第014話 行動開始
「空間……断絶!?」
但徠 巫名は叫んでいた。
「だから、推測だって。推測。後でもう一度調べるって言ったじゃないか」
巫名の目の前には、羽祖響がいる。
二人が今いる場所は、羽祖家の2階にある響の自室。向かい合うように座っていた。
二人はたった今、川原から走って逃げてきたところだった。
「何でそう解ったのよ」
巫名が訊く。
響は少し口籠り、“推測”を話し出す。
「今日俺達の目の前でお前に倒された大男がいただろ」
“お前に倒された”の部分で少し顔をしかめた巫名は、それでも頷く。
「あいつは、禊祭りのときに、航を追い駆けていたんだ」
「知っているわ」
響の言葉に軽く答えた巫名に少し驚きつつも、響は続ける。
「航は、あいつの事を知らないと言った。勿論、俺もそうだ。でも、なぜか俺達は狙われる対象になってしまった」
「日頃の行いの悪さじゃなくて?」
「……話を逸らすなよ。で、俺が考えた事なんだけど、」
「うん」
「航を追い駆けたあの男は、今日発見した空間断絶と関係があるんじゃないかな…って」
「……理屈は何となく分かるような気がしないでもないけど」
「で、今日俺が狙われていた理由をそれに当てはめて考えると、」
「考えると…どうなるの?」
流石に巫名は痺れを切らしてきた。本題を聞きたいのだろう。
「航は、俺達よりも先に、あの空間断絶を発見していた……ってのはどうかな?」
響は自信満々な表情を作っている。
「…えっと、そのせいであのときに追い駆けられていたと?」
引き攣った笑みを浮かべながら訊いてくる巫名に、頷く響。
「じゃ、訊くけど、あの男は何者?」
響の自信に溢れる表情が、一瞬で崩れ去った。
「あの空間の事を知っていて、なんらかの関係がある人…かな」
響の声にさっきまでの自信がない。
「やっぱり解らないじゃん」
巫名のトドメで、深く落ち込む響。マンガなら、ズウゥンという効果音が背景に踊っていることだろう。
しかし、
「ああ!そうか!その手があったか!」
数秒後、さっきの落ち込みが何処かへ一転、響の顔に再び笑みが戻った。何か新しいことでも思いついたのだろう。
すぐに、
「但徠さん、次はいつになるか分からないけど、画期的な方法を考え付いたんだ。今日はもう帰っていいよ。俺はこれから計画を練るつもりだから」
そう言い、勉強机にダッシュで向かい、シャーペンで何かを一心に書き始めた。
邪魔するのも悪いかなと思った巫名は、そのまま響の家を後にすることにした。
*
「うわ!」
航は跳んでいた。
足元を衝撃波が駆け抜ける。靴底に、深く鋭利な切断面が現れた。
(誰だ!?コイツ!)
航の目の前では、深紅色の長髪の人物が、腕の長さほどある短刀を振りかざし、横に薙いだ。
目にも留まらぬような速さで振られたそれは空中で衝撃波と化し、航と、隣にいるローラに襲い掛かる。
「はっ!」
ローラは瞬時に対外に強力な空気の対流を生み出し、ベールのようにそれを纏った。
そして、もう一つ発生させた竜巻で航の体を受け止め、自分の近くまで運ぶ。
「ぐぇ」と、嫌な悲鳴を上げて背中から地面に叩きつけられる航。その上を、衝撃波が通り過ぎ、地面に巨大な穴を穿つ。
「貴方は何者なの!?」
ローラが目の前の人物に叫ぶように訊いた。
対して、
「今は名乗る必要は無い。おとなしく付いて来れば話してやってもいいだろう」
深紅色の髪を揺らして、航とローラの目の前にいる女性が答えた。余裕の表情しか浮かべていない。
(何なんだよ…いきなり!)
航とローラには、襲われる訳が分からなかった。
事の発端は今朝のこと………
航がキールの家にやって来てからおよそ2週間が過ぎようとした時。
航は、キールから中央広場に行ってもいいとの許可を受けた。中央広場は、航がカリウス星に飛来して来たときの落下地点であり、キールとの最初の出会いの場でもあった。これまでキールが許可を出さなかったのは、広場から再び何処かへ飛ばされるのを恐れてのことだ。その後、約2週間の調査の結果、広場にはそのような場所は無いと確認され、『行きたいのなら行って来てもよい。暇つぶしくらいにはなるじゃろ』というキールの言葉に甘えて外出したのである。
外は寒かったが広場までの道程はそう遠くなく、航が行くと言ったらオマケとしてローラまで付いてきた。
「寒い」
「付いて来なくてもよかったんだぞ」
ローラが不服を言い、呆れ交じりで返答する航。
航がキールの家に来てからここ2週間で、二人の仲はかなり良くなった。ローラは航に“バカ”の代名詞を極力使わなくなったし、そのせいか航がローラにかける言葉にもトゲが少なくなってきた。
「いいの。あたしが行きたくなっただけだから」
そして、2人が広場に差し掛かった、その時。
航達の周りの空気が他の何かによって動いたことを、ローラが感じ取った。
そして、
「伏せて!」
ローラが叫び、航が反射的に身を屈めた瞬間、…
「おわ!?」
航の髪の毛が数本宙に舞った。
「外したか…!」
どこからと無く声がし、
「忍坂 航、それと“風使い”。大人しく私に付いてきてもらおう」
寒い風に深紅の長髪を揺らし、“捜索兵”フィルが2人の前に姿を現した。
「誰だか解んないけど、私達が素直に付いて来るとでも思って?」
事もあろうにローラが不敵な口調で挑発するように言う。
「成程。抵抗を試みる訳か。それなら力づくでも従ってもらう」
そう言うが早いか、フィルはいきなり短刀(否剣形ペンダント)のような物を抜き出し、空中で振る。
この後、冒頭のようになったのであった。
そして、地面に次々に開いてゆく穴を避けながら、ローラと航はキール宅に向かった。何とか匿ってもらえると思ったのだ。
「航、怪我は?」
走りながらローラが訊く。
「…靴底が致命的なダメージを受けて死にそう」
航が履いている靴の靴底は、衝撃波で切断されてカパカパと音を立てていた。
そのせいで遅れを取っている航に、“捜索兵”フィルがどんどん距離を縮めていく。
「早く走りなさいこのバカ!」
航の前方からローラが叱責する。
「そんなこと言ったって俺だって走れなうわっ!」
反論しかけた航は目の前に穿たれた穴に躓き、派手に転んだ。重力が小さいためか痛みは伴わなかったが、
「わわわ!?」
転んだ体制のまま突然フィルに首根を掴まれて宙吊りにされた。
「航!」
ローラが叫ぶ。そしてローラが振り返った背後に現れた人物は…
「!!!!!! ローラ!逃げろ!!!」
「え!?」
航が過去に一度見て覚えていた顔、姿がそこにあった。
「小癪な!」
逃げるローラも、背後に現れた人物に着ている服を鷲?みにされる。
「キャアッ!」
ローラが悲鳴を上げる。掴み上げられて苦しそうにもがく。
「放して!!……っ!」
ローラが必死に右手を伸ばす。普段なら目の前に竜巻が現れるはずなのだが…
彼女の目の前には竜巻どころか風すら起こらなかった。
「どう…して…」
放心したように呟く。目の前では、航が彼女の後ろを見て目を見開いている。
(嘘…だろ…)
航は声に出しそうになるのを必死に堪えていた。
自分の目の前でローラの服の襟の部分を掴んでいる人物に、見覚えがあったからだ。
(嘘…だろ!?)
混乱する中、不意にその人物と目が合った。向こうは、かけているサングラス越しにこちらを一瞥し、
「この前は結構手古摺らせてくれたじゃないか。“選ばれし者”よ」
不敵にフフフと笑った。
“捜索兵”ゾルスが、そこにいた。
「何を…」
「決まっているじゃないか。これからお前達を連行する」
ゾルスが言い放ち、地面を強く蹴る。
航の襟首を掴んでいたフィルも、そこから地面を蹴り上げ、跳んだ。
ゾルスとフィルは空中で、トランシーバーのような物を取り出し、叫ぶように話す。
「こちら、ゾルス。Cブロック情報収集部長官に告ぐ。カリウスにて、“地球”の“選ばれし者”忍坂航を確保!現在、連行中」
「こちら、フィル。Cブロック情報収集部長官に告ぐ。カリウスにて、“ウィラム”の“選ばれし者”ローラ・ヴィラストスを確保!現在、連行中」
2人の“捜索兵”は広場の中央辺りまで跳んだあと、高笑いだけを残して、
何も無い空間に、消えた。
行動開始というサブタイはかなり厳しい…後で変えるかもです