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転生ストライカー 氏真 ~The Renaissance striker Uzizane~

転生ストライカー氏真・外伝/吉良氏真、歴史SLGの名作に驚愕する

作者: みなも
掲載日:2026/07/20

本作をお読みいただきありがとうございます。

『転生ストライカー氏真』の本編を補完する短編外伝をお送りします。

主人公・吉良氏真が小学生時代、現代の歴史シミュレーションゲームに遭遇した際の一幕と、彼の中に眠る「真の才能」の原点を描いたエピソードです。


1.ステータス画面の戦慄

あれは、吉良氏真きら・うじざねとしてこの現代に馴染み、小学校という名の平和な日々を過ごしていた頃のことだ。


「氏真、今日うちに来ないか。万天堂まんてんどうの『witch』で、新作の歴史SLGを買ったんだ」


放課後の教室で、そう声をかけてきたのは松平基哉まつだいら・もとやだった。同じインパルス清水でボランチを務める、冷静沈着な司令塔だ。その隣には、2歳年下のMFで作戦参謀・大原由紀夫おおはら・ゆきおが、どこか興奮を秘めた静かな眼差しで控えている。


大きな液晶テレビの前に座り込み、基哉がソフトをセットする。


「今日やるのはこれ。『ノッブの野望 -転生-』。歴史シミュレーションゲームの金字塔だよ」


「おお! 戦国大名になって全国統一を目指すやつですね! 僕、武田信玄使いたいです!」


由紀夫が目を輝かせてコントローラーを握る。


『ノッブの野望』。現代の小中学生のみならず、大人たちの間でも絶大な人気を誇る歴史ゲームだ。武将たちにはそれぞれ「統率」「武勇」「知略」「政務」といった能力値が設定されており、プレイヤーはその能力を駆使して天下を目指す。


「氏真はどの大名にする? 初心者なら織田とか武田がいいと思うけど」


基哉にそう尋ねられ、僕はふと胸の奥が妙にざわつくのを感じた。


前世の記憶――今川氏真としての記憶が、うっすらと脳裏をかすめる。


「……じゃあ、今川家を見てみてもいいか?」


「今川? 渋いなー! 義元は『東海道一の弓取り』だから結構強いぞ」


基哉が手際よく画面を操作し、今川家の武将一覧を開いた。


画面には、今川義元、太原雪斎、朝比奈泰朝といった名だたる重臣たちの名前が並ぶ。義元は統率も知略も80以上。雪斎先生に至っては知略96と、超一流の軍師として申し分のない数値だ。


「ほら、ここから年代を進めると、跡継ぎが登場するんだ」


基哉がポチポチとボタンを押す。


画面上の年号が「1560年」へと進む。桶狭間の戦いの年だ。

そして、画面に一枚の武将イラストと、パラメータが表示された。


名前:今川氏真

統率:22

武勇:33

知略:21

政務:59


「…………」


時が止まった。

部屋の中を流れるエアコンの風の音だけが、やけに大きく聞こえる。

僕は画面を二度見し、三度見した。


(……え?)


視線を上に向ける。


織田信長――統率99、武勇87、知略95、政務98。

武田信玄――統率100、武勇88、知略94、政務95。

上杉謙信――統率98、武勇100、知略85、政務70。

・・・・・


視線を下に戻す。


今川氏真――統率22、武勇33、知略21、政務59。


(な……なんだこれは……これは冗談であろう? 卜伝殿がご覧になれば木刀を取り落とされるぞ。父上なら「今川の教育は、そのようなものではない」と額を押さえておられる。それに知略二十一とは何事だ。本歌取りを即興で繰り出す者を、その程度の知略と申すか。蹴鞠にしても、『間』と『空間』を読み続けてきたというのに……これは、いささか不当な裁定ではないか。)


「あー……」


基哉が気まずそうに首をかく。


「まあ、氏真って蹴鞠ばっかりやって国を滅ぼした『暗君』だからさ……ぶっちゃけ全武将の中でも最低クラスの弱さなんだよね」


「う、うん。歴史の本でも、蹴鞠と和歌に夢中になって武田と徳川に攻め込まれて逃げ出したって書かれていましたし……」


由紀夫が補足しようとして、さらに傷口に塩を塗る。


脳裏に、かつての記憶が濁流となって押し寄せてきた。

父・義元の死。武田の裏切り。落ち延びる先で見た炎。


だが、それ以上に――予が人生をかけて積み上げてきたもの、あの日々に注いだ研鑽のすべてが、この「22」とか「21」という惨憺たる数字二桁で片付けられているという現実。


(あまりにも……あまりにも酷い……!!)


「氏真? 顔色悪いぞ? 大丈夫か?」


基哉の声が遠のいていく。


視界がぐにゃりと歪み、テレビ画面の「22」という数字が巨大な怪物のように迫ってきた。


「おい氏真!?」


「脈はある! ショック死か!?」


友人の叫び声を最後に、予の意識は深い漆黒の闇へと落ちていった。


――


2.駿府の風、木刀の音


「――氏真。氏真よ」


温かく、威厳に満ちた声が耳に届いた。


目を開けると、そこは現代の室内ではなかった。

照りつける日光。青々と茂る庭木の匂い。肌を撫でる駿河の心地よい風。

目の前には、白地に赤の二引両ふたつひきりょうの陣幕。そして、重厚な体躯をゆったりと座に沈めた男がいた。


今川義元。私の前世の父親であった。


(……ここは、駿府城……?)


自分の手を見る。小さく、柔らかい少年の手だ。

私は、今川氏真の少年時代へと戻っていた。


「よう戻ったか、氏真。卜伝殿がお待ちかねだぞ」


義元が穏やかに微笑む。その視線の先、道場の板敷きの中央に、一人の老剣士が腕を組んで座していた。


身に纏う着物は質素だが、ただそこに存在するだけで周りの空気がピンと引き締まるような、圧倒的な気配。


新当流しんとうりゅうの祖にして、戦国最強の剣客――塚原卜伝つかはら・ぼくでん


史実において卜伝が今川家に招かれたという明確な記録は定かではないが、将軍・足利義輝に剣術を教授し、諸国を周遊していた時期、たしかにこの男は駿府の地に滞在していた。義元が息子の教育のため、この最高峰の剣聖を城内へ招いたとしても、何ら不思議はなかった。


「お待たせいたしました、卜伝先生」


私の隣で、きりりとした少年が頭を下げた。


竹千代――のちの徳川家康である。人質として今川家にあった彼は、私とともに学問や武芸に励む日々を送っていた。


「うむ。竹千代殿、氏真殿。これへ」


卜伝の声は、低く腹に響く鈴の音のようだった。


彼は脇に置かれた二本の木刀を指し示す。


「まずは竹千代殿。その木刀を取り、ワシに向かって打ってきてみよ」


「はい!」


竹千代は迷いなく木刀を手に取ると、すっと中段に構えた。


その構えには隙がない。幼いながらも、日々の地道な稽古で培われた芯の強さがあった。努力の天才、竹千代の真骨頂である。


「たあぁっ!」


竹千代は力強い踏み込みとともに、直線的な一撃を卜伝の脳天へ打ち下ろした。

鋭く、無駄のない踏み込み。同年代の武士ならば、到底防げない見事な太刀筋である。


だが、卜伝は身じろぎ一つせず、わずかに顔を傾けただけでその木刀をかわした。風を切る音が空しく響く。


「見事。迷いのない良い一手じゃ。……では、次は氏真殿」


卜伝の鋭い眼光が私に向けられた。

木刀を手に取った。重みを感じる。だが、私は構えなかった。木刀をだらりと下げたまま、ただ卜伝の前に立った。


竹千代が不思議そうにこちらを見る。


次の瞬間――卜伝の気配が変わった。

老剣聖は静かに一歩、足を踏み出そうとする。


その瞬間、私の身体が自然と反応した。

卜伝が沈み込むより早く、私は半身を引いて間合いを滑らかに外していた。


「……!」


卜伝の踏み出しがピタリと止まる。

老剣士の目が、驚愕にわずかに見開かれた。


「……見えておるか。」


卜伝の低い声が道場に響く。私は木刀を下げたまま、静かに口を開いた。


「先生の右足の親指、わずかに外側へと開いておりました。左肩の力の抜け具合、そして先ほど竹千代の攻撃をかわされた直後の、呼吸の吐き出し……。私が一歩踏み出した瞬間、先生は私の右側へと一歩踏み替え、木刀の柄頭《つか頭》で私の小手を押さえつけるおつもりでしたね」


「……」


「どこへ踏み込もうと、私が斬られる未来しか見えません。勝敗は、剣を交える前に決しております」


道場を静寂が支配する。竹千代が息を呑み、庭の葉が擦れ合う音だけが響いていた。


やがて――卜伝の口元が静かに緩み、威厳に満ちた破顔となった。


「フフ……ハハハハ! 見事、見事じゃ! 戦わずに逃げる。それも立派な戦い方じゃよのう」


卜伝は立ち上がり、振り返って義元を見た。


「義元殿。この子は、剣を見ておりませぬ」


卜伝の目が、深い感嘆に彩られていた。


「『空と間』を見ております」


老剣聖は木刀の先で、空気中に静かな円を描いた。


「多くの者は、目の前の敵の剣や、手足の動きにとらわれる。だが氏真殿は、この場全体における気配の偏り、敵の重心、呼吸の間隙……すなわち場をそのまま頭の中に思い描いておられる。剣を交えずして間合いを外したのは、既に脳内で勝負が組み上がっておったからじゃ」


卜伝は私の目の前にしゃがみ込み、その大きな手で私の肩をぽんと叩いた。


「氏真殿。そなたの才能は、人を斬る刀の鋭さにはない。人がどこへ動き、場がどう変化するかを察知する『空と間の把握』にこそある。……実に見事な天賦の才じゃ」


義元は静かに頷き、ゆったりとした足取りで庭へ下りた。

照りつける日光の下、義元は竹千代と私を見つめ、語りかけた。


「竹千代、氏真。よく聞きなさい」


義元の声には、深い慈愛と、大名としての揺るぎない威厳が籠もっていた。


「和歌を詠むことも、蹴鞠を蹴ることも、作法を修めることも、すべては兵法と同じ……『場を読む学問』なのじゃ」


義元は空を見上げた。


「歌を詠むとは、前の者が残した言葉の『間』を感じ取り、最も美しく場が収まる言葉を配置すること。蹴鞠とは、蹴りやすい高さを測り、相手が受け取りやすい『空』へ球を渡すこと。……そして、武とは人を斬り殺す悪虐の術ではない」


義元は私の目をまっすぐに見つめ、静かに、だが胸に深く染み渡る声で言った。


「人を生かし、場を制し、争いを終わらせる術。……ゆえに武は、美しい」


父の言葉が、温かい光となって私の胸の奥深くに染み渡っていく。


「……感謝いたします、父上」


(予には、予の戦い方がある。ピッチの上で、和歌の座で、人生という名の広大なフィールドで――空間を支配し、構造を描き出す力が……)


私が深く頭を下げた瞬間、駿府の眩しい光が、ゆっくりと白く弾けた。


――


3.数値を超えたピッチ


「――氏真。大丈夫か」


冷静だがどこか心配そうな基哉の声で、僕は静かに目を開けた。

居間の天井。壁掛け時計の針は、気絶してからほんの数分しか経っていないことを示していた。


「自律神経の乱れによる一過性の脳貧血の可能性があります。まずは麦茶をゆっくり飲んでください。」

由紀夫が静かにコップを差し出してくる。


「……ありがとう。少し、昔の夢を見ていた」


僕は麦茶を飲み干し、息を整えた。

そして、目の前のテレビ画面へと視線を戻す。


今川氏真

統率:22 武勇:33 知略:21 政務:59


「……基哉、由紀夫」


「なんだい?」


「このゲーム、今川家でプレイさせてくれ」


二人は顔を見合わせた。


「本気かい、氏真。能力値22の部隊は、正面からぶつかれば武田や徳川の精鋭に一瞬で粉砕されるよ」

「AIのアルゴリズム上、数値の差は絶対的だ。無謀と言わざるを得ないね」


「何とかなるかもしれない」


僕はコントローラーを握り締め、画面全体を見渡した。

マップ上に配置された城、街道、山岳地帯、そして迫り来る武田軍と徳川軍の部隊アイコン。


僕の頭の中で、画面の2Dマップが立体的な「構造」へと変換されていく。


(武田の騎兵は進軍速度が早いが、この狭隘な谷間に差し掛かる瞬間、部隊の間隔が縦長に伸びる。徳川の歩兵は足並みが揃っているが、渡河の瞬間だけ陣形が歪む……)


僕は能力値22の「今川氏真隊」を、あえて交戦させずに後退させた。

そして、最小限の兵力を谷間の狭いスペースへと配置し、敵の進軍ルートをわずかに限定させる。


「……あ」

由紀夫の目が小さく見開かれた。


「武田軍の先鋒が、徳川軍の側面に接触した……? いや、氏真が意図的に誘導して、敵同士の進路を交差させたのか」


「今川隊は一度も攻撃していないのに……敵の補給線が勝手に遮断されていく」

基哉が眼鏡の奥の目を輝かせ、画面を凝視する。


僕は言葉を発さず、静かにボタンを操作し続けた。

能力値の低い部隊でも、敵が「入らざるを得ない空間」を先に創り出し、構造の歪みを利用すれば、戦わずして相手の勢いを削ぐことができる。


画面上では、能力値100近い武田信玄や上杉謙信の部隊が、氏真の仕掛けた「空間の罠」にハマり、勝手に自滅していく。


「……すごい」

由紀夫が手帳を閉じ、感嘆の息を漏らした。

「パラメータの数値を、完全に無効化している。盤面全体の『構造』を完璧に把握していなければ、こんな動かし方はできない……」


「フッ……」


僕はコントローラーを置き、静かに画面を眺めた。


画面の中のドット絵の氏真は、相変わらず「統率22」のままだ。

だが、そのちっぽけな数値の枠組みなど遥かに超えた場所で、彼は間違いなく盤面を支配していた。


夕暮れの風が、窓から静かに吹き込んでくる。

液晶画面の向こうで、かつての父の穏やかな笑顔と、老剣聖の感嘆の声が重なった気がした。


僕は画面を見つめながら、二人に聞こえないくらいの小さな声で、静かに呟いた。


「……まあ、能力値だけでは測れぬものもある、か」


(了)


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


本作は、『転生ストライカー氏真』の世界観を広げる外伝として、「もしも少年時代の吉良氏真が、現代の歴史シミュレーションゲームで前世の自分と出会ったら?」という発想から生まれた短編です。

ゲームにおける武将能力値は、それぞれの作品が持つ解釈やゲームバランスに基づいて設定されたものであり、実在の人物を断定的に評価するものではありません。

一方で近年では、今川氏真は文化・外交・和歌・蹴鞠・武芸など、多方面に優れた教養人であったことが改めて研究され、「愚将」という従来のイメージも少しずつ見直されつつあります。

本作では、そうした歴史研究を一つの着想としながら、「氏真が本当に優れていた才能とは何だったのか」を、本シリーズ共通のテーマで再構成しました。

なお、塚原卜伝との交流や剣術修行、夢の中で描かれる出来事、ゲーム内での戦術描写などは、物語としての面白さを優先したフィクションです。

歴史には史実があり、物語には物語だからこそ描ける真実があります。

この外伝をきっかけに、「今川氏真とは、実はどんな人物だったのだろう」と興味を持っていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。

これからも本編とあわせて、『転生ストライカー氏真』の世界を楽しんでいただければ幸いです。


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