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ゾンビ忠臣蔵

作者: 悠戯
掲載日:2026/05/21


 江戸時代の実在の事件を題材として様々な形で語られてきた忠臣蔵。

 

 その発端は江戸城は松の廊下において、吉良上野介からの度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒を切らした浅野内匠頭が斬りかかったことだとされている……が、ちょっと待っていただきたい。


 浅野家といえば、平安時代の鬼退治で知られる清和源氏・その名も高き源頼光の子孫とも言われるほどの名家。その当主である浅野内匠頭・浅野長矩も従五位下の官位を叙せられ決して少なくない功績を挙げている。それほどの人物が、よりにもよって江戸城内で後先を考えぬ凶行に走るなどということがあるだろうか。


 まあ、あったのであろう。

 それ自体は間違いない。

 しかし、その原因に関して不明点が残るのは否めない。


 果たして、彼の人物を常識外れの狂乱に走らせた原因がなんだったのか。

 先入観を廃し、論理的に考えれば自ずと答えは導かれる。



 そう、ゾンビである。



 厳密にはブードゥー教に由来する本来のゾンビとは異なるものであろうが、この日本においても鎌倉時代の『撰集抄』に西行法師が反魂の術を行使した記述があり、大陸にもキョンシーなど死者を何らかの形で蘇らせる発想は古くより存在した。


 ならば、この東洋においてもゾンビに類する怪物が現れる可能性は十分にあると言えよう。


 人間を狂暴な怪物に変貌せしめる病原菌。

 あるいはウィルスや不可思議な妖術や呪いの類。

 そういった要素が件の事件の裏にあったと考えれば数々の疑問点にも完全に説明が付く。説明が付いたということで話を進める。いいね?


 あの松の廊下の事件が起こった元禄十四年三月十四日。

 事前になんらかの原因でゾンビ化しかかっていた浅野内匠頭が、とうとう本格的に発症して自我を喪失。運悪く居合わせた吉良上野介に襲い掛かったというのが大方の真実であろう。


 表向き刃傷沙汰ということになってはいるが、脳の腐ったゾンビが巧みに剣術を使いこなすとは考えにくい。実際には本能に任せた噛みつきや引っ掻きが主な攻撃手段だったことだろう。


 また、世間に知られている忠臣蔵の導入部は、ゾンビという異常存在が世に知られて民がパニックに陥ることを危惧した幕府によるカバーストーリーと推測される。

 どれほどあり得ないように思える出来事でも、他の可能性を全て排除した末に残ったのならそれが真実だ……みたいな感じのことを、かの大英帝国の名探偵だって言っている。忠臣蔵の時代にはまだ生まれていないが、まあ些細なことであろう。



 では、そこまでを前提としていよいよ本題へ。

 忠臣蔵の山場となる吉良邸への討ち入りシーン。

 そこに隠し味のゾンビ要素をひとつまみして、これよりお届けいたします。



 ◆◆◆




 元禄十五年十二月十四日。


 江戸城にて突如狂乱した浅野内匠頭に噛みつかれて以降、吉良上野介の体調は日に日に悪化。ただでさえ噛みつきによる咬傷というのは口内の雑菌が悪さをして悪くなりやすいものでありますが、ここ最近の上野介の弱りようは明らかに只事ではありませんでした。



「お、おのれ、浅野……あの気狂いめが……ごほっ、こほっ」



 高熱に何日もうなされたかと思えば、逆に氷のように冷たくなる。皮膚の下を無数の蟲が這っているのではないかと錯覚するほどの痒みで全身を掻きむしり、あちこちの筋肉が不自然な痙攣を繰り返す。食の嗜好が急に変わって薬食い(獣肉を食べることの隠語)を始めたのはともかく、火を通さない生肉ばかりをグッチャグッチャと食い散らかすように。


 明らかに病原菌的なウィルス的な呪い的なアレを貰っておりました。

 このままでは脳が腐って完全に理性を失うのも時間の問題でしょう。もっとも『ゾンビ』の概念自体に馴染みのない本人や吉良家に出入りする者達にそんなことは分かりませんが。


 もう放っておいても死ぬのは時間の問題……仮に死んでも肉体だけは元気に動き続けるかもしれませんが、このまま上野介が死ぬのを良しとしない者共がいたのです。それも純粋に身を案じてのことではなく、このまま床の上で病死するより前に主君の仇を討たんとする復讐者達が。



「て、敵襲ーッ!?」


「あの家紋は……赤穂藩の! おのれ、さてはお館様の御命を狙っての狼藉か。者共、出合え出合え!」



 そう、忠臣蔵においては忠義の士として描かれる四十七士の襲撃。

 浅野内匠頭の乱心を理由に取り潰しの沙汰を受けた赤穂藩、その筆頭家老であった大石内蔵助を中心として集まったメンバーが、主君の仇を討つべく吉良邸へと押し入ってきたのです。


 忠臣蔵において四十七士は一人の脱落者も出さず、怨敵たる吉良を討ち果たした末に全員が自刃して果てたとされています。


 両陣営ともに真剣で斬り合ったにも関わらず、一人の脱落者も出さぬ圧倒的な勝利。これは戦の常識で考えれば、まずあり得ないほどの大戦果です。


 実行の日時を決められる襲撃側の利であるとか、偶然にも吉良邸の守りが薄くなっていたとか。もしくは単純に四十七士の技量や戦意の高さもあるでしょうが、それでも必死で抵抗したであろう吉良側が一人たりとも倒せないなどということが本当にあり得るのか。この疑問を解くカギは、論理的に考えて一つしかありません。


 そう、ゾンビです。


 主たる浅野内匠頭同様、なんらかの手段によって生ける屍と化していたのなら、そもそも最初から死んでいるのだから殺せる道理はなし。斬ろうが突こうがお構いなしに突っ込んでくる赤穂浪士が相手では、吉良邸の警備をしていた者達も対処のしようがなかったに違いありません。



「ぐぬっ、噛まれた!? な、なんだ此奴らは!?」


「拙者、見ていたぞ! この者共、一斉に仕掛けてくる直前に何やら怪しげな丸薬らしきものを服用(キメ)ておった! アレが、この不可思議な不死身をもたらす薬に違いない!」



 恐らくは、赤穂藩に伝わっていた秘薬か何かでしょう。

 理性なき怪物と化す覚悟をしてまで主君の仇を討たんとする心意気、誠に天晴れ。その甲斐あって吉良邸は四十七体ものゾンビが徘徊するこの世の地獄へと変貌し、逃げ遅れた者は老人や女性までもが次々とその餌食となっていきました。



「くっ、最早これまで! せめてお館様だけでも逃がさねば……」



 それでも忠義に厚い武士の一人が主たる吉良を逃そうと、その寝所へと必死に辿り着きました。ゾンビ達はいくら斬ろうが何度でも立ち上がってくる恐るべき不死の肉体を有してはいるものの、幸いにして頭の巡りは然程よろしくない様子。

 敵の少ない道を選んで逃げれば、あるいは屋敷の外まで逃げ切れるかもしれない。そんな儚い希望は……よりにもよって、命懸けで助け出さんとした主によって打ち砕かれる結果となりました。



「お館様、な、何をっ!? お止め、お止めくだされ!」


「……うぅ……にく……うま」


「まさかあの者共と同じように!? や、やめっ、拙者を喰う、な……ぎゃああああ!?」



 襲撃の報せを受けたストレスが元より風前の灯だった吉良のトドメとなったのか。今や従四位上の官位を与えられたエリートの面影など微塵も残っておりません。自分の味方であった武士の肉を生きたまま喰らう様はまさに獣の如し。



「う……?」


「がぅ……?」



 さて、そんな凄惨な現場に同じく邸内の人間を喰い散らかしつつ徘徊していた四十七士の何人かがやってきました。向こうにしてみれば吉良は主君の仇であるはずですが、最早そうと判断するだけの知性すらも残っていないのでしょう。


 が、結局やることに違いはありません。



「ぐ……ぐぅるぅああああああああ!」


「ぎしゃぁぁあああああ!」



 敵も味方もお構いなしにひたすら喰い合う地獄絵図。

 今更ながらに近隣住民からの報せを受けた奉行所の者共が駆けつけてきましたが、この状況で只人に出来ることなど何もありません。まだしも坊主を呼んできて念仏でも唱えさせたほうが有用でしょう。


 自分達の手には負えぬと判断した町奉行から話はどんどん上に行き、幕府の命により吉良邸は内部で徘徊する怪物ごと火にかけて跡形なく焼かれることに。

 あのような化け物が実在すると知られれば民草が恐慌にかられるやもという不安もあり、吉良上野介および邸内にいた者は襲撃を受けて死亡。下手人たる四十七士は全員が自刃したというカバーストーリーが松の廊下の一件同様に喧伝され、真相を知る僅かな人々には厳しい箝口令が敷かれて墓まで秘密を持っていくよう厳命されました。


 これがいわゆる表向きに語られ人気を博すこととなった忠臣蔵。

 人の世を安定させていくためには、ゾンビなど出る幕のない真っ当なお話が必要だったということなのでしょう。嗚呼、めでたくなし、めでたくなし。


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