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L I M I T  作者: 植井 途央
15/17

第015話 つかの間の再会



プルルルルルル…………

明るい午後の室内に電子音が響く。



航が失踪してから約2週間後―――――

海枌高校ではもう夏休みとなっている7月23日の午後。

但徠巫名の家に電話が掛かってきたのは、そんなときだった。

「なるべく今から来て欲しいんだけど、時間ある?」

前置きもなしにそう言って来たのは、航の失踪に関する情報を共有する、羽祖 響からだった。

心なしか電話の向こうの声が弾んでいるような気がする。


「あるけど、何で?」

コードレス電話を片手にTVの画面を凝視したまま、巫名が答える。

「画期的な方法の準備と実験の目処が立ったんだ」

「…ここで話して」

TVでは巫名がファンのタレントが話をしている。あまり動きたくないというのが本心だ。

しかし、

「とにかく来てくれたら話すから。じゃぁ、また後で!」

そんな巫名の気持ちを完全に無視して、用件も何も伝えないまま響は電話を切っていた。


「…もぉ。何よまったく」

渋々文句を言いながら、巫名は立ち上がる。TVの電源を落とし、外出するために玄関へ向かう。

途中で小学生になったばかりの弟が「デート?」と訊いて来たが、無視。全くどこでそんな言葉を覚えたんだという疑問が頭を一瞬過ぎるが、今はそれどころではない。靴を履いて、愛用の自転車に乗り、響の家がある栄川の方角に向かってペダルを強く踏んだ。



羽祖家二階最奥部中心

もとい、響の自室に、二人はいた。

この前のように、ガラクタが並ぶ部屋に向き合うようにして座っている。

「で、用件は何なの?」

巫名が切り出す。至福の一時を邪魔されたことで、声には怒りの感情も混じる。

「電話口でも言ったろ。画期的な方法を実現させられる」

怒りを受け流すように、響が答える。

「…それで、忍坂君は戻ってくるって言うの?」

「…ん…それはまだ分からないけど」

頼りない答えに、巫名は呆れる。

「じゃあ意味無いじゃない」

「そう言うなって。何事も最初は実験からだろ」

「理科教師ですか」

「違う。…話を逸らすなよ。ということで本題」

急に話を変えた響を訝しげに見つめる巫名。響が自信たっぷりに“本題”を語ろうとしたところに、

バン! ドタタ!!

盛大に音が響き渡った。その音で、二人とも突っぱねられたかのようにそっちを向く。そしてその先には、

「とっ…父さん、…母さん!?なんで二人とも……」

響が座ったまま素っ頓狂な声を上げる。

「いやぁ、二人とも、座ったままじゃ何も進まないから…ねぇ(母)」

「響が…響がやっとカノジョを…(涙の父)」

「「違う!!」」

響と巫名が同時に言う。響は何故かひどく赤面していた。

「いやでも…」

響の父が名残惜しそうに言う。

そこを、

「出てけぇ―――!!!」

響が一蹴した。どうやら過去1度羽祖家に来たことがある巫名は響の両親に響のカノジョと認識されていたらしい。響はそれでも良かったのだが。


「ごめん。迷惑掛けて」

響は未だ赤面したままだ。マンガだったら頭から湯気が立ち上ってプシュウウウウといっているところだろう。

「いや…いいよ。それより、その“本題”とやらを話して」

間を持たせるために巫名が先を促す。

「ああ。そのことなんだけど、」

響の表情が一瞬で引き締まる。まるで百面相だ。巫名は見ていて笑いそうだった。

「確かめる方法を掴んだんだ」

響が確かめると言ったのは、先日発見した空間断絶のこと。その際、響は巫名に助けてもらったため、情報の共有として巫名に新しい発見等を知らせて、と頼まれていたのであった。

「何を?」

訝しげに巫名が訊く。

「見たら分かるって」

巫名が見ている視線の先で、響は黒地のリュックをゴソゴソやって、その中から直方体の小さく黒い物体を取り出した。今度はそれを巫名のほうに突きつけ、「どうだ!」とでも言わんばかりに満面の笑みを顔に浮かべた。


「……ごめん。見てもさっぱり分からない」

響が求めていた答えには程遠く、巫名が一瞬で匙を投げる。

「本当に分かんないのか?」

響が呆れ顔で聞いてくる。

「とにかく教えなさいよ」

巫名の一声で、響がつまらなそうな顔をし、「カメラだよ。超小型カメラ。」と呟くように言った。

「なるほど……」

そこで巫名が初めて納得したように漏らす。

要するに、響は今手元にある超小型カメラをこの前飛ばしたラジコンに付けてあの空間断絶の中へと再び投入しようとしているのだ。

「どこか別の場所に通じているのかが分かれば、学校の屋上より下にそう言うところが無いか調べられるじゃないか」

響の顔にまた笑みが現れる。表情の変化が激しいなぁと思いながらも、巫名は考えに少々の不安を抱きながらも賛成した。


「じゃぁ出発!」

巫名の肯定の答えを聞いた瞬間、響は駆け出していた。

「あ…ちょっと!」

巫名も駆け出そうとしたところに、ドガガガガシャァァァンという盛大な音が響く。

巫名の視線の先、階段の下では、響が両親を巻き込んで倒れて目を回している最中だった。

響の両親の頭上には、丸いお盆と2つのコップにさっきまで注がれていたであろうオレンジ色の液体が飛び散っていた。ジュースを持ってくる事を口実に様子を見に来ようとしていたらしい。

階段を駆け下りた巫名は響を気遣い、「大丈夫?」と声を掛ける。

すぐに起き上がった響は未だ自分の下に倒れている両親を一睨みし、階段の途中に転がっているリュックを駆け上がって引っ掴むと、そのまま外へ飛び出した。巫名も後に続く。



栄川河川敷看板横

もとい、空間断絶の目の前に、響と巫名は来ていた。響が、黒地のリュックからさっきの超小型カメラとラジコン飛行機を取り出す。カメラとつながっているモニターを引っ張り出し、電源を点けて、映りを確認する。カメラを向けた先、栄川の水流と雑草が映った。

「よし」

操作を確認した後、響がビニールテープを使ってカメラをラジコン飛行機の機体に固定、リモコンとラジコンの電源をONにし、この前のように5メートル程滑走させ、宙に浮かせる。モニターに、少々ぶれながらも青い空と白い雲が映される。

その勢いで響はリモコンの操縦バーを自分の前方、空間断絶があった方へと向け、傾ける。

同じくこの前のように、飛行機が何も無い空間に吸い寄せられるように消える。

「但徠さん、モニター頼む!」

操縦バーから手を放せない響が、巫名にヘルプコールした。声につられるように、巫名がモニターを覗き込み、

「ええっ!?」

小さく叫び声を上げる。

「何が見えたの?」

上から響が訊いてくる。しかし巫名が答える前に、響もしゃがんでモニターを見つめ、

「えええっ!?」

巫名と同じく叫んだ。

響と巫名が見ているモニターの中、正確にはラジコンにつけられたカメラを通しての映像の中には、何処かの室内の様子が映されていた。室内といっても体育館並みの広さだ。しかも壁に何本もの大小のコードが通っていた。壁には、「SIMS 管理統括ワームホール」と表示があった。その文字の他にも、“SIMS”だけ同じで後に見慣れない文字列が続いている文がいくつもあった。

「こんな所に繋がっているなんて………」

響が驚愕のあまり呆けたようにして呟く。巫名も驚きを隠せないようだ。

「“SIMS”って、何なの?」

恐る恐るといった感じで、巫名が訊いて来る。

「解らない。何かの企業かな」

響が答え、その後すぐに何か引っ掛かりを感じる。

「………あ、でも企業だったら、ワームホールなんて言うものを管理できる訳がない。科学結社の類か?」

そう言って、黒字のリュックからノートパソコンを取り出し、電源ボタンを押した。

「調べ物?」

巫名が横から訊いて来る。「ああ」と答え、起動した直後の草原の画面からインターネットに飛ぶ。

大手検索サービスサイトの検索欄に迷わずSIMSと打ち込み、横にある検索ボタンをクリック。

検索欄“SIMS”には、二次イオン質量分析計というサイエンス系のサイトと幾つかの個人ブログしか載っていずに、大企業のようなものは載っていなかった。

「見つかった?」

黙りこくる響に巫名が心配そうに訊く。響は、「いや、見つからない。」と一言言っただけで、ノートパソコンの電源を落とした。

「ハッキングしようにも、元サイトからの情報の破片がないと無理だからなぁ」

響が深い溜息を漏らす。

「さっき言ってた“二次イオン何とか”っていうのは関係ないの?」

「化学用語だよ」

「どういうの?」

「分析自体は約20年前に開発、イオンスパッタ法と磁性質量分析法を組み合わせた分析法で、O?+やCS-のイオンビームという一次イオンを試料に照射し、試料から放出される正または負の二次イオンを質量分析により定性・定量を行うこと。特にプロ○オン社の分析は欧州で高く評価されていて……って、但徠さん…大丈夫?」

響の目の前で、巫名が固まっていた。

「羽祖君、カンペとか持ってる?」

「いや。持ってないけど」

巫名の問いかけに、首を横に振って応じ、空中で両手をヒラヒラさせる響。

「どこで覚えたの?」

「どこでもいいだろ」

そう言って、仰向きに寝転がる響。



目の前には、迫ってきそうな青い空。

白い雲が視界に幾つも現れ、消えて行く中、

(何かいい打開策はないのかな…)

響は一生懸命に何かを考えていた。そんな中、巫名が

「あ――――っ!!」

周りがびっくりする程の大声を出した。

「うわ!?」

声に驚いて響が体を起こす。

「何だよ急に」

「これ!これ見て!!」

巫名がモニター画面を手で示して叫び声を上げる。

「どうかしたの…わっ!」

画面には、銃のような物を構えた人間らしき物が映っていた。

「今すぐ引き返さないと…!」

「リッ…リモコン!!」

そばに落ちていたリモコンを拾い上げ、操縦バーを自分の方向に思いっきり倒す。

ブゥン!

画面の中ではラジコンのプロペラ音と銃を構えていた男の「んぎゃあ!」という悲鳴以外何も聞こえないし見えない。画像が悪すぎる。


「っおおおぉぉぉ!」

響は操縦バーを折れんばかりに引っ張る。やっと画像が安定し、ラジコン飛行機が響達の目の前に現れた瞬間、

「ゎぁぁぁああああ!!!!」

先程モニターに映っていた人物が飛び出し、そのまま水面に向かって真っ逆さま。

ドバシャアアアァァァン!!!

小さく悲鳴を残したまま、巨大な水柱を上げた。


「ええと、……」

冷や汗を顔に浮かべ、パソコンとラジコンをリュックにしまいながら、響が切り出す。

「どうする?」

横で巫名が響よりも大量に冷や汗を流して相槌を打つ。

「逃げようか」

「…うん」



川に落ちた人物が、水面から顔を出した。

被っていたヘルメットのような物を外し、乱れる息を整える。

「畜生、以前にも爆発物が投入されたからって警戒してたら、ただのラジコンだったじゃないか…」

自分が先程まで握り締めていたトランシーバーのような物を水底から救出する。

「………」

通信は、既に切れていた。

川に落ちた人物は、深い溜息をつく。

「まぁいい。先程捜索兵からも連絡があったことだし、一件落着したから良かったという事にしておこうかな」

少しだけ笑顔になりつつもそれはすぐに薄れてゆき、人物はまた溜息をついた。

そして、小さく漏らす。

「俺、どうやって戻ればいいんだろう…」




「あれ?」

捜索兵(サーソル)フィルが右手に持っているトランシーバーのような物を訝しげに見つめ、声を上げる。左手(正確には左腕)には、一人の少年。

「どうした?」

隣から、同じくトランシーバーのような物を持った捜索兵(サーソル)ゾルスが返答する。左手(正確には左腕)には、一人の少女。

「通信の様子がおかしい」

「ん?」

ゾルスがフィルの言っている事を理解しようと、それを耳に強く当てる。

「「長官?」」

二人とも、さっきまで話していた人物に呼びかける。

トランシーバーのような物からは、ガボゴボガボという水を飲むような音と、ビリビリバチバチという回線がショートするような音が聞こえた。

「長官、何をやっているんだ?」

ゾルスが訊く。

「さぁ。これと一緒に水に入って遊んでるんじゃないの?」

フィルがトランシーバーのような物をヒラヒラ振ってあっさりと答える。どうやらこの二人の頭の中には、“上官を敬う”とか、“他人を気遣う”という類の言葉が存在しないらしい。

「まぁ、とりあえず、選ばれし(セレクション・ヒューマン)はどっちとも捕らえたわけだし、」

フィルが言い、

「後は“SIMS”に帰るだけ…か」

ゾルスが繋ぐ。

「カリウスからじゃ無理だったし、これから地球を経由することになるわね」

フィルがクスッと笑う。左腕に抱かれる少年、忍坂 航は、ぐったりとして寝息を立てていた。

「ああ」

ゾルスが答える。そのまま二人は空間を進んでいき、飛び出す。


場所は、航達が通う海枌高校の校舎横。

夏休みに入っているせいと、もう夕刻が近いということで、生徒どころか教師もほとんどいない。

「急ぐぞ」

ゾルスがせかし、フィルが頷いて駆け出す。

正門を抜け、西へ向かう。

その先にあるのは、栄川。


捜索兵として鍛え抜かれた二人の走力は半端な物ではない。実際、人一人を片腕に抱えながら2キロの道程を5分も掛からなかったのだ。


ようやく捜索兵二人は栄川の河川敷に辿り着いた。幸い、これまで人には会わずに済んだ。人に会うと色々と厄介なことが起こりうるので、二人共そうあって欲しくないのだ。

しかし、厄介という物は最終場面には付き物という事がもはや定例化している今、捜索兵二人も案の定厄災に出会うことになった。

「「ああぁ―――――!!?」」

不意に、二人の目の前で声が二重奏する。

「ちっ!」

走りながら訝しげに前を見遣ったゾルスの目が捉えたそれは

河川敷の方から走ってきた羽祖 響と、但徠 巫名。

頭に傷を負わされ、自分の痛い過去の原因となった人物だった。

「貴様ら…!!」

ゾルスの奥歯がギシリと軋む。しかしそんなゾルスの思いとは裏腹に、響達の視線は別のところへと吸い寄せられていた。


「航!!」

「忍坂君!!!」

二人はゾルスよりも先に隣のフィルが抱えていた忍坂 航に目を付けていた。

響と巫名は航の元へ走り寄ろうとして、気付く。

自分達に向けられる、鋭い短刀の刃と、激しい殺気。

「邪魔よ!!」

ゾルスの隣でフィルが叫び、短刀を振る。

「うおぉ!?」

「キャアッ!?」

響たちの目の前に、巨大な穴が一瞬にして穿たれる。

それに驚く響たちの頭上を、

「この子は連れて行くわ」

「全く馬鹿な事を。俺達には手を出さない方が良いと言うもんだ。」

フィルとゾルス、二人の捜索兵(サーソル)が嘲笑の言葉を残して飛び去っていった。

「くそっ!航――――!!!」

響は力の限り叫ぶ。



《……航――――…》

(え?)

航の頭の中に、声が響いたような気がした。聞き慣れた、何だか懐かしいような、声。

(何だ?)

そして、目を開ける。

「っ――――!?」

うっすらと開いた目の横には、キラリと光る短刀の刀身。

不意に、連れ去られた時の記憶が蘇る。

それでも、その記憶を払い除けるように、声のする方へ目を向ける。

「え………!!?」

声に出してしまった。その声のせいでフィルが気付く。

「やばいわ。こいつ起きたわよ!」

斜め後ろでローラを抱えてジャンプしているゾルスに向かって、言う。

「眠らせろ!」

ゾルスが叫ぶ。

「ぅぐはっ!!」

航の右脇腹に尋常ではない痛みが走る。意識が遠のいてゆく中、目にした人物の名を必死に、呼ぶ。

「……響………」

そこで、再び意識が途絶えた。

「おい、急ぐぞ!」

フィルの目の前で、ゾルスが急かす。

「分かってるわよ」

航の脇腹から短刀の柄を抜き、フィルがゾルスに続く。

看板前の空間断絶までは、あと数メートルもない。ここから跳び込んだら、そこで仕事は終わりだ。

二人の捜索兵は後ろをチラリと見る。未だに諦めが付かないのか、二人の男女が走って来る。

「じゃ、行きましょうか」

「…ああ。長い仕事だったぜ」

二人の捜索兵が地面を強く蹴ろうとした瞬間、

「ああっ!お前たち!!」

二人の下方から声が聞こえた。

何だ?と思い、ゾルスとフィルはそちらを訝しげに見つめる。その瞬間、二人の目は大きく見開かれた。

「「長官!!!」」

二人の捜索兵は同時に叫ぶ。目の前には、正確に言うと足元の水面には、顔だけ水の上に出した二人の捜索兵の上司、情報収集部長官がいた。頭には、再びヘルメットのような物を被っている。

「こんなところで何をやっているんですか?」

フィルが場の危機感からはすっぽ抜けたくらいに調子っ外れの声で言う。

「やぁ、面目ない。あそこから落ちてね」

情報収集部長官が右手の人差し指を真上に上げる。

「…で、俺達にどうしろと?」

ゾルスも、後ろから未だ響達が走ってきているのが気付かないかのように言う。

「決まっているじゃないか。私をあのワームホールまで引き上げて欲しい。」

「嫌だと言ったら?」

「言える権利が有るのかい?」

「………おい、フィル。長官の右手を頼む」

「はいはい」

三人の遣り取りは、響達の存在を完全に無視していた。

故に、響達に自由に行動できる“隙”ができた。

「…今だ!」

響が航の元に走り寄って、航の服を必死に引っ張る。ブチブチと布が裂けるような音がする中、

「あら、もう来ちゃったの」

フィルが素っ気無く一言言い、

「長官、何とかしてください」

ゾルスが続けて言う。

響は、その二人の至って普通に見える遣り取りに、何かゾッとする物を感じた。

「やれやれしょうがない」

情報収集部長官と呼ばれる人物が、着ているスーツの中をゴソゴソと探る。

一体何をやってるんだ?と思う響達の前に現れたのは、一本のスプレー缶のようなもの。

「じゃ、しっかり跳んでくれよ。お二人さん」

情報収集部長官と呼ばれる人物が、再び言い、そのスプレー缶のようなものからピンを引き抜いた。

チャリンという金属音がした、その瞬間に、二人の捜索兵(サーソル)が跳ぶ。

響は、落下してくる無地のスプレー缶の様な物に見覚えがあった。それが故に、

「但徠さん!伏せてから目と耳を塞いで!」

的確に行動ができた。訳が解らなさそうにオロオロしていた巫名も、響の声に従った。


声が響いた4秒後、

伏せている二人の目の前で、鋭い閃光と激しい音が炸裂した。

耳を必死に防いでいても、目を必死に瞑っていても、強力な音はサイレンを間近で聞くように大きく、閃光は白ビニール越しに太陽を見詰める位に明るかった。

投入されたスプレー缶の様な物は、閃光手榴弾といわれる物だった。

閃光が瞬いてから約5秒後、


「…ひ……響君…?」

響の下から巫名の声が聞こえる。

(?)

下から………

「あっ!」

響が飛び退く。響は無意識の内に巫名の上に覆い被さるように伏せていたらしい。

「ごっ…ごめん!」

夕焼けのように赤面しながら、響が謝る。幸い、背景に溶け込んで巫名には気付かれなかった。

「べ、別にいいよ」

巫名もうろたえながら返事をする。


この場面だけを切り取ったのなら、なかなかイイ感じの光景に見えることだろう。しかし、

「あっ!そういえば忍坂君は?」

巫名が辺りを見回しながら言う。その声で、響も現実に引き戻された。

「さっきのあの二人に、連れて行かれたんだ」

響が、歯を食い縛る様に言う。


「あの中に」

響の指は、何もないように見える空間を、正確には空間断絶がある場所を指し示していた。

「まだ、生きてるんだよね」

「俺が呼んだとき、航は目を開けた。まだ生きてるよ」

響達の目は、ずっと一点を見続けていた。



空にある太陽は、大きく西に傾いていた。夕焼けが、川面で反射して町を染める。

その中、沈み掛ける夕日を見つめながら、一台の車が栄川を目指して走っていた。



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