第016話 組織の中で Ⅳ
闇に包まれた空間―――
幾つかの光が小さく灯る空間、
その中に据え付けてあるスピーカーから、声が響く。
「最高指揮官。連絡事項があります」
「Cブロック情報収集部長官か。何の用だ」
機械の合成音のような声が、響く。
「は。選ばれし者2名、“地球”の忍坂航、“ウィラム”のローラ・ヴィラストスを連れて参りました」
情報収集部長官の後ろでは、「俺らが捕らえたのに…」「自分だけの手柄のように自慢して…」と、ゾルスとフィルが呟く。情報収集部長官は、その愚痴を軽く受け流す。
「現在その二人は」
「まだ眠っております。睡眠中に脳内の情報を書き足しておきますので、“SIMS”についての説明は不要でしょう」
「………分かった。任務の続行を命ずる」
「は、承知致しました」
情報収集部長官は恭しく敬礼をする。その様子を、後ろから捜索兵二人がジトッとした視線で見る。
「対応の仕方が、180度違いますね」
「全くだ。もう少しくらい部下を大切にしたって罰はあたらねぇ」
「あーあー。何も聞こえない。おかしいな。何も聞こえない」
情報収集部長官がわざとらしく耳を押さえ込む。ゾルスとフィルは呆れたが、
「ということで、耳が遠くなっては情報操作が出来そうにないな。あの選ばれし者達の記憶の上書きは君達に任せることにするよ。」
いつでもワル知恵をフル稼働させる情報収集部長官に半ば感心し、
(駄目だ。この人には勝てない)
互いにそう思うのだった。
別室―――
「う……ぅん?」
航は目を覚ました。
目の前にはローラがいて、目を瞑って息をしているのが分かる。まだ眠っているようだ。
(ここは何処だ?)
そう思い、立ち上がろうとする。
「よ…っと」
ギシッ…
「え…あれ?」
ギシギシッ……
何かに阻まれるかのように体が動かない。
(何だ?)
そう疑問に思い、自分の手や、足元を見る。
「うわ!何なんだこれ!?」
思わず声に出してしまう。手足には、ワイヤーのような物が幾重にも巻かれている。手足を動かそうとするとそれが皮膚に食い込んで痛みが走る。
ギシッ……
(痛っ………あれ?)
痛みが手足に走る中、航はあるおかしなことに気付いた。
(体が………やけに軽い…?)
手足に巻かれるワイヤーのような物の締め付けは痛かったが、半端じゃないほどの痛みではなかった。それに、動こうと思えば、転がるようにして難なく移動が出来た。
(何だか変な感じがする。カリウスのキール宅は後にしたばかりだし、目を開けたときに見えた響は偽者とは思えないし、それに…)
航は自分の右脇腹を見る。
転がった衝撃で少し上にめくれた服の端に覗く肌には、痛々しい楕円形の青痣が見える。
(この痣も、あの時に付けられた物みたいだし…)
あのときの光景が、鮮やかに蘇る。
まだ痛む脇腹を擦ろうとして、手足が自由でないことに気付き、諦める。
(…はぁ)
一つの大きな溜息をついた航は、
(何か無いのかなぁ…)
部屋中を見渡して使えそうな物がないか探そうとした。出来れば手足の枷の痛みから脱出したい。
数秒後、使えそうな物は見つけられなかったが、航は部屋の端にお盆くらいの円形の窓を見つけた。
(外を見れば、ここがどこか分かるかも知れない)
他に移動手段が見つからず、部屋の中をゴロゴロと転がっていった航は、壁に背をもたれさせる様にして立ち上がった。その途中も、ギシギシと音が鳴りながらワイヤーのような物が腕や足に食い込む。
(痛っ……と。あ、これで見えるな)
航は窓に顔を近付ける。
目に飛び込んできた景色は、
(え?)
真っ黒い背景に、白い絵の具を小さく飛ばして模様を描いたような小さい粒が沢山あり、幾つかは輝いているように、また幾つかは点滅しているように見える。そして、その全てが微妙ながらも動いている。
(えーと、これは………)
航の頭の中には、中学生の頃の理科の授業風景が蘇る。
《え~、天体には、恒星と言って自ら光を放つ物と、その他の物があるわけだ。で、地球で夜に見える天体の中でずっと光っているのが恒星、点滅するように光っているのは恒星の光を反射しながら光っている天体、ということだ。解ったかね?》
中学生の頃に担任だった前方ハゲの理科教師が、手に持った差し棒で黒板をタンタンと叩く。その教師の前では、必死にノートを取る生徒達。勿論航も含まれていた。
(……………)
航の顔には、幾筋もの冷や汗。
(これは…その…何だ?)
『決まっているじゃないか。宇宙のど真ん中だよ』
突然後ろから声がした。
「!!」
航が驚いて振り返る。後ろには何も無かったが、キョロキョロと辺りを見回すうちに、天井にスピーカーのような物があるのを見つけた。
「宇宙のど真ん中って、どういうことだ?プラネタリウムにでも連れて来られたのかよ」
『そうじゃない。本当に宇宙のど真ん中にいるのさ』
スピーカーからまた声が響く。こちらの声が聞こえているらしい。
「証拠を出せ、と言っても、出してはくれないんだろうな」
『当然だね。簡単に秘密を曝け出すと守秘義務に反することになる』
「じゃぁ一つだけ、あんたは誰なんだよ」
『俺か? そうだな。強いて言うと君と同じ立場にある人間、とでも言っておこうか』
スピーカーからは、フフフという笑い声。
(同じ立場? というと、俺みたいにここに連れて来させられた人間…って事か?)
「俺にどうしろと言うんだ」
『もう少ししたら、全て理解できるときが来る』
航の後ろで、スゥッと音も無くドアが開く。スピーカーに注目していた航は、勿論それには気付けない。
『君も、彼女もね』
航はとっさにローラの方を見る。
「俺達に何をしようというんだ。警察に通報されたら終わりだぞ」
『警察?…フフ。馬鹿な事を。生憎だが、さっきも言ったように、ここは君が住んでいた地球でも、そこの 彼女が住んでいたウィラムでもない、宇宙のど真ん中だ。地球の何処かで警察がいくら捜したところで、君らを見つけ出せる筈が無い。窓から見える景色が、その証拠だ』
開いた扉から、静かに二人の人物が入ってくる。一人は手に短刀を、もう一人は拳銃のような物を構えている。そして、航が気付かないうちに、後ろに寄っていた。
「……俺が何をしてここに連れて来させられたのか、訊いていいか?」
『やっと現状理解が出来たのか、うん。まぁ、教えてやってもいい。一言で言うと、君は“選ばれた”のさ。今言えるのはそれだけかな』
「誰に」航は言おうとしたのだが、言葉が出なかった。後頭部に、鈍い衝撃が走ったからだ。
「まさか起きるとはね。睡眠薬が効かなかったのかしら」
航の後頭部から短刀の鞘の部分を外し、捜索兵フィルが呟く。
「何か知らねぇが、早めにやってのけるぞ」
その後ろから、拳銃のような物を下ろし、捜索兵ゾルスが言う。
「長官……」
二人の捜索兵は、天井を見上げて、正確に言うと据え付けてあるスピーカーを見てそう言った。
『何だい?』
「情報操作は、いつ行えば良いでしょうか」
『今すぐにだ』
間髪をいれずに情報収集部長官から返事が返ってくる。
「何故です?」
ゾルスとフィルは本当に訳が解らないといった顔で訊く。
『最高指揮官からの連絡によると、その少年は害となりうる薬類の効果が極めて薄い体質だそうだ』
「その…薬類の効果倍率は」
『10,000分の1と言っていたな』
「では…」
『何度も言わせるな。今すぐに、だ。情報の上書きをしている最中に意識が戻ったら、脳内で情報爆発が起こってしまう。個人の死にも繋がってしまう事だってある。極めて危険だ』
「承知致しました」
二人の捜索兵はどちらからと無く天井に向かって頭を下げた。
管理室
情報収集部長官は頭を抱えていた。外からの回線を一時シャットアウトしているため、声は回りに届かない。その中で、彼はただ一人呟いていた。
「まさか…まさかな。連れて来られた少年が、俺と同じ能力を持っていたなんて。…まぁそれ故に選ばれたのかも知れないな。あいつら(捜索兵二人)には体質といって誤魔化したが」
彼は大きな溜息をつく。
「あの少年も、脳内情報の上書きが終わったら、めでたくコマンダーへ昇任か」
彼は、頭の中である事を思い浮かべる。
「俺みたいな普通のコマンダーだったら、あの少年も苦労しないだろうに。さすがに、今空きがあるコマンダー配属は、マズいよな」
そして、更に深い溜息をついて、再び確かめるように言う。
「V計画総指揮官なんてなぁ」
そう言って、再び頭を抱え込む体勢をとった。
時は、刻々と迫っている。
最高指揮官をはじめとする“SIMS”なる組織は、現在抱えている深刻な危機に応じて新しく、コマンダーと呼ばれる各機関の最高責任者の枠に空きを作ったのであった。情報収集部長官の目の前に置いてある大きなモニターには、一つのリストが載っており、そこには人物像と配属先の機関名が記されていた。
配属先は、V計画。
配属称号は、最高責任者。
そして、人物名は、 忍坂 航 ――――――
中途半端に次の一回分くらいで終わってました。受験勉強でしょうかね・・・・・・時間があればもっかい考えて書きます