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L I M I T  作者: 植井 途央
3/17

第003話 祭り 後編


ドォ―――ン、ドドドドドォォォォォォォォオオン



花火はいよいよラストスパートを掛け始めていた。

そのことで、最後くらいは前で見ようと、人の量がさらに急増する。

(あっ、響…。)

すっかり忘れていた。さっきまでは航の眼前約10メートルもない場所で柵に掴まっていた響を、見失ってしまいそうだった。

航は、花火大会開始直後に響がいた場所を見る。やはり、響はそこにいたままだった。

何だ。やっぱりあいつも、動けないままでいたのかな。

“動けない”の言葉で、さっき自分が置かれて硬直状態になったときの光景が、脳内にフラッシュバックした。



消えた花火の超大玉、気付かなかった観光客。



錯覚と思おうとはしたものの、忘れようとしても忘れられそうに無い光景が、今の航の心を不安にした。


さっきの出来事を…響に…打ち明けてみようか。

今の航の中では、響が一番頼もしく思えた。

そう思うと、自然と足が動き出す。響に聴いてもらえる事で、心の負担が少しは軽減されると思ったからだ。

しかし、増えた人々が作る巨大な流れは、航が前に進むのを拒んだ。

止まっていると、押し流されそうになる。


(こうなったら強行突破で…。)

そう決意してドォンドドォンと最終幕の打ち上げ花火の上がる音のする中、流れを逆に進もうとした。

瞬間、


唐突に、誰かが航の手を掴んだ。

航は、反射的に振り返るしかなかった。


えっ…………? 


そして、航が目にしたのは、これまで映画の中でしか見たことのなかったような、黒服の、“マフィア”とも言えるような大男だった。



(…誰だこいつ?)



きょとんとしている航の背後から


「忍坂航だな?」


周りの喧騒を一瞬で静寂に変えてしまいそうな低い声で、男が航の名を言った。

「少々、話がある。同行を願いたい」


航は、その場で固まって、何もすることが出来なかった。ただ、目の前にいる大男のことや、さっきの光景のことで、頭の混乱はピークに達していた。

「同行を、願いたいのだがね。…忍坂航?」 

男は、また唸る様に低くそう言うと、掴んでいる航の手を、強引に引き寄せようとした。

抵抗しようとしても、決して抗えない。途轍もない力だった。航の手が、ギリギリと音を立てる。


(うっ……)

苦しさに顔を歪めながらも、航は目の前の見知らぬ大男から離れたいがために、未だ混乱している頭の中でも男の一瞬の隙を突いて手を振り解けるように準備しようとした。

そのとき、

「おーい。航~」

喧騒の中から、響の声が聞こえた。 航が戻って来ないのを気遣い、呼んでくれているようだ。

男が、響の方に目をやる。航には、男が一瞬、ほんの一瞬、手から力を抜いたのが解った。

響の声が、今の航には最大の救いだった。

その一瞬を無駄にしないようにと、

「…はっ!」

出来る限りの最大の力を出して男の手を払い除けた航は、周りからの苦情など全く気にせず、響の元へ走った。

(はぁ…はぁ…何なんだ、あれ?) 

再び航の頭の混乱がピークに達しようとしている。

たった10メートル前後の距離であるにも関わらず、航にはその距離が真冬のマラソン大会のそれよりも長く感じた。後ろを向くと、あの大男が物凄い力で人混みを掻き分けて進んでくるのがはっきりと見えた。

その恐怖感が、航を更に焦らせた。

そして、焦るがゆえに、

「はあっ…はぁ…… うわ!」

「ぅわぁっ!」

いきなり、前方の誰かにぶつかった。

ぶつかられた誰かは、盛大に尻餅をついた様だった。

「ごっ…ごめん!!」

航は、その人の顔も見ることが出来ずに、ただ叫ぶように謝って、再び駆け出した。


恐怖で頭をいっぱいにしながら。



但徠(そらい)巫名(かんな)は、見てしまった。

倒れた自分の目の前を、同じクラスの航が走って行った後に、通り過ぎていった黒服の大男を。

最初は、祭りの中で自分を突き飛ばし、こちらの顔も見ずにただ謝って走って行ってしまった忍坂に、憤りさえ感じていた。

“何あれ!?謝りもせずに行くなんて、子供(ガキ)っぽい!”

それが感想だった。

しかし、立ち上がろうとした次の瞬間、

彼女の身体が一瞬宙に浮いた。いや、吹っ飛ばされていた。

「………!」

ふわりと浮かぶ感覚が、彼女の思考を停止状態にする。

えっ………!?

何が起こったのか、解らなかった。

しかし、自分の目の前の観光客も同じように宙に浮いて驚いているところを見ると、自分だけではないのが一瞬で解った。

彼女の目には、眼前を猛進していく大男の姿が映った。そして、その男が誰を追っているか、解った。

(あの男子だ……)


目の前の事実が、どうしても理解できなかった。




「響!」

「あ、航―。遅かったじゃなうえぇっ!?」 航はいきなり響の手を掴んで引っ張った。

「説明は後だ。逃げ切るぞ」 航の形相は真剣そのものだった。

「お、おう。分かった」

つい勢いに任せてそう言ってしまったものの、響にはこの状況の中でなぜ走るのか分からなかった。

そして、走り出そうとしている航に手を引かれながら気付く。


“あれ”か…!?

黒服の、大男。航達がいる方向を目指して、猛スピードで近づいてくる。距離は、もう5メートルにも満たなかった。

血の気が引いた、と言うのが、そのときの感想だ。

「何なんだよ!“あれ”!?」

走りながら、横にいる航に向かって叫ぶ。

「知らねーよ!いきなり追っかけてきたんだ!」

航も、響に叫ぶように言う。

「何か訳解んねーけど走るぞ!」

どちらからとも無く言い、自転車が置いてある学校までダッシュする。このとき二人とも、自転車で来ていればよかったと心底後悔した。


大男は、もうすぐ近くまで迫っている。

しかし、航達の足では到底逃げ切れそうに無い。

半分諦めかけていた航達の所に、天の救い(航にはそう思えた)が来た。


「あんれぇ~?航じゃねえかい」

「父さん?」

航の父・純一が、車から顔を覗かせていた。

「よぉ。何でこんな所走ってんだよ。祭りはあっちじゃねーか」

航の耳にそんな言葉は入ってこない。後ろに、さっきの自分達と同じく走って来ている大男の姿を、視界の端に捉えたからだ。

父さん!乗せて!

そう言うが早いか、純一が「ちょ、お前何やってんだ降りろ!」と叫ぶのを完全無視して後部座席に飛び乗った。

バン!と強引にドアを閉める。そして、

「学校まででいいから送ってくれ!」

そう叫んだ。

純一はさすがにそこで何かヤバイ事でもあるのかと気付き、

「はぁ…気絶すんなよ」

と一言だけ言い、アクセルを乱暴に踏んだ。隣では響が冷や汗をかいていた。


ヴォゥン!!

ギュギャギャギャギャ!!!

エンジンが悲鳴を上げて、タイヤが高速で回転する。


夜の比較的空いた道路を、一台の車が疾走していた。道路標識の“50”の数字とは、2倍くらい大幅にかけ離れている速度だった。


航は、警察が来ませんようにと一心に祈った。

響は、隣で気を失っていた。




学校。

「着いたぞ。降りな」

純一は、運転していた車を止めた。

そして、後部座席の扉を開けて、息子達が出るのを待った。

しかし、すぐ降りて来ても良さそうな航達は、一向に降りて来ない。

不審に思って純一が見ようとするとようやく、息子の航が出てきた。

友人の羽祖 響を引きずるようにして。



「いやぁ~、すまん、すまん」

「い…いや。こちらこそすみません。俺、車弱くて…」

響は見事なまでに酔っていた。まぁ、高校生時代の暴走族であった純一の運転自体ガサツ過ぎるのが悪い。

「と、とにかく、父さんは、祭りを楽しんで来てよ」

話が長くなりそうだった2人の会話を断ち切るために航が満面の作り笑顔で言った。

「ぉ…おう。」

その笑みを向けられた事が満更でもなかったらしく、少々たじろぎながら純一はそう返して、車に乗り込んだ。

単純な親父だぜ。まったく

再びギュギャギャギャギャというエンジンの悲鳴が聞こえ、車は去っていった。

後には、航と、顔を青褪めて倒れかけている響だけが取り残された。


「やっぱ、家まで送ってもらった方が良かったか?」

「そしたら…今頃車の中でゲロってる」

「……チャリで帰れるか?」

「今は無理…かも」



3話です。話し言葉の「」の最後を。」で終わらせてた分の。を消すくらいの操作はしましたが基本改編なしです。

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