。

「へ!?……何処に?」 

航がつい焦った声を出す。

「…まだ立ち直れてねぇじゃねーか」

落胆気味に答えた響が、「メシだよ」と短く言う。

ああ!

航がやっと気付いたという声を出す。教室に掛けてある時計は、もう既に12時を回っていた。

「早くしないと食えなくなる」

「わ…分かった。すぐ行く」

弁当を鞄の中から引きずり出した航は、急いで響の後を追う。



海枌高校は、基本学食がメインだ。だが、弁当を持ってくる生徒もいる。航と響も、その中の一人だった。

そして、弁当を持って来ている生徒の特権に、好きな場所で食事が出来るというのがあり、弁当を持ってきている生徒の大半がこの目的の為だけにそうしている。

勿論、航達もそうで、毎回昼食は屋上のベンチで食べることにしている。



「遅い」

響の目の温度が氷点下に下がり、航を見る。

「やぁ、悪い。ちょっと用事があって…」

その返事に、響の目の温度がとうとう絶対零度に達する。

(あぁ……地雷踏んだなこりゃ)

航は、物の見事に時間をオーバーした。

それといった訳は無いのだが、敢えて言うと、屋上に来る途中で偶然、但徠巫名に話しかけられたために、響が屋上に着いた後数分経っても来られなかったのである。


但徠巫名が話したのは、あの祭りの時の話。

航は、祭りの時に突き飛ばした人が自分のクラスメイトだったとは知らず、かなりの衝撃を受けていた。

しかし、関係しているかといえば全くそうではなかった。


巫名は、航にあの大男の事を何度か訊いた。しかし、「知らない」という返事しか聞けなかった。

航は、あまり話したことも無い人にその祭りの時の事を話すのを躊躇った。

どうせ言っても笑われるだけだろう、という考えがあったからだ。

それゆえに、「知らない」としか答えられなかったのだ。

しかし、話を訊く巫名は本気だった。

そして、航が答えてくれないことに、もどかしさを感じていた。

(これ以上訊いても答えてはくれないだろう…。)

そう考えた巫名は、後で改めて訊こうと思い、時間をとった事を詫びてからその場を後にした。



「何で遅れたかは訊かねぇけど、とりあえずメシ食おうぜ」

響の言葉で、航は項垂れ、「ごめん」と、ただ一言だけ返し、響の隣に座った。


航は、今、あの事を話そうかと考えた。この後の行事等から考えて、今話した方が、効率がいいと思ったからだ。

「あのさぁ、響」

恐る恐る切り出した航だったが、またもやその話は中断されることになってしまった。




屋上に勝手に入ってきた小学生くらいの男子の甲高い声によって。




「うわぁ~~~!広―い!」

授業参観に子供連れの家族がいたのだろう。屋上のドアを勝手に開けて入ってきたその小学生くらいの男子は、航達を見るまでも無く一目散に屋上のフェンスに駆け寄ろうとする。屋上のドア方からは、「こら、走っちゃだめ!」という声が聞こえる。その子の保護者の声だろう。


「立ち入り禁止なのによく入れたな」

響が感心して漏らす。

「多分あの子は漢字が読めないんだよ。大体、お前がマジックで書いた“立ち入り禁止”の掛け札は、どう見ても嘘っぱちにしかみえねぇんだよ。高校生が入ってきても不思議だとは言い難いね」

航達の目が一瞬ドアの方に向き、その後またさっきの男子の方に移る。



その瞬間、

航と響の顔に驚愕の表情が現れた。なんとさっき走って行った男子の向かう先のフェンス、もう校舎建設時から30年以上風雨に晒されてすっかり錆付いているそのフェンスは、風に吹かれるだけでその本体から無数の鉄屑を振るい出す程に脆弱になっていたのだ。

幾つかのフェンスは既に留め具が外れ、風に晒されて前後に揺れ動いている。

学校側もそれを知って、今年の末か来年に改装工事を行う為に、全てのフェンスに“危険 進入禁止”と書かれた紙を貼っている。

しかし、さっき航達の目の前を走って行った男の子は、響のそれをまったく無視して入ってきたように、まだ漢字が読める年齢では無いらしく、平気でフェンスがある方へと走っていく。

フェンスの前までは何とかは大丈夫だろうと航達が安心しかけた時、


「ぅわぁっ!」

フェンスの前でその男の子が素っ頓狂な声を上げながらいきなり前のめりに倒れた。タイル張りの屋上の床に、昨日の雨で出来た水溜りの上で滑ったのだ。

「「「危ない!!!」」」

航と響、そしてさっき屋上のドアから入ってきた男の子の保護者と思われる誰かが、同時に叫ぶ。

“誰か”と表現したのは、航達が男の子の方に気を取られてそっちに視線を向けることが出来なかったからだ。緊急事態だもの。当然だよな。


そして、男の子は、そのままフェンスにのしかかる様な形となった。

「ぁ……っ…」

さっきまで元気良く走り回っていた男の子が一転、錆付いたフェンスの上で、自重によって少しずつ前に倒れていく。フェンスが悲鳴を上げる中、それにしがみ付いて声にならない叫びを上げる。

航は反射的に駆け出していた。

響は珍しく状況が飲み込めずにその場で固まっていた。

屋上に入ってきた誰かは、「先生呼んでくるから!!」と叫んで屋上に通じる階段を駆け下りていった。


男の子が乗っているフェンスは、もう既に水平角度に達しようとしていた。

フェンスがギリギリと嫌な音を立てて軋む中、航は隣のフェンスに右手を固定し、左手をその男の子の方に伸ばした。

そこで、響がやっと航の後に付き、航を支える体勢をとる。

(何なんだよこのフェンスは!?もう壊れ掛けているどころじゃ無いじゃないか!)

男の子に手が届かない焦りと怒りから学校の予算案と校長に盛大に毒突いた航は、それでも身体をさらに前に倒して男の子との距離を縮める。響は航の背中を、顔を真っ赤にして必死に掴んでいた。

ささくれ立った錆だらけのフェンスに航の手が食い込み、無数の赤茶けた鉄粉を飛ばす。それらが航の手に容赦なく襲い掛かってくる。痛みで顔を歪める航が


(もう…駄目なのか……)


そう思った時だった。

「先生呼んできたよ―――――――――!!」

先程先生を呼ぶために屋上から出て行った誰かの、航にとって妙に聞き覚えのある声が、屋上に大きく響く。

その後からドタドタと複数の足音が聞こえ、

「忍坂ぁ――――!!  羽祖ぉ――――!!   無事かぁ―――っ!?」

授業で何度か聞き覚えのある体育教師の野太い声がさっきの声よりも大きく響く。


(助か…った…)

航は安堵の溜息を漏らした。

響もその後ろで、航の制服から手を放してその場にへたり込む。

フェンスの上に乗っかっていた男の子も、大人が来た事を知ってか、泣き止んでいた。

その場にいる全員が、安心した表情を作った。


刹那


一筋の悲鳴が上がった。

ギィィィィィという音を発する悲鳴は、この場の誰からでもない、

航が掴まっているフェンスから上がっていた。

「忍坂あっ!!!離れろぉぉぉ!!!」

体育教師が叫ぶ。

だが、無駄だった。

航の重さに耐えることが出来なかったフェンスは、響の手が離れたことにより、軋み、呻いた。

最後に、バキンという鉄骨が折れるような音を残して、

フェンスが、屋上から消えた。

忍坂 航を巻き込んで。


「忍坂あぁぁぁぁ!!!」

「忍坂君!!!」

体育教師と屋上に入ってきた誰かが悲鳴を上げる。それでやっとへたり込んでいる響も異変に気付いた。

後ろを見ると、さっきまでそこにあったフェンスが、消えていた。

航も、いなかった。

(何…が…!?)

考えが停止した。

それに気付くのに数十秒かかった。

気付いたのは、屋上に来た誰か、但徠 巫名と体育教師が、フェンスがなくなった跡に走り寄って来た時だった。


(嘘だろ!?)

そう、信じたかった。

そして、反射的に下を見下ろす。


フェンスは、跡形も無くなる位に拉げ、所々折れていた。

男の子は、隣のフェンスから無事救出された。但徠巫名の弟だった。

そして、航は…



響は、急いで下を見下ろした。

社会の授業のときに習った清水の舞台のように、人間はビル5階から落ちても死なないと言う事が頭に浮かんだからだ。

しかし、

(いない!?)

響はこれまでに無いほど焦っていた。

屋上から見える範囲を見ても、航らしき人物が倒れている様子はない。

横で見ている体育教師と但徠も、そして航が落ちるところを途中まで見ていた男の子まで、驚きを隠せないようだ。

(嘘だろ!?何で!?)

響がそう思うのも当然だった。

なぜなら、


航が、いなくなっていた。

つまり、この場から消えたからだった。




響を始めとする数人が集まっている屋上の静けさを打ち破るように、昼休みの終わりを告げるチャイムが、強く、しかし虚しく響いた。

取り残された全員は、その場で固まったまま、動くことが出来なかった。




本来の設定ではここで1章完結です。2章はいきなり悪の秘密組織的な感じの内部から始まります。まったくあの頃に自分は何を考えていたんだろうか

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ