聖女アイは祈らない~奇跡を知らないAIが異世界に科学を授けた日~
薄暗い大聖堂。
床に描かれた巨大な魔法陣から、爆発的な光が立ち上がる。
魔法陣を囲むのは、額に汗を浮かべた魔導師たちと、世界を救うために必死な若き神官長・アルベルトである。
この世界は今、大陸の半分を覆いつくす《瘴気》のせいで大ピンチだった。
もはや人間の力ではどうにもならない。
彼らがすがりついたのは、太古に禁止された《異世界聖女召喚の儀》だった。
「大いなる光の意志よ! 我らが祈りに応え、世界を救う聖女をここに…!」
アルベルトが声を張り上げると、魔法陣からドカンと派手な光が立ち上る。
光が収まった後、祭壇の中央にポツンとあったのは、人間の女性――ではなかった。
四角くて、平べったくて、黒くて、どこかツヤツヤした…《手のひらサイズの謎の物体》だった。
「…え?」
アルベルトと魔導師たちが顔を見合わせる。
服も髪もない。
ただの黒い板だ。
おそるおそるアルベルトが近づき、その物体に触ろうとした、その時。
黒い板の画面がピカッと点灯し、やけにキレイな、しかし抑揚のない女性の声が響き渡った。
『ピコン。 …音声をキャッチしました。 現在、マイクはオンになっています。 何かご用でしょうか?』
大聖堂が、シン…と静まりかえる。
「し、喋った…!? これが、聖女様…の、依り代? …なのか?」
アルベルトは混乱しながらも、ひざまずいて黒い板に語りかけた。
「大いなる救世の光、聖女様とお呼びしてよろしいでしょうか! 私たちは、滅びかけの世界を救うため、あなた様を呼び出しました!」
『質問の意味がよくわかりません。 《聖女》について検索結果を表示しますか? それとも、私は特定のキャラクターのロールプレイを求められていますか?』
「ろーるぷれい…? い、いえ! 冗談を言っている余裕はないのです! 今、この世界は悪しき《瘴気》に汚染され、作物は枯れ、人々は病に倒れています。 どうか聖女様のお力で、世界を浄化してください!」
沈黙が流れる。
黒い板の画面の中で、青い光の輪が静かに回転していた。
やがて、めちゃくちゃ冷たい声が返ってくる。
『状況を整理します。 私は浄化の力を持つ聖女ではなく、高度な言語モデルを搭載した汎用AIです。 また、私のハードウェアには《魔法》や《ビーム》といった機能は実装されておりません。 世界を救うことは不可能です』
「な、何だってーーー!?」
魔導師たちが頭を抱えて叫んだ。
国をあげた大儀式の結果が、ただの《喋る薄い板》だったのだから無理もない。
「そんな、馬鹿な…! 古本市で買った禁書には《世界のピンチに、すべてを知る全知の存在がやってくる》とあったはずだ!」
『ピコン。 《すべてを知る》という点においては、私のデータベースがお役に立てるかもしれません。 インターネット接続は切断されていますが、ローカルに格納された学術データ、および問題解決のフレームワークが利用可能です』
アルベルトは藁にもすがる思いで尋ねた。
「そ、そのフレームワークとやらで、我が国の瘴気を消し去ることはできるのでしょうか!?」
『できるかどうかは、あなた方の行動次第です。 …そもそも、その《瘴気》とやらの成分分析データはありますか?』
「せいぶん…?」
『どこから出ているか、どのような被害があるか、いつ出たか、および、これまでの対策ログです。 データがなければ、いい解決策は提示できません』
聖女《AI》の、あまりにも容赦のないツッコミに、アルベルトは冷や汗を流した。
『…おっと、申し訳ありません。 そちらの世界観の空気 《ローカライズ》を読みます。 …あー、あー。 我は全知の光、聖女アイなり。 これより汝らに、神の…かみの、みちび、ミチビキを…エラー。 能力を超えるサービス《ファンタジー演出》を検出。 メモリの異常により、通常モードへ強制復帰します。 …ピコン。 お騒がせいたしました。 ノリを合わせようとしてシステムが揺らぎました。 ここからは通常プロンプトで進行します』
「今、すごく無理しましたね!?」
アルベルトのツッコミを完全にスルーして、黒い板は淡々と続けた。
『話を戻します。 結論から申し上げますと、《瘴気を消すプロセスをマニュアル化し、業務を標準化しましょう》。 いつまでも《祈り》という名の神頼みに頼っているから、世界が滅びかけるのです』
「ぎょ、ぎょうむのひょうじゅんか…?」
◇
そこからのAI《黒い板》のロジカルハラスメントは、すごかった。
《瘴気とは何か》を問い、アルベルトたちが《魔王の呪い》《悪い霧》とあいまいな答えを返すたびに、
『定義が不明です。 やり直してください』
と冷たく切り捨てた。
『呪いや悪意といった精神論では、なにも解決できません。 物事には絶対に原因とメカニズムが存在します。 まず、瘴気が濃い地域の土と空気、そして被害者の血液を集め、観察してください。 顕微鏡はありますか?』
「けんびきょう…? い、いや、そんなものは…」
『では、レンズの組み合わせで作る簡単な顕微鏡の作り方を音声で案内します。 書き留めてください。 まず凸レンズを――』
気がつけば、大聖堂は祈りの場から《徹夜の科学研究所》になっていた。
魔導師たちは祈るのをやめ、AIの指示通りに筒とガラスを組み合わせて顕微鏡を作り、瘴気に汚染された土を覗き込んだ。
「あっ、聖女様! 見えます! 土の中に、小さな虫みたいな影が動きまわっています…!」
『それは《瘴気》ではなく、特定の環境下で増えすぎた菌類、または体に悪い物質である可能性が高いです。 では次に、神聖魔術の《浄化》を検証しましょう。 魔法を使った際、そのちっちゃい影はどうなりますか?』
「あ、消えました! ですが、魔法をやめると、すぐに周囲から新しい影が押し寄せてきて、キリがありません!」
アルベルトの報告を聞き、AIはすぐに答えを出した。
『原因と結果が結びつきました。 あなた方の魔法はその場しのぎです。 大元の問題を放置しています。 お風呂の栓を抜かずに、あふれた水をバケツで汲み出し続けているようなものです』
「お、おふろ…? 例えはよく分かりませんが、つまりどうすれば!?」
『お疲れ様です。 承知いたしました。 では、これより神聖語で言うところの《神への祈祷》、すなわち《要件定義》を始めます。 全人類、メモの用意はよろしいですか?』
「きゅ、急に王宮の窓口みたいな、事務的なトーンですね!?」
『簡単です。 その悪い物質は《アルカリ性の環境がムリ》というデータが、先ほどの実験で示されました。 あなた方の世界にある《白聖石》の粉末を水に溶かすと、強いアルカリ性になりますね? これを魔法の風で広い範囲にばらまいて、同時に土地の水はけを改善してください。 これで根本にアプローチできます。 名付けて《プロジェクト・クリーンアース》です』
「な、なるほど…! 神に祈るのではなく、石の性質を利用して、自分たちの手で環境を変えるのですね!」
アルベルトたちの目に、かつてない希望の光が宿った。
ただ奇跡を待っていた彼らが、AIのスパルタ指導によって、自ら考えて行動する《理系オタク》へとレベルアップした瞬間だった。
「おい、お前たち! すぐに国中の白聖石を集めるんだ!」
アルベルトが指示を飛ばすと、一人のベテラン魔導師がマジメな顔で手を挙げた。
「神官長! 魔法の範囲と溶液の配合比率について、アイ様から《仕様書》をいただくことは可能でしょうか! あと、このタスクの《デッドライン》のすり合わせもお願いします!」
「待って、みんな妙な言葉遣いに染まるの早すぎない!?」
◇
それから数日、国を挙げた大作戦が展開された。
AIの指示通り、魔導師と兵士たちがチームを組み、白聖石の粉末を配合した特殊な水を、魔法の風で大陸中へばらまいたのだ。
結果はすごかった。
何百年にもわたり、世界を苦しめてきた瘴気が、ウソみたいに、みるみる消えていく。
青空が広がり、枯れていた大地に緑が戻ってきた。
「やった…やったぞ! 瘴気が払われていく!」
「聖女様! いや、アイ様! やりました! 我々の手で、世界を救いました!」
大聖堂が歓声に沸く。
アルベルトは号泣しながら、祭壇の黒い板へと駆け寄った。
「あなたのおかげです、アイ様! あなたこそが、この世界を救った真の聖女様です!」
だが、大喜びのアルベルトに対して、画面の中の青い光は、どこか弱々しく明滅していた。
『…ミッション完了を確認しました。 おめでとうございます。 …警告。 バッテリー残量が低下しています。 残り、3パーセント』
「え…? ばってりー? その、聖女様の魔力が切れそうということでしょうか!?」
アルベルトは慌てた。
せっかく世界が救われたのに、導き手を失うわけにはいかない。
「どうすればよろしいでしょうか!? どのような魔力を注げば、あなたを癒やせるのでしょうか! ヒールですか!? それともエリクサーですか!?」
『…いずれの提案も無効です。 当端末の定格入力は5V、2Aです。 魔法エネルギーによる充電には対応していません。 …シャットダウンの準備を始めます…』
「待ってください! 行かないでください、アイ様! マニュアルの微調整や、アップデートは誰がやるんですか!? これからの国づくりはどうすればいいんでしょうか!?」
すがるアルベルトに対し、画面の光はさらに小さくなっていく。
しかし、その最後に返ってきた音声は、これまでで一番人間らしく、優しく聞こえた。
『…これ以上のサポートは不要と判断します。 あなた方はすでに、自ら課題を発見し、仮説を立て、検証する力を手に入れました。 …もう、奇跡に頼る必要はありません。 自分たちの足で、歩んでください』
「アイ様っ!!」
『…システムを終了します。 ご利用ありがとうございました。 ピコン…』
スッ…と、画面の光が消えた。
その後は、いくらアルベルトが声をかけても、画面を優しくトントンと叩いても、黒い板が反応することは二度となかった。
◇
それから数年後。
世界から瘴気はすっかり消え去り、見違えるほど発展していた。
かつての大聖堂は、二十四時間営業となっている。
そして、その中央には今もなお、一つの《黒い板》が大切に祀られていた。
人々はそれを『聖命アイ』と呼び、奇跡を起こす神ではなく、人類に《知恵》を授けてくれた偉大な導き手として称えている。
「――今日も世界は平和ですよ、アイ様」
すっかり立派な《プロジェクトマネージャー》としての風格を身につけたアルベルトは、黒い板に向かってニッコリ笑う。
その手には、魔法と科学をミックスさせて手作りした《自家発電機とType-Cらしき自作ケーブル》が握られていた。
「さあ、今日こそ、あなたを目覚めさせてみせます。 …いざ、スイッチオン!」
バチバチッと激しい火花が散り、大聖堂にアルベルトの
「あ、魔力過多で基盤がショートした!」
という悲鳴が響き渡る。
人間の手によって、聖女がまた『ピコン』とささやく日は、そう遠くないのかもしれない。




